第5話 ジャーマンともう一人の魔法少……女?

 走りながら、身体の軽さとスピード、息が弾まないことに驚く。潜在能力を引き出されている相手と渡り合う以上、狩る側もそれに対する力を持つのは当然で、変身時の電気刺激がコスチューム構成以外の効果もあることを物語っていた。。

「すご……。これでオリンピックに出たら、余裕で金メダル取れそうじゃない」

 そんな事が脳裏を一瞬よぎるが、この姿で出ることを想像して穂奈美は溜息をついて苦笑した。

「穂奈美そいつだ!」

 時宗の声に我に帰る穂奈美。僅かに妄想していた隙に、時宗を追い越してしまったらしい。

 慌てて止まる。

 カートゥーンのように土煙を上げて停止する穂奈美の前に、しゃがみ込み、何かを一心に呟きながら雑草を選分けている男がいた。

 その少しよれた背広を着た中年の男は、這いつくばるようにして雑草を一本一本抜いては、「これじゃない」を繰り返している。

 その様子に不気味なモノを感じながら、穂奈美は時宗のほうへ顔を向けた。

「この人!?ここでよく見かける人よ?」

「そいつが宿主だ、捕まえろ!動けなくするんだ!」

 全身をバネのようにしならせ走る時宗が叫ぶ。

 穂奈美はこの姿を他人に見られることに戸惑うが、ここまで来る時に感じた身体能力の上昇を思うと、変身を解かない方が危険は明かに少ないだろうことを思い頷く。

この姿の人間に、いきなり話しかけられた相手がどんな反応をするかという事については、とりあえず忘れて置くことにしつつ……。

「あの~……すみません……」

 雑草を選分け続ける男に、背後から刺激しないようそっと声をかける。

 男の動きが止まり、ゆっくりと穂奈美の方へと顔を向けた。

「あ……やば……」

 男の顔を見た穂奈美の頬を冷たい汗が流れる。

羞恥を吹き飛ばすほど、生物としての危険察知能力が警報を鳴らす。

 振り向いた時と同じスピードで立ち上がる男の目は、白目がまったくなく、かわりに闇のような黒で塗りつぶされており、本来瞳のある場所には白い空間が開いていた。

「クローバー……四葉の……クローバー……」

 男はそう呟くと、後ずさる穂奈美を突き飛ばした。

 軽自動車に追突されたような衝撃を受け、穂奈美は小さく悲鳴をあげながら地面を転がる。

 草と土埃にまみれ、前転を途中で止めたように、腰を上に、下になった頭を脚の間にいれる形になって止まった。

 沈黙の中、雑草の選分けに戻った男を見る穂奈美の右眉が跳ねた。

 そのままの姿勢で低く笑う。

 脚で円を描くように下半身を振ると、その反動をバネに立ち上がり埃を払う。

 男に再び近づきながら、落としたメジャーバトンを拾い背後に立つ。

「クローバー……四葉の……これじゃない……」

 男の呟きが止まり、ゆっくり穂奈美へ振り返る。

 その男の視界に、太陽を背にして小首を傾げながら満面の笑みで男を見つめる穂奈美が入った。

 瞬間。変わらぬ笑顔のまま、立ち上がろうとする男の顔面にカウンター気味の振り下ろしの右が突き刺さる。

 あっけにとられる時宗。

 呻き声を上げ、血を吹いた鼻を押さえて背を向ける男の腰を、穂奈美は両手で抱え込む。

「うおりゃああああ!」

 気合を込めた雄叫びを上げ、全身のバネを効かせて男を持ち上げた穂奈美が、そのまま弧を描いて背後の地面へ男を叩きつけ、見事なブリッジを作り上げた。

「ジャ……ジャーマンか」

 時宗が呆れつつも感嘆の声をあげる。

「時宗、早く!」

「お……おう!」

 傍に駆け寄りカウントを数え始めた。

「バカ!違うわよ!」

「あ、そうだったな。見事だったもんでつい」

 眉に見える模様をさらにハの字に傾け、苦笑しながら蓋を開けた瓶を取り出し男の口に押し付ける。そのままの格好で自分の毛を少し毟ると、今度はそれで男の鼻をくすぐった。

 フォールされたまま、男は大きくクシャミをすると、瓶の中にアシナガバチに似た小さな虫が口から吐き出され、時宗が素早く瓶に蓋をして閉じ込める。

「ふぅ。上出来だ」

「それが虫?」

 立ち上がり穂奈美が瓶を覗き込むと、虫は威嚇するようにガチガチと身体のわりに大きな顎を鳴らし、瓶の壁に体当たりを繰り返す。

「そうだ。誰にもとりついていないこの状態なら、俺たちでも捕まえられるし退治することもできる」

 時宗は瓶を軽く振ると懐にしまいこみ、倒れている男を覗き込む。

「この人、大丈夫なの?救急車呼んだほうがいいかな?」

 穂奈美も男の傍にしゃがみ、不安そうな顔で覗く。

「大丈夫だ。伸びているだけだから、このまま放置しても、最悪風邪を引くくらいだろう。それにしても見事なジャーマンだったな」

「あはは。いきなり突き飛ばされたもんだから、つい……」

 乾いた笑いを漏らしながら冷や汗を拭う。

「この人、四葉のクローバーを探していたみたいだけど、虫にとり付かれるとこんな感じになるの?」

 穂奈美は河の水でハンカチを濡らしてくると、伸びている男へ膝枕をして額を拭く。

打撲痕はあるが酷くはない事に安堵し小さく息をついた。

「そうだ。この男の場合は、よくわからんがクローバー探しが大事だったらしいな」

 周囲を見回しながら尻尾を不機嫌そうに振る。

「よくここの土手で、背広のまま座ってるのを見たけど、何かあったのかしらね。……時宗?」

 髭とその生え際の筋肉をヒクつかせ、立ち上がったまま空を凝視する時宗の視線を追う穂奈美。

「リストラでもされたのかもしれんな。……あいつだ。こっちに来るな」

「あいつって、まさかまた違う宿主!?」

 慌てて立ち上がる穂奈美。膝枕をされていた男の頭が地面に当たった。

「いや、部屋で言った俺と同じ境界のモノだ」

 ごめん、と、今だ伸びている男へ小さく手を合わせる穂奈美。再び視線を空へ戻すと、そこにはツイストキャンディのようなステッキに跨る、いかにも正統派といういでたちの魔法少女が、白い猫を連れてこちらへ飛んできていた。

「あ、あの子!」

 穂奈美は、普段とは違う、白を基調としたゴスロリファッションに身を包んではいるものの、愛らしいその魔法少女に見覚えがあった。

 向ってくる魔法少女も穂奈美を見て驚きの表情を浮かべる。

「あの協力者を知っているのか?」

 穂奈美を見上げる時宗。

 知っているもなにもない。ここのところ穂奈美が頭を悩ませていた相手なのだ。

穂奈美は魔法少女を驚愕の表情で凝視しながら、相手と同時に叫ぶ。

「周防君!」

「先生!?」

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