第6話 こんな格好でも先生らしいことを言ってみる

「ふん。ショタとは、相変わらず趣味が悪いじゃないか好真。そんな事だから境界にいづらくなるんだ」

 時宗は白猫を鼻で笑うと、横目で白猫の協力者へ視線をはしらせる。

「君こそ年増好みは変わらないじゃないか。どこかの事務所が、ビデオの撮影でもしているのかと思ったよ」

 好真と呼ばれた白猫は、軽蔑しきった視線を時宗へぶつけ、眉の位置にある、平安貴族を思わせる黒い斑点を上下させた。

「この年齢の少年は天使なのさ。純粋で穢れを知らない中性的魅力があるんだよ。君のように年増の乳と尻にしか興味が無い者には、純粋さなんてわからないだろう?」

 おどけるように肩をすくめると、時宗の顔を覗き込み赤い舌を出す。

「純粋さか。ならばなぜ少年ばかりを選ぶ?少女も選べるはずだろう。少年しか選ばないような性癖の奴に、純粋さだなどと言って欲しくはないものだな」

 鼻を鳴らし、好真の髭を一本つまんで引っこ抜く。

 好真は短く悲鳴をあげ、両手で髭を押さえて時宗を睨みつける。

 お互いの嗜好を罵り合うという醜い言い合いから、掴み合いの喧嘩になるまでに時間はかからなかった。その様子を離れたところで見ていた穂奈美は溜息をつき、境界のモノとやらは変質的な猫ばかりに違いないと思い、おそらく自分の想像は大きく外れていないだろうと頷いた。 とりあえず放置しても問題なさそうな事を確認すると、穂奈美は土手の芝生に腰を下ろして膝

を抱えている白猫の協力者に目を向ける。

「驚いたわ。まさか周防君がまほ……協力者だなんて」

 魔法少女と言いかけ、男子である周防に配慮して言いなおす。写真の件もあるので、無理強いされている可能性から、デリケートな少年の心を傷つけない配慮だ。

「いいんです。魔法少女でかまいません。……皆に話すんですか?」

 俯いて呟き、家族やクラスの人間に話される恐怖から、膝を抱える手に力をこめる。絶望と、登校した時にクラスメイトが自分を指差して笑う光景が脳裏をよぎり、意識せずに身体を震わせた。

 その様子に気づいた穂奈美は、同じように膝を抱えて周防の隣に腰を下ろした。

「周防君が望まないのに、誰かに話したりなんてしないわ。それに、先生だってこんな格好しているもの」

 微笑み、肩を押し付けるように周防の身体を押す穂奈美。顔をあげた周防はちらりと穂奈美へ視線を走らせるが、すぐに顔を伏せてしまう。普段から自分を気にかけてくれ、周防が好意を持っている女教師。その人のむき出しの臍や脇の下が間近にあることで眼のやり場に困ったからだ。

それに、穂奈美もコスプレまがいの格好をしている以上、人のことは言えないだろうという安心感もあり、多少なりと落ち着きもした。

「男の子なのにこんな格好させられて……。あの猫に脅されて魔法少女をしているの?」

 自分の時の状況を思い出し、優しく問いかける。話は週末開けにするつもりだったが、彼の心情を聞くいい機会だと、バトントワラー風魔法少女の格好をした穂奈美は教師の顔になった。

「違います……。脅されてるわけじゃありません」

「そう……。周防君、学校でも大人しくて、友達と遊んだり、話しをしているところをあまり見ないから、断りきれずに無理やりやらされているのかと思ったの」

 俯いている周防に微笑み、取っ組み合いをしながら不毛な論争を繰り広げている猫達へ視線を向けた。

「先生は脅されて手伝ってるんですか?」

 唐突に、視線は交わさずに周防が質問をしてきた。

「え!?」

 まさか美容のためだなどとは言えない穂奈美は、口ごもりながらも辛うじて、困っている人を助ける事ができるからだと答え、我ながら取って付けた様な解答だと苦笑しつつ付け加える。

「でもね、本当は一生経験することができない体験をできるチャンスだと思ったの。学校で、教師としてあなた達を教えている時間は、私にとって退屈やマンネリとは程遠い素敵な時間よ。でも、もしこういう非日常的な経験を得ることができたなら、あなた達に対しても、普通とは違う視点から接したり、アドバイスをできるんじゃないかって。……ちょっとこれも出来すぎかしらね」

