第3話 背中のこと

あたしの背中には羽がある。


あたしはれっきとした人間だ。

いや、人間だった、といった方が正しいか。

それでも、普通の人間のちょうど肩甲骨あたり。憎らしいくらいに真っ白い羽がそこにはある。


羽毛は柔らかくしなやかで、触るとしっかりした骨組を感じることができる。

なぜかちゃんと神経も通っているらしく、きちんと自分で動かせる。

とはいえ筋力の都合だろう、飛べはしないのだけれど。


切ったことはないから分からないけれど、触れると温かいところから見るにきっと血管も通っている。

何なら痛かったりかゆかったり、そんな感覚すらあって。

その芸の細かさがとてつもなく腹立たしかったりするのだ。


別にこんなこと、望んだワケではない。

空を飛べたなら、なんて幼い妄想を抱いたことくらいはあったかもしれないけれど、羽が欲しいなんて願ったことはない。


言うならば、不慮の事故?

そうでなければ、誰が好き好んでこんなワケの分からない悪趣味に付き合うだろう。


人間の体をしていて、背中に羽がある生き物を、人は天使と呼ぶらしい。


天使、エンジェル。

輪っかがあって、ふわふわ白く輝いている。

天使といえば、そんな美しく可愛いイメージだろうか?

光り輝く道標の中ふわふわと地上に降りてきて、その神々しい光景に人はひれ伏したりして。


それでも、天使が運んでくるのは「死」だ。

絵本などで描かれる美しい見た目にうっかり引きずられがちだけれど、本来の天使は非常に残酷な生き物で。


自分の背中に触れたとき、羽の一部が鏡越しに見えてしまったとき、暑さや寒さに震えるそれを感じたとき。

あたしは改めて知るのだ。


残酷で、グロテスクな生き物。

それがあたしだと。


目覚めたら、自分が出来損ないの天使になっていたときの気持ちが分かるだろうか。

輪っかもなく、飛べもしない出来損ない。

その時生まれたのは、怒りでも哀しみでもなく、渇いた笑いで。

あの時の虚無感を、あたしは今も忘れられずにいる。

それまでのことは、ほぼ全て記憶から失われたというのに。


飛べもしない羽。

それはあたしに与えられた枷。

無理矢理与えられた、この場所に留まらざるを得ない理由。

だってこんな姿、もとの世界では格好の餌食だ。

人の好奇の目にさらされ続けて生きるなんて、きっと耐えられない。

それなら、ここで。

生きるなら、ここで。

強引で周到なあたしへの枷。


なんてくだらない。


そう思いながらも、もう何年もあたしはここにいる。

背中に羽を背負いながら。

時に処理しきれないほどの残酷な心をなんとか隠し、グロテスクな見た目に対して気にしていないフリをして。


「ホトリさんの羽は真っ白で、ほんとにキレイです」

なんてギンガは言う。

「羽なんか生やしやがって、気味の悪い女だな」

なんてコハクは言う。

どちらも本当にそうなんだろう。

それぞれの視点から見たあたし。

あまりにも二人らしくて、なんだか哀しい。


それでも、あたしを見るときどこか後ろめたそうなアイツの目の揺らぎこそが、本当に信頼できる反応のような気がするのはなぜだろう。


今日もあたしは、望まない羽をさらして、この何もない世界を生きていく。

二人の少年の行く末だけを案じて。

そして、アイツを恨みながら。

それでもどこか、愛しながら。

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