第10話護衛任務〜温泉編〜

どんなに悔しい事があっても次の日は来る。

そして世界は御構い無しに動き続けるものだ。


ショックから一週間は異世界に行く気になれなかった。

だがそろそろ腹をくくるべきだろう。


三日月が美しい夜に献杯けんぱいしてお猪口に注いだお酒を飲み干した。


〜異世界にて〜


サ〜〜、、

家を出ると霧雨が降っていた。

珍しいな。

でも傘は要らないぐらいだな。


ガラスの階段を慎重に降りた。

うん。滑らないな。

一段飛ばしで駆け降りた。


街は人通りが少ない。

地面は湿っている。


花売りの少女が大通りに来ていた。

10歳ぐらいの女の子がエプロンをしてバンダナを頭に巻いている。

「お花は如何ですか?」

『一本貰おうか』

何気無く買ってしまった。

青い薔薇だった。


何気なく薔薇をクルクル回しながら歩いていると今度は

10歳ぐらいの男の子が店番をしているガラス細工のお店があった。


カランカラン!


「いらっしゃいませ〜花瓶は如何ですか?」

『変わったデザインだね』

花瓶はガラス製で底とガラスの中に鏡の破片が散りばめられている。

「太陽の光が当たると差した花の色が変わりますよ」

『それじゃコレください』

「ありがとうございますー!」

花瓶も買った。


青い薔薇を花瓶に挿すと青い薔薇は光を受けて所々紫色に輝いた。


ギルドに向かった。


〜ギルドにて〜


最近、街中でも[コニワ]とは言わず[ギルド]と呼ぶようになったみたいだ。

ハローワークを文字ってこんにちワークとでも呼ばせようとしていたのか?まさかな。


受付のカウンターの端に花瓶を仮置きして受付に行った。


受付のお姉さんは不機嫌だった。

『こ、こんにちは』

「こんにちは、何の用?」

むくれている顔も可愛らしい。

『えぇと、何か出来るクエストは無いかなと思って』

「あなたみたいな人に出来るクエストなんてあるかなー?」

態度は辛辣だ。

そういや豚祭りするって豪語してたんだったな。

『あ〜次こそは、、』

「……分かりました。頑張ってくださいね」ニコッ

ホッ。軽く意地悪しただけで根は良い子みたいだ。

『今度何か奢りますよ』

「あははは、、、それでは護衛の依頼がありますが、如何ですか?」

『護衛ですか?』(怖いのは嫌だな……)

「はい。街を出て温泉街までの道程の護衛です。それ程危険もありませんし報酬は安いですが複数人で受けるクエストなので達成し易いかと思います」

前回失敗したから成功体験を増やせる様に気を遣ってくれているのか。出来る女だ。

『はい!よろしくお願いします』


〜芝生広場にて〜

芝生広場の横に2台の馬車が停まっていた。

他の護衛を受けたメンバーも集まっていた。

馬車は2台が連結されていて、深い緑色の車体でオープンカータイプだった。

前の車両を2頭の馬が牽いている。

まるでローカル線みたいだな。


近付くと護衛の1人が気が付いた。木製の依頼札が首から下げている。

「わしはバレージだ」頭が薄く鉄の鎧を着て大きな盾をもっているおっさんが挨拶してきた。

何故か盾にも鎧にも大きく[3]の字が描かれている。

3の盾おっさんと密かに呼ぼう。

『よろしく』握手しながら返事をした。


隣は小型の弓を携えていて服装はロビンフッドみたいな緑色だった。

何故か帽子に大きく[2]の字が描かれている。

彼は「パオロ」と名乗った。

その服装は女の子が着るべきだな。女弓使いの方が萌えるのにな。

現実世界では弓は力がある男の武器だから仕方無い。

2のおっさん弓と密かに呼ぼう。


最後の1人は女性で、全身を覆う大きな茶色いローブを着ていた。

アラブの女性が着ている服みたいだな。

数字は1かと思ったが[4]の字が背中に入っていた。

魔法使いだろうな、杖を持っていた。

「サラーよ」と名乗った。

ブカブカのローブなのに手の甲まである袖の長い長袖を着ていた。

4の魔女と呼ぼう。


なら俺は[1]か。

皮の鎧を脱いで、チョークを借りて大きく[1]と書いていると声が掛かった。

「警備隊の皆様、本日はよろしくお願いします。今回の温泉ツアーの責任者のカペッロです」

どうやらツアー会社のツアーの護衛責任者らしい。


お客さんが続々と集まって来た。

家族連れが多い。

4人家族(父、母、息子=ひかる君、赤ちゃん)

3人家族1(父、母、娘=もえちゃん)

3人家族2(父、母、娘=ひかりちゃん)

2人組の若いカップル(男、女)

2人組の老夫婦(男、女)

4人グループ(20歳前後の男、男、女、女)

2人組の女の子(16歳前後の女、女)


