第7話三人の反応
「うわぁぁん!!お姉ちゃん!!!」
泣き声の音量はずっと変わらない。はっきり言って騒々しくてたまらない。
目の前の3人は雫の遺体の前でそれぞれ独自の挙動をしていた。
泣き声の主である少年は雫のベッドに肘を付き、屈みながら顔を涙で濡らし、大声で喚いていた。少年は3人の中で一番派手な格好をしている。紫と赤のしぶきの模様が全体に入った黒いTシャツの上に白地に黒い水玉模様のパーカーを腰に巻き、肘上部分や脛部分に傷がついたデニムのズボンを穿いていた。首にはチェーンがついたゴシック系のチョーカーを首に巻き、両耳にはチョーカーに合わせたようなシルバーのイヤーカフスをつけている。そして、髪は焦げ茶色に白いメッシュを入れていた。
「やだよぉ!お姉ちゃん!!」
少年は綺麗な翠眼から溢れ出てる涙を拭うこともせず、雫の死をずっと嘆いている。
「どうして、雫……どうして」
少年の後ろにいる少女は顔を両手を覆いながら声を震わせていた。少女は前髪をセンター分けにし、長いさらりとした黒髪に、くっきりとした目元には鼻筋の通った清楚な顔立ちをしている。少女は薄い黄色のワンピース風のロングガウンを部屋着として身に付けていた。
「かわいそうに……こんな家に生まれたから。まだ、16なのに死ぬなんて」
ばっと顔を上げ、雫に対して哀れみの言葉を並べている。
「二人とも少し黙って」
もう一人の少年はそんな二人に対し、諌めるような口調で言い放った。
少年は翠眼に似合う外ハネした軽やかな茶髪で切れ長の睫の長い目元の爽やかな顔立ちをしている。少年は首元がゆったりとした七分袖の紫のTシャツに茶色のチェック柄のズボンを穿いていた。
少年の様子は二人に比べ、至って静かだった。髪を櫛で整え、顔を水に濡れたタオルで清めたりなど手を動かしている。時折、手を止め、雫の頭を優しく撫でる仕草をしていた。
「うぐっ、お姉ちゃん……雫お姉ちゃ」
己を諌める言葉に反応し、派手な装いの少年はしゃくり上げながら言葉を飲み込もうとしている。
「う……う、わぁぁん!!」
しかし、やっぱり我慢できないらしく再び喚きはじめた。
「お姉ちゃん、死ぬんだったら……死ぬんだったらっ」
少年はふるふると肩を震わせる。
「死ぬんだったら僕が殺したかったよ!!」
その声は聞いた中で一番、甲高かった。
「殺されるんだったら、言ってよ。お姉ちゃんをメッタ刺しにしたのにっ」
少年はそう言って鼻をずずっとすすった。
「……血が体中吹き出したお姉ちゃん、綺麗だったろうなぁ」
少年は瞳に涙を溜めながら、ぽっと頬を赤らませた。
「もう、なんてこと言うの、霞。こんなときにそんなことを言うなんてどうかしてるわ」
少女はきっと少年を睨み付けた。
「ほんと、かわいそうな雫。でも、これがこの子の運命だったのかもしれないわ。私たちは暗殺者。見ず知らずの人間を殺し、生活の糧にしている。いつかは罰が下ると常々思っていた。おそらく、今日が雫にとっての『いつか』だったのね」
少女は目許を緩ませながら、ゆっくりとした口調で語り続けた。悲しみを堪え、振り絞るような口調で。
そして、両手を胸元まで持ってゆき、祈りのポーズをとった。
「せめて祈りましょう。雫の死を悼み、冥福を願いましょう。本来ならそんなこと許されないかもれないけど、せめて私たち家族だけは。そして雫の死を心に刻みましょう、私たちも雫のようにきっといつかは――」
「はぁ~」
少女の語り口調にわざとらしいため息が遮った。茶髪の少年が少女に対して呆れと哀れみが交じった視線を向けている。
「よく言うわね、砂霧」
「何よ、吹雪」
「そんな心にも思ってないこと次から次へとよく言えるわね、感心するわ」
女性のような口調で話しているが、まぎれもなくこの茶髪の少年の口から発している。
「雫だって本当はあんたがどう思ってるかわかってると思うけど」
