第5話 おとぎ話のこと

ミハルはいつも寝る前に、お話を読んでほしがった。

シンデレラ、白雪姫、みにくいあひるの子。そんな有名なおとぎ話は全て網羅しているかもしれない。


繰り返し繰り返し読まれるおとぎ話の、何がミハルの心を捉えたのかは分からない。

それでもミハルは、いつも同じような展開のお話に目を輝かせ胸をときめかせ、この時間を心待ちにしているのだった。


真っ白でふわふわな天蓋が着いたミハルのベッドは、それこそおとぎ話のようだ。

そんな夢のようなベッドに横たわるミハルはおとぎ話の主人公のお姫様といったところだろう。

柔らかなネグリジェに身を包み、期待に満ちた瞳でこちらを見ている。


あたしが毎晩、何らかの本を抱えて部屋を訪れることを疑いもしない様子に、

「毎日飽きないの?」

そんなことを尋ねてみれば、不思議そうに首を傾げる。

「どうして飽きるの?お話の世界は無限なのよ」

ミハルはたまに、5歳の精神になってしまったなんて夢で、ちゃんと実年齢の精神を持ち合わせているのではないかと疑いたくなるようなことを言う。

無邪気な目のままで。

その精神は、無限に広がる世界に何を見ているのだろう。

ミハルが何を見て、何を感じているのか、心の底から知りたいと思う。


そのうえ、

「ホトリちゃんが一番上手」

そう言ってふわりと笑うのだ。

あたしに残されたのは、黙ってミハルの希望に従うことだけなのだった。


そんなやりとりなどを経て、今日のお話を終える。

定番のうちの一つ、シンデレラは、基本的に白のネグリジェばかりのミハルがたまに淡いピンクのものを着たときに、望まれることが多い。

彼女の中で、シンデレラはピンクのドレスのイメージなのだろう。


「このまえ、お昼にギンガくんがご本を読んでくれたのよ」

嬉しそうに弾んだ声で報告してくれる。

確かに、あの善良の固まりが、お話をせがむミハルを無下にすることなんて有り得ないだろう。

絵本とギンガという組み合わせに、少しほっこりする。


「何を読んでもらったの?」

「みにくいあひるの子」

それはミハルの好きな本の五番以内に入るお話だ。

「ギンガのお話はどうだった?」

「…なんだか、悲しかった」

ドキッとした。

お話の内容なんてその時々でいちいち変わるものではない。

同じお話を聞いて悲しくなってしまったのなら、きっと悲しかったのは、読み手のギンガだ。

ギンガの心が、知らず知らずのうちに何かを哀しんでいる。


動揺する気持ちをなんとか抑え、平静を装いつつ質問を続ける。

「みにくいあひるの子なのに悲しかったの?最初いじめられるから?」

「ううん…」

ミハルは何かを考える様子で遠くを見つめる。

「飛び立てないって」

「えっ?」

「あひるの子は、あひるでも白鳥でも、どっちにしろ飛び立つ事なんてできないんだ、てギンガくん言ってた」


衝撃だった。

善良の象徴であるギンガが、その穏やかな仮面の下で自由を求めていたなんて。

そして、それを手に入れることなんてできないと理解し、諦めてしまっているなんて。


飛び立てないのは、ギンガ。

そしてコハクもミハルもあたしも。

異質に生まれ、育ち、どこにも飛び立てない。

先程までの哀しい表情を消し、ニッコリ笑ってミハルは言う。

「だからミハル、飛べなくてもミハルは幸せだよって教えてあげたの」


純度100%の笑顔でそんなことを言われたら、もうどんな言葉を発することもできなくて。

ミハルの幸せは誰かによってねじ曲げられた幸せなのだ、なんていう思いを必死になって飲み込んだ。


「ギンガ、哀しくなくなったらいいね」

当たり障りのない返事の中に込めた真実。

あたしはギンガに、どうにか幸せでいてほしいのだ。

ミハルの人格と引き替えにこの世に生を受けた、大切な命の一つ。

「うん!ミハル、ギンガくん大好き!」


ああ、ひどく歪んでいる。

自由になれないと嘆くギンガも、自由を奪われたことに気づいていないミハルも。

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