ひかる君ともえちゃんとひかりちゃんの家族みたいだな。


乗客20名

護衛4名

馭者1名


総勢25名。


馬車の前後に2人ずつ護衛に付いた。

馬車の右前が3のおっさん、

馬車の左前が1の俺、

後続馬車の右後ろが2の弓使い、

後続馬車の左後ろが4の魔女になった。


「出発!」馭者が手綱を握り馬車を動かした。

ガラガラガラ……


芝生広場を通り、噴水広場の横を通り、細長い路を長々と進んで行くと段々と下り坂になった。

路を抜けると景色が開けた。全面芝生にポツンポツンと木が立っている。空は曇りだった。


パラパラ、小雨が降ってきたので馬車を停めて馭者が二台共ホロを出した。

パッ!パッ!バババババー!

スコールになった。

ザーッ!


「何だコレ!?」

「噴水か?」

「水だ!」

「シャワーだ!辺り一面シャワーだ!」


「キャハハハ」

『きゃあきゃあ』

『わーい』

子供達が馬車から飛び出して雨の中ではしゃいでいる。

とても楽しそうだ。


乗客は雨を知らなかったらしい。あの街では霧雨しか降らないのか?


さー


一頻り降ると雨が上がった。


子供達は地面にできた水溜りをしゃがんで眺めている。

馭者がホロを畳んでいると辺りから獣の気配がする。

薮の中から爬虫類特有の冷たい視線がする。


ガサガサ


シャー!


「蛇だ!」誰かが叫んだ!


馬車の前方の薮から1匹が出てきた。大きい。

体長7〜8m直径10cmぐらいの大きい個体だ。

周りを見ると他にも3匹の大きな蛇が馬車を囲むように近付いて来た。

最初の蛇の後からもう1匹。馬車の左後ろから2匹。

前に2匹、後ろに2匹。挟撃された。


子供達は水溜りの側に居る。ヤバイ!


きゃー!


悲鳴をあげたのは魔女の女だった。

「へ、蛇はダメなの〜!あっち行ってー!」


パオロが弓をつがえ蛇の1匹に狙いを定め、矢を放つもサラーに腕を掴まれてコントロールが狂い、的を外してしまった。

パオロはサラーの腕を優しく振り解くと「大丈夫」と言ってサラーの頬に触れ慰め、

素早く弓を投げ捨て腰の短剣を引き抜いて蛇の1匹に向かった。


前方では1匹がバレージと睨み合っている。

もう1匹は俺だ。目をバレージに一瞬移した瞬間、俺と対峙していた蛇が子供達の方へウネウネと走り出した。


ザザザザザ


キーーーン、高まる集中力。


『させるか!』


バシッ!


ゴルフのスイングの様に左下の地面を這う蛇に刀でスイングした。


ビャ!蛇が声を立てて空中に舞った。


バレージを見ると盾ごと蛇に突っ込んで蛇を押し潰している瞬間だった。

シールドアタックってやつか。


後方を見るとパオロが蛇の尻尾を捕まえて引っ張っている。

しかしもう1匹がジリジリと子供達に近付いていた。


しまった!間に合わない。


子供達を見ると、もえちゃんとひかりちゃんが何やら棒をゴソゴソしている。

アレは俺が馬車に置いておいた仕込み杖!


「ここね」

『うん』


カチッ、ボー!!!


近付いて来ていた蛇目掛けて杖が火を吹いた。

蛇は驚いて身体をくねらせて少し下がった。


ホッとすると同時に嫌な予感がした、、、


ギャアギャア遠くから鳴き声が聞こえてきた。

ワイバーンだ。


前方ではバレージが2匹目の蛇にシールドアタックを食らわせた。

俺がぶっ叩いた蛇だがまだ動ける状態だった。


後方ではパオロが蛇と格闘している。

子供達の側の蛇は戦意を喪失して、とぐろを巻いて目を閉じている。

こっちは大丈夫そうだな、パオロの方に加勢した。


右から左へ水平に刀を振った。

蛇が、くの字に曲がるも直ぐに立て直し、蛇の頭がこちらを向いた。


『行け!弓だ!』

「おう!」


意思疎通が早くて助かる。

パオロはワイバーンに備えて弓を取りに走った。


今度は左上から右下へ袈裟斬りで刀を叩き付けた。バシッ!

シャー!

蛇は闘志を失わなかった。

勢い良く噛み付いてきたが後ろに下がって躱した。

下がっては躱し、躱しては近付いて刀で蛇の首を叩いた。何度も叩いた。


ギャアギャア!ギャアギャア!