「吹雪、こんなときに何を言ってるの?こんなときくらい一緒に雫の死を悼まないと雫がかわいそうじゃない」
「……」
少年は呆れて物が言えないといった顔で首をゆっくり振った。そして、再び雫のほうに向き直り、優しい手つきで撫でる。
「それにしても、まさか雫が私たち兄妹の中で最初に殺されるなんて思わなかったわ。僕、雫が死んでいるのを見たとき、一瞬心臓が止まったんだから。虎次さんは倒れそうになってたわ。穂積さんは無表情だったからどう思ってるかわからないけど」
独り言なのか雫に向けて語っているのか判断がつかない。ただ、口調は頬をなでる手つきと同じで穏やかだった。
「……吹雪、あなたがもっと早く迎えに行ってあげればこんなことにはならなかったかもしれないのに」
少女はいつのまにか祈りのポーズを止め、茶髪の少年に対して眉根を寄せている
「それに雫の遺体を目前にして、すぐに保身のために現場の痕跡を消すなんて。私だったら雫の身体をそんなモノみたいに扱えないわ。吹雪、ほんとはあなたは雫が死ぬってわかってたんじゃないのかしら?」
まるで責めるような声音に少年もすっと少女を見据える。
「何言ってるの。教えられていなくてもそうすべきだってわかるはず。私とこの子が逆の立場だったとしても、同じ事をしていたはずだわ。零時兄さんだったら私よりも早くに察するはずよ」
少年の諌めるような口調に少女は俯き、黙ってしまった。そして、俯いたまま、顔を両手を覆う。
「ごめんなさい。今のは八つ当たりだった」
搾り出したような声音とともに肩も小刻みに震えている。
「……」
茶髪の少年は何を思ったのかそんな少女を一瞥し、再び雫の身体をタオルで清め始めた。
「お姉ちゃん、僕が殺したかった。殺したかったよぉ」
派手な格好の少年は二人の会話に口を挟まなかった。どうやら、涙を何回も拭うのに夢中で耳に入っていなかったらしい。時間が経っても一向に少年は泣き止もうとはしなかった。
「だいたい想像通りだなぁ。3人の反応」
雫は腕を抱えながら、くすっと笑った。
「雫さん」
玖月は何かを言いたげな視線を雫に送った。
二人は同時に雫の部屋に入り、3人の言動をずっと静観していた。入った瞬間、甲高い少年の泣き声に呆気に囚われたからだった。そして、そのまま3人の言動に見入っていた。
「雫さん―」
「う……う………わぁぁん!」
少年の泣き方が初めに戻ってしまった。騒々しく泣き始めたせいで玖月の言葉が遮られる。
「あの――」
「やっぱり、信じたくないぃ!!」
「雫さんの――」
「雫おねぇちゃぁぁん!!!」
「………」
「………」
「……とりあえず、一旦部屋から出ようか」
「そうですね」
二人は踵を返し、廊下に出た。廊下に出ると一瞬にして、辺りが静寂に包まれた。部屋でのやかましさが嘘のような静けさだ。
「私の体の在り処問題は解決したね」
先に口を開いたのは雫だった。
「そういえば、さっき何か言いかけたよね。何?」
「言いたいことなんてたくさんありますよ」
「だろうね。君からしたら突っ込みどころたくさんあったよね」
「ええ、彼らが雫さんの兄弟ですよね?」
玖月は静まった廊下で3人が中にいる雫の部屋の扉に視線を送った。
「たしか雫さん含めて兄弟が6人」
「そうだよ。わんわん泣いてた派手な子が末っ子の
雫もつられるようにして視線を扉に送る。
「あとの二人は……まぁ、おいおい話すよ。どうせこの家の中にいるんだし」
雫は自分の部屋の扉から視線を外し、廊下を歩き出した。
「雫さん?」
背中を向ける雫に玖月は声をかけた。
「情報収集しようよ。一応、あの三人は私を殺した容疑者だからもしかして部屋になにかあるかも。ついでに他の二人のもね」
雫は振り向きざまに口角を上げた。
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