 はにかみながら周防を見る。

「僕は……僕以外のモノになってみたかったんです」

 俯き自分のつま先に視線を固定したまま、言葉を選ぶように間を置きながら話し始めた。

「自分から友達に声をかけてみたいけど、なんだかもう、仲の良いグループのような物ができちゃってて、……話しかけづらかったんです。だから、自分以外のモノになって、正反対の性格を演じてみたらどうなるのかなって……その時、丁度好真と出合ったんです。」

 一旦話し始めた事でリラックスできたのか、周防は自己防衛というフィルターを通さずに本心を話し始めた。普段あまり本心を語らない彼だが、普段とは違う自分でいるという意識が饒舌にしたのかもしれない。

「そう……。変身願望に近いものかしら。それで、魔法少女になった感想はどう?」

 母親のように、静に優しく言葉を紡ぐ穂奈美。周防が顔を伏せているため視線は合わせていないが、じっと彼を見つめ続けている。

「楽しかった。こんなに世界が変わるなんて思いませんでした……。でも、結局魔法少女は僕じゃない。すぐに元の僕に戻らなくちゃいけなくて、戻ったらいつもの日常が流れるんです。だんだん魔法少女から戻るのが嫌になっちゃって……」

 徐々に言葉が小さくなり完全に聞こえなくなると、彼は顔を膝の間に入れて縮こまってしまう。

「それは違うわよ。学校で会う周防君も、魔法少女になっている周防君も同じ人。他の誰かじゃないわ。変身願望で出てくる人格って、心の中に眠っている可能性の一つだと思うな」

 俯き、肩を落とす周防の頭をそっと撫でる。ピクリと身体を跳ねさせる周防。子供のとき以来、他人に頭を撫でられた事はない彼だが、恥ずかしくもこそばゆい心地良さを感じた。

「……可能性?」

 顔を上げ穂奈美のほうへ目を向けるが、コスチュームの隙間からこぼれる胸と、塗れたように光る唇の近さに、顔を赤らめながら慌てて視線を外す。

「そうよ。だって、人は自分以外のモノにはけしてなれないわ。なったつもりでも、それはその人の中にある、自分のまま変われる可能性を意識せずに出しているだけ。だから、学校で会う周防君のまま変身後の性格になることだって出来るはずよ」

 ウィンクを周防に送りながら、頭をクシャクシャと撫でる。

「すぐにってわけじゃないわ。そういう事を頭に入れておけば、ゆっくりだけど変われると先生は思うな」

「うん……」

「魔法少女はそういうきっかけなんじゃないかな。……でもこれって、ほんとは学校で聞いてあげるべき事よね」

 苦笑しつつ立ち上がり、スカートの埃を払うと周防へ向き直る。

「何かあったらいつでも相談にいらっしゃい。人に話したほうが楽になる事はたくさんあるわ。そのために教師がいるんだから、遠慮しちゃダメよ」

「それから……」

 座ったまま頷く周防の前に、中腰で腕を突き出し小指を立てる。

「魔法少女の事は二人だけの秘密よ。誰かに、先生がこんな格好をしている事を話したら、ただじゃすまないんだからね?」

 先ほどまでの、温和で生徒思いの貌はどこへやら。まるで肉食獣が獲物へ圧力をかけるときのような殺気のプレッシャーを周防へ向けながら微笑んだ。

「は、はい」

 そのプレッシャーに押されて思わず背を伸ばすと、空唾を飲み込み何度も首を立てに振る。

「じゃあ、約束。指切りね」

 白く細い指を周防の小指に絡めて振る。中腰になっていることで、周防の目の前で揺れる穂奈美の胸と、自分の指から伝わる他人の女性の柔らかい指の感触が男子中学生の脳を刺激した。

「はい、約束です!」

 顔を真っ赤にし、裏返った声で何度も頷く。

 それを見て、穂奈美は微笑ましいと思いながらゆっくり指を外し、名残惜しそうにしている周防の頭を軽く叩き微笑む。

 その瞬間。

「穂奈美!」

「周防!」

 喧嘩をしていた二匹の猫が、同時に自分の協力者の名を呼びハモる。

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