ワイバーンは5匹。馬車に戻ったパオロは弓を取り先頭の1匹に狙いを定め一呼吸入れた後矢を放った。

パ!命中した。続けてもう1匹も脳天に当てて落とした。


俺が相手していた蛇は10回近く叩くとその1発が蛇の頭に当たり、気を失った。倒せた。

捕食動物の蛇は攻撃する事は多いが、攻撃される事は少ないので倒せるのだろう。


1匹が子供達の方に飛翔して行く。

バレージが子供達の前に立ち塞がって守ろうとした。


ガッ!ワイバーンは子供達ではなく蛇に襲い掛かった。


ギャアギャア!シャー!シャー!

ワイバーンが嘴で噛み付けば、蛇はワイバーンの身体に巻き付いて抵抗していた。


バババン!横を見るとワイバーン2匹がサラーの魔法で撃ち落とされていた。

「フン!蛇は生理的にダメだけど鳥は余裕なの!」

強気な態度だ。おっかない女だな。


俺達は蛇とワイバーンの格闘を見守っていた。


バサッバサッ!空から何かの羽ばたく音がした。

日陰になったかと思ったら、ズン!と音がして大きな大きな鷹が蛇とワイバーンを鉤爪で押さえ込んでしまった。


巨大鶏の鷹バージョンだ。10m近くありそうだ。

余りの事態に思考停止し大人は誰も動けなかった。


『わーい』抱きっ。

もえちゃんが鷹のフサフサの胸毛に飛び込んだ。

恐い物知らずだ。

ひかりちゃんも抱き付く。


鷹は「クァ〜」と一鳴きすると羽根の付け根辺りから嘴で何かを取り出してもえちゃんに渡した。

もえちゃんは嘴を撫でた。


バサッ!バサッ!蛇とワイバーンを掴んだまま大空へと飛び上がり、そのまま夕暮れの景色の中に消えて行った、大きな羽根を撒き散らかしながら。


もえちゃんは茶色の塊を手に入れた。


呆気に取られている隙に蛇2匹とワイバーン2匹が目を覚まして逃げて行った。


成果は

蛇1匹

ワイバーン2匹


戦いは終わった。

蛇とワイバーンを回収し後片付けをして馬車は再び出発した。


ゴツゴツした岩山が多くなってきて硫黄の臭いがしてきた。

ひときわ大きな岩山の向こう側にモクモクと白い煙が立ち上がっている。


ギリシャ風の神殿が見えた。

建物の大きさは小さい。周りは板塀で囲まれている。

目的地の宿泊所に着いたみたいだ。


入ると白い布を纏った男女6名が迎えてくれた。

女将と従業員だな。服装は古代ローマの装飾に似ている。


「ようこそいらっしゃいました。こちらで履物をお預かりします」


ツアー客達は各々、玄関に腰掛けて靴を脱ぎ出した。

お湯の入ったタライを持った従業員達が跪いて客の足を布で洗っている。


子供達はくすぐったそうだ。

『キャハハ』

「クゥ〜、キャハハ」

『くすぐったいよ〜』


足を洗った人から順次お部屋に案内されていった。

馭者は女将と受付をしている。紙にサインをしている。


「さ、護衛の方達もどうぞ」

『良いんですか?』

「はい」


お言葉に甘え玄関に腰掛けて靴を脱いだ。

若い女性が足を洗ってくれている。これはいいな。

若いと言うか子供っぽいな。日本で言えば中学生ぐらいかな。

エロさは無いけど誰かに足を洗って貰えるのは何か嬉しいものだ。

こんなサービスは日本にもあると良いな。江戸時代にはあったらしいけどな。


部屋に案内された。護衛の男3名は同じ部屋だった。女性は別の部屋。


荷物を降ろして早速、温泉に行く事にした。

温泉は宿泊所に併設していた。

廊下を進むと男湯の脱衣所があった。

衣服を脱ぎ、いざ浴場へ。


温泉はエメラルドグリーンでローマの遺跡跡地にお湯を流し込んだ様だ。

大理石の柱が横たわっている。


ジョロロロ、ジョロロロ。シュワー。


身体を洗う為のお湯が幾つも小さい滝を作っている。

身体を清めてお湯に身を沈めた。


『ふ〜』

「は〜」

「気持ちいいー」

逞しい筋肉の男達が湯に浸かった。

1日の疲れが癒される。

混浴ではなかったのが残念だ。


タオルを頭に乗せ寛いでいると子供が浴場の隅のモチーフみたいな岩を登って行く。

ひかる君だ。目をキラキラさせている。


『コラコラ、登ったら危ないぞー』と言いつつ一緒に岩を登った。

これは不可抗力だな。塀の上に顔が出ても仕方ない。子供が怪我しない為だ。


塀の向こう側は湯煙が立ち込めてよく見えない。

湯船に浸かる人影が見えた。


サ〜風が吹いて湯煙が晴れた。高まる期待、、、


フサフサの白い毛並み、赤い顔、、、猿だった。


「そっちは猿用の温泉だべ」外側に居た鎌を持った爺さんが言った。


ガラガラガラ、、岩から落ちた。


今日も濃厚な1日だった。


〜10日目終了〜

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