第4話 白のこと
白について思う。
白、身近な色。
花冠の白、中庭に咲き乱れる花、今あたしが着ているワンピース。
ミハルの着ていたふわふわレースのドレス、ミハルがいつも持っているぬいぐるみ。
白いタオル、白いカーテン、そして白い箱。
あたしは、白がキライだ。
特に何があったわけではない。
白にこんな感情を抱かせるのは、きっとここに来てから。
だってここには、白が多すぎる。
すべてが白い世界というのは、ひどく居心地が悪いモノだ。
無理矢理誓わされた純潔。
ゴリ押しの潔白。
痛々しい純粋。
こちらの意志なんて、まるで関係ないみたい。
同じ色しかない空間。
それはなんて不自由なことなんだろう。
記憶がなくても行き場がなくても、あたしは不自由だなんて思わない。
あたしの心だけは、誰に制限されることなく自由だから。
それなのに、あたしを取り巻く白を見るたび、自分が理不尽な不自由の中にいることを知ってしまうのだ。
押し付けられた清潔は、あまりにも居心地が悪い。
まるで同じ病衣を着せられた病人みたい。
確かにこんなところ、ある意味病人みたいなものだけれど。
あたしはこの場所を「白い箱」と呼んでいた。
生き物の気配を全くと言っていいほど感じさせない空間は、あまりにも無機質で心の底の方から冷えていくようだ。
だから、あたしは思うのだ。
あたしたちを狂わせたのはきっもこの白だ、と。
冷え冷えしたこの白が、あたしもミハルの人生を狂わせた。
それならどうして、白のことを愛せるというのだろう?
あたしは白が、キライだ。
白は、何もないということ。
真っ白なあたしの記憶。
真っ白なミハルの人生。
真っ黒な穴ボコにさえなれない白は、ただ平面的にそこに在る。
何もないのにそこにあるという矛盾が、いつもあたしを苛立たせる。
何もかも、塗り潰してしまいたい。
赤、青、黄、緑、紫、オレンジ、ピンク。
様々な色が、この白い箱を覆ったら。
それが無理でも、ただ真っ黒に塗り潰してしまったら。
想像するだけで滑稽だ。
趣味の悪い箱が趣味の悪い色彩に彩られ、この箱の中のみんなが慌てふためくのだ。
ざまあみろ、と笑えるだろうか?
そんな有様を見れば、あたしは、救われるのだろうか?
そこまで考えて、いつも思考は振り出しに戻る。
そもそもあたしは救われたいのだろうか?
救われたいとして、一体何から?
助かりたい、救ってほしい、そんなこと思っていたのは始めの頃だけだった。
今のあたしにとって、色とりどりの場面は目に痛い。
そんなあたしが今ここから救い出されたとして、一体どこへ向かえば良いのだろう?
あたしに許されたのは、唯一空だ。
水色、灰色、濃い群青色。
そして雲の白。
雲の白だけは、あたしは嫌えない。
あの白には意志があるから。
あたしと違って、与えられた生き様ではなく己の力のみで動いているから。
そしてあたしは自分に言い聞かせる。
白を嫌っているあたしを保つ。
ここでしか生きていけないのなら、もう白に塗れて生きるしかないのだ。
あたしもミハルも。
そして、あたしたちをそういう風に仕立て上げた張本人も。
アイツもきっと犠牲者なのだ、と最近は思う。
だってあたしはアイツの笑顔を知らない。
常に難しい顔をして、ミハルを見るときだけどこか哀しげに瞳を揺らして。
何の感情も乗らない顔であたしをせせら笑えばいいのに。
悲痛な表情なんて押し殺して、圧倒的な冷徹を保てばいいのに。
そうしてくれれば、あたしはきっとアイツを憎めた。
そして、それができないのが、アイツの弱さなのだろう。
最初はただ憎いだけだったはずなのに。
それでも、今ではこんなことを思うなんて、あたしもどうかしている。
きっとあたしも、ここの白に洗脳されたんだろう。
アイツの白衣を見るたびに胸の奥の方がきゅっと痛むなんて。
正気の沙汰じゃない。
だからあたしは、白が、キライだ。
そしてあたしは、結局、白を憎めない。
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