第3話 子供のころなら飛びついた

「……魔法少女ぉ?」

 短い沈黙の後、はぁ?と言わんばかりのリアクションで聞き返す穂奈美。

何か道具や、人間ならではの方法を言うのかと想像していた穂奈美にとっては予想外の言葉だった。

まして、29歳の自分に魔法少女になれ等という言葉は、おそらくお日様が西から登る以上に予想の範囲外だ。少女と言われる年齢は悔しいかな、遥か昔に終わっている。もちろん、心はいつも二十歳でいるつもりだが、それとて少女と言うには薹が立っている。

「えーと。魔法少女って、あのアニメなんかに出てくるやつよね?なんでそれが力になるわけ?コスプレでもしろっての?あたしは男兄弟の中で育ったせいで、どっちかというと仮面ライダーとかのほうが好きだったんだけどな」

 おどけながら変身ポーズをとってみせるが、真面目な顔で見つめ続けている時宗に気がつき、咳払いとともに居住まいを正す。

「寄生された宿主は、先ほども言ったようにやっかいな存在へと変わる。そいつらに対抗するために俺達が作った」

 そう言いつつ、時宗は何かを探すように腹の毛をモソモソとあさる。

「四次元ポケット?」

「莫迦。……あった、これだ」

 体毛の中から小さな球体のついたイヤリングを一つ取り出し、穂奈美へ差し出した。

「似たようなもんじゃない……」

 穂奈美は莫迦呼ばわりに頬を膨らませつつイヤリングを受け取る。イヤリングは細かい細工の施された見事な代物で、クリップ式の金具からのびた短いチェーンは小さな無数の猫達が絡み合って出来ており、それがメインである球体を取り巻くように固定している。

その透明な球体の中には銀河模様の小さな光る粒が渦を巻き、中心から光線のようなものを放射しながらわずかに明滅していた。

「すごい……こんなのはじめて見た。綺麗ね……」

 できればこういう物は猫からではなく、素敵な男性から送られたいものだと溜息をつきながら、金具をつまんで球体を見つめた。

中で渦を巻いているものを見ていると、意識がぼんやりとし引きこまれそうになる。

頭を軽く振って止まりかけていた思考を回転させると、穂奈美は時宗にイヤリングは一つだけなのかと尋ねた。

「一つだけだ」

 時宗は頷きながら球体を見つめ続ける穂奈美の顔に目をやる。

「それを普段は左耳に着けておくんだ。変身する時はそれを手に、キーワードを唱えて高く掲げろ。そうすれば魔法少女に変身できる」

 イヤリングを見つめていた穂奈美の身体が、魔法少女という時宗の言葉にビクリと反応する。

 見とれて忘れていたが、これをもらうと言う事は魔法少女とやらになる事を承知するのと同じなのだ。

壊れたロボットのように、ぎこちなく視線をイヤリングから時宗へ向けると、困ったような、はにかんだ様な笑みを浮かべた。

「あの~、時宗さん?……言いたくないけど、あたし最近29になったばかりで、魔法少女になるには少しばかり薹が立ってるんじゃないかなぁって思うんですが?」

「気にするな。魔法少女というのはジョブ、つまり仕事だ。何歳だろうと、誰であろうと魔法少女にはなれる。似合うか似合わないかは別だが。穂奈美は魔法少女が似合うと俺は思っている。お前ほどその素質を持った人間はいない!」

 腕を組み、仁王立ちで穂奈美を見つめキッパリと言い放つ。

「そ、それは褒められてると思っていいのかしら……。でも、さすがに少女って年齢には無理がありすぎるしなぁ」

「だが約束だ。仮にも教職の身にあるものが、交わした約束を守らないようでは教え子達に示しがつくまい?」

 時宗は、言葉に詰まりながらも、言い訳を探そうと頭をフル回転させている穂奈美に溜息をつくと、小さなカードを取り出してみせる。

「煮え切らない奴だな。これが何かわかるか?」

 そう言いながら、指で挟んだ小さなカードを、印籠のごとく穂奈美の目の前へ突き出す。

「メモリー……カード?」

「この中には穂奈美のあられもない寝姿が詰まっている。俺が夜の間に、お前のスマホを使って撮った珠玉の写真の数々だ。」

「げ!ちょっと!それほんと!?」

 ベッド脇の充電器に刺さっている自分のスマホを慌てて掴むと、そこに刺さっているはずのメモリーカードを確認する。

「ない!うわ、最低!かえしなさい!」

 手を伸ばしてカードをひったくろうとするが、時宗は造作も無くその手をかわしベッドの端へと飛ぶ。

「約束を破り協力しないと言うのであれば、これがいつの間にかネットに流出することになるかもしれんぞ?」

「そんな事して、ただですむと思ってないでしょうねぇ!」

 穂奈美の目が据わる。殺気にも似た怒気を発しつつ、穂奈美はジリジリと時宗との間合いをつめた。

 時宗はベッドの端を、穂奈美の間合いに入らないギリギリのラインを保つように後ずさる。

 時宗の脳に危険信号が走った。写真を切り札として使い、手伝いを承知させるつもりだったが、まさかこれほどの殺気を発するとは考えていなかった。

穂奈美の発する怒気に刺激されて毛が自然と逆立ち、他の手段を併用しないと命が危ないと全神経が告げる。己の計算違いを呪いつつ、頭をフル回転させてなだめる方法を考え出す。当然メモリーカードを返すと言う愚策は論外だ。

「似合わないとか恥ずかしいというだけで嫌がるのは得とは思えんな。魔法少女になれば穂奈美にとって良いこともたくさんあるぞ」

 下がっていた時宗の背中がベッドを寄せてある壁にあたる。人間であれば冷たい汗が噴出していることだろう。時宗は追い詰められた格好のまま、壁を背に穂奈美から間合いをとろうと移動する。

「ほぉ……どんなことかしら?」

 獲物を射程に捕らえた肉食獣の目を時宗へ向けながら穂奈美は問いかけた。

すっかり捕食者の眼になっている穂奈美に慄きつつ、灰色の脳細胞がはじき出した答えに希望をたくす。

「まず、肌が綺麗になる」

 時宗の言葉に穂奈美の動きが止まる。

「……それから?」

 再び動き出す穂奈美。捕食者の眼は変わらない。

 部屋の隅に追い詰められ、カードを持った手を背中に隠しながら、爪先立ちで縦方向に逃げようと伸びる時宗。

「新陳代謝が活発になり、血行がよくなることによって古い角質が落ち、肌に潤いが蘇って若返る。それだけじゃない、染みそばかすばかりか小皺も消え免疫効果も上がりお通じも良くなり血糖値が下がり骨も丈夫になりリバウンド無しのダイエットにもなる!」

 部屋の隅で限界まで背伸びをし、必死にどこかの健康食品のような効能を早口で捲くし立てる時宗の手を、穂奈美の両手が捕らえた。

「やるわ!」

「やっぱり約束は守らないとね」

 穂奈美のヤル気だった肉食獣の目が、キラキラと星でも瞬きそうな瞳に豹変し、語尾にハートマークでもつきそうな媚びた口調でウィンクをする。

「ところで、さっき俺達って言ってたけど、時宗の他にも境界のモノっているわけ?」

 安堵感から、深く長い溜息をついてへたり込み、自分の脳細胞を褒めてやっている時宗。

穂奈美は床に伸びている彼の手からカードを取り上げると、スマホに戻してしっかりと写真を削除した。

「いる。俺の他にもう一人来ている。最低の嗜好の持ち主だ。そいつも今頃は協力者を見つけている事だろう」

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