第4話 はじめての へ ん し ん。そして赤面

「で、ここでいいの?」

 二人は穂奈美のアパートからすぐ近くの河川敷に移動していた。河口近くの流れが緩やかな水面に傾き始めた太陽の光があたり輝き、時折魚が跳ねては、その鏡面にも似た輝きに波紋を広げる。

「ここなら大丈夫だろう。音と光が出るから外のほうが都合が良い。穂奈美も隣人との付き合いをややこしくしたくはあるまい?」

 鉄橋の下に移動し、周囲を見回す時宗。

 穂奈美はその言葉に頷きながら、左耳に着けているイヤリングを触る。水面を渡ってきた冷えた風が、ポニーテールに結んだ穂奈美の髪を揺らす。

「よし、教えたとおりに変身してみろ」

「げ、ほんとにやるの?すっごい恥ずかしいんだけど」

 照れ笑いを浮かべながら後ずさる。やるとは言ったが、さすがに抵抗がある。他人様に見られでもしたらどんな顔をされるかわかったものではない。

「変身しなければ手伝えないぞ。ほら、やってみろ」

 腕組みをしながら詰め寄る時宗。

「うぅ……わかったわよ」

 穂奈美はあたりに視線を走らせ、近くに誰もいない事を確認するとイヤリングを外し高く掲げた。

「……」

 かかげたイヤリングを回転させ、蚊の鳴くような小さな声でキーワードを唱える。小声でもよい事を願ったが何も起きない。

「声が小さい!大きな声でもう一度だ!」

 転がっていたビールケースの上に二本足で立ち、鬼コーチのように腕を組んで時宗が叫ぶ。

「ラ……ラジカル・ハニカル・クロホロポロミル!」

 心の中で神様への八つ当たりの言葉を呟きつつ、握り閉めた拳を震わせながら、やけくそに俯き叫ぶ。

羞恥で耳どころか首まで真っ赤になり、声は裏返っている。

 キーワードが終わらないうちに頭上で回転させているイヤリングの球体内部で渦を巻いていた光の粒が中心に収縮し、一気に外側へ向って輝く光体を膨らませる。

 コロナに似た放電状の光を纏った光体は、雷にも似た音と閃光を発しながら穂奈美の身体を包み込む。

「いて!いででで!なっ、なによこれ!いだだだ!」

 発光体につつまれた穂奈美が悲鳴をあげる。

「言い忘れたが、変身の最中は多少の刺激がある。魔器がお前の情報を収集しているんだ、耐えろ。」

 発光体の中にわずかに見える穂奈美のシルエットを、虹彩を絞りながら眩しそうに見つめる時宗。

 光につつまれた穂奈美は、電気的な刺激を身体に受けてもだえていた。

 最初はくすぐったい程度のものだったのだが、すぐに刺激の度合いが強まり肌を刺す。それと同時に今まで着ていたジーンズやシャツ、下着が分解されて全裸の状態にされ、魔法少女としての衣装が身体に再構築されていく。アニメやなんかであれば変身バンクが流れているのだろうが、当の本人は身体中を魔器によってスキャンされる電気刺激にも似た感覚に翻弄され続けている。

 発光体から激しく一度閃光が奔る刹那、光は消え、尻を突き上げた状態で地面に突っ伏している変身を終えた穂奈美が姿を現した。

「いたた……あちこちヒリヒリするわ」

 変身するのにこれほどの痛みを伴うなんて、世の変身ヒーローヒロインには恐れ入る。と、妙な事が脳裏をかすめる。

穂奈美は電気刺激の影響か、身体をしゃっくりの様にヒクつかせ、よろめきながら立ち上がった。

「毎回こんな変身じゃ身が持たないわよ。酷い静電気にあたったみたいじゃない」

 霞がかかったようにハッキリしない頭を振り、目をこする穂奈美に時宗が駆け寄った。

「うむ……素晴らしい。想像以上だ!変身の方は心配するな。痛いのは初めての時だけだ」

 鼻息も荒く駆け寄ってきた時宗は、鼻をヒクつかせ、興奮しているのを示すように尻尾を真っ直ぐに立てながら、穂奈美を見つめつつ周りを歩く。

「なんかいやらしい言い方ね。褒められるのは悪くないけど」

 頬を染め、照れ笑いを浮かべながら身体を羞恥にくねらせと、おもむろにデジカメを取り出して写真を撮ろうとする時宗を張り倒した。

「でも、鏡がないと全体が見られないわね」

 まだ照れ笑いを浮かべたまま自分の今の格好に目をやった。

 全体は白地に赤と金、そして黒をアクセントにしたノースリーブのカラーガード隊の衣装に似たもので、上半身は袖を肩から大きくカットした薄手のタキシードのようでもあり、胸元は薄めの生地と赤いタイで隠れているものの、カットされた袖口からは盛り上がった胸がこぼれんばかりにはみ出している。背後のベントは長く切れ込まれており、左右の生地も長く尻尾のような、畳まれた羽のようにも見えた。

 それに対し、前側の生地は短く、丁度胃の下辺りで切れており、そのせいで白い腹部に影を落とす臍が露出している。肩のパット状の飾りと、そこから伸びる細いチェーンと、内側からの胸の圧力に弾けそうになっているボタンは金色。上着の赤い襟や裾には黒く細いラインが二本走りアクセントとなっていた。

 下半身は白く太目の革のベルトでとめられた、太腿の中ほどまでしかない短い赤地のプリーツスカートで、裾に太目の白いラインが一本入っている。その下にはアンダースカートとして、さらに短いペティコートが装着されていた。

 腕には二の腕まである白い長手袋で手首には黒い革のリストバンド、脚は同じ白いニーソックスが絶対領域を確保し、足には赤いリボンと金のリングがついた白の編み上げブーツを履き、銀の装飾と長い鳥の羽が正面についた背の高い帽子を被っていた。

そして右手には白地に金と白金で装飾され、金色の猫が立ち上がっている赤いクリスタルのついたメジャーバトンが握られている。

「ひえ~……」

 ずり落ちたメガネを持ち上げながら自分の姿にあっけにとられる。

「ヒラヒラフリフリだったらどうしようかと思ったけど、これはこれですごいわ……。それにしても、カラーガードとは、あんたマニアックねぇ……」

 ちらりと時宗を一瞥すると、ポニーテールを揺らしながら河に駆け寄り、水面に姿を映してターンをしたりポーズをとる穂奈美。

 その姿を見て満足そうに何度も頷く時宗。

「言っただろう。間違いなく似合うと」

「うーん……。でも、やっぱり知り合いには見せられない姿ね」

 苦笑しながら、手にしたメジャーバトンを、玩具を与えられた子供のように回していると、突然時宗が穂奈美から目を離し河の上流に目をやる。

「む、宿主が近くにいる……」

 髭を動かし、耳を立てたまましばし虹彩を縮めて遠くを見つめているが、そう言うと上流に向ってやおら駆け出した。

「あ!ちょっと待ってよ!変身どうやって解くの!?」

 慌てて追いかけようとするも、今の自分の姿を思い出して躊躇する。

「あぁ、もう!」

 このまま動かずにいても何も解決しないであろう事は明らかなため、穂奈美はあっと言う間に小さくなっていく時宗を追いかけるべく猛チャージを開始した。

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