第2話もえちゃん登場

目が覚めると玄関だった。

脱ぎ掛けの安全靴が見える。


どうやら過労で死んだのではなかったらしい。

夢を見ていたのか、疲労は残っていたが

楽しかった記憶で精神は休めた。身体は動く。


顎に手を当てると髭は無かった。

ホッとしつつも少し残念な気もした。


それからまた平凡な労働の汗を流す日々だった。

あれから3日、あの世界に再び行けないだろうか?

毎晩、寝る時に意識を集中させたがダメだった。


今日は日曜日、仕事は休みだ。

街で買い物をしてデパ地下でお酒を試飲したり、おつまみを試食したりするのにはまっている。

帰宅後、日頃の疲れからか昼寝をしてしまった様だ。


身体が浮き上がる感覚がした。


気が付くと再び異世界に居た。

今回は何故か芝生の上で目覚めた。


昼間らしい。手を掲げて空を見上げた。淡い紫色だ。

日差しは強くないな。再びこの世界に来れた事が嬉しくて笑みが溢れる。


芝生の広場の真ん中には銅像が建っていた。

馬に乗った騎士が剣を掲げている。

古い銅像みたいで銅像の首の辺りは修理した痕が残っていた。


芝生を囲むようにバロック様式の白い建物が並んでいる。

柱が並んで建てられていて通路になっている。

テラス席のあるレストランが幾つかと雑貨を販売しているお店が並んでいる。


起き上がると少し身体がふらつく。


グ〜


お腹が空いたな。しかしお金が無い。

何処かでお金を稼がないとな。


少し躊躇したが、通り掛かった若者に聞いてみた。

『あの、何かお金を稼げる仕事が出来る場所は無いですか?』仙

若者は少し考えて「それならコニワに行くと良いよ」


ん?何か知らない単語が出てきたぞ??コニワ?遺跡から出る出土品のハ二ワなら知っているが。


「役所へはあの道を真っ直ぐ行って左側にありますよ」通行人の若者


役所の事か。

『ありがとう行ってみるよ』仙

お礼を言って歩き出した。


親切な人が多いな。ちょい悪そうな見た目なのにな。


公園の横を通り、賑やかな子供達の声が聞こえる建物の先にその役所はあった。

洒落た建物が多い中でここだけは飾りっ気も無く天井と壁は白いシンプルな造りだ。

看板が無いと何の建物か判らないな。


ドアの無い建物に入ると清楚な受付嬢が居た。

『ハロー、こ、こんにちは』仙

ハローと言ったら少し怪訝な顔をされたので慌てて日本語で挨拶した。

英語はこの世界では全く通じないらしい。1つ学んだな。


「はい、いかがなさいましたか?」受付のお姉さん

『何か短期で稼げる肉体労働とかは無いですか?』仙

袖を捲って腕の筋肉を見せた。

「まぁ」少し嬉しそうな表情を見せた。

「軽作業は朝からが殆どで、この時間にはもう無いですが、隣りの神子園から

子供達を1刻ほど預かって欲しいとの依頼が来ています」


……少し考えたが背に腹は代えられ無い。

『それでお願いします』

神子園?多分、幼稚園か保育所だろう。


目の端に掲示板が映った。貼られた仕事依頼の張り紙には

[巨大鳥の討伐]とか[護衛]とか書かれている。

何だかワクワクするな。この世界に慣れてきたら色々やってみるかな。


「こちらの紙にサインをお願いします」出された紙に署名する箇所がある。


少々困ったぞ。少し考えて[仙]と署名した。

ここの住人達は神さまだとか魔法使いだとか騒いでいたが、自分は仙人っぽいので[仙]にした。


『仙人の仙で』


受付嬢がクスッと笑って判子を押した。

札を渡されて、それを園に持って行くように指示された。


〜神子園にて〜


園の入口の横には紺色の生地に金色の竜が描かれている旗が見える。

竜はヒョロッとした姿に二本の足と左手は宝玉を握っている。右手は見えない。

受付嬢から注意を受けていたのを思い出す。

(『神子園には王家の旗が掲げられていますので注意してください。

神聖な旗ですので触れたりすると怒られる場合もあります』)


『こんにちはー、依頼を受けて来ました、、』門を入った所にいた女性に話し掛けた。

初対面なので少し緊張して挨拶したが、相手は警戒していないみたいだ。

「こんにちは、助かります。部屋の配置替えをしたかったの」若い女性が応対してくれた。


子供と関わっている人は若く見えるな。いったい歳は幾つなんだろう?現代で言うところの保育士だな。


『ちょっと待っていてください』

札を保育士の女性に渡して待っていると子供達が走り回っている。

満面の笑顔で幼女が側を走り抜けて行く。「きゃ〜」幼女


園はコの字に部屋があって、その部屋の前にはウッドデッキになっている。

ウッドデッキは土足禁止らしく女性達は裸足だった。


ふと目をやると幼女がウッドデッキで土足で『キャハハ』と笑いながらドタバタ踊っている。

「もえちゃんダメでしょ」一緒にいた女の子が嗜めている。


幼女はもえちゃんという名前か。子供らしく手足は小さく、

お目めパッチリの髪はブラウン・ベージュ系のストレートでの笑顔が素敵な子供だ。


(あ〜怒られちゃうな)と思っていたが、そばに保育士は居なかった。

ふと横の部屋を見ると別の保育士が出て来るところだった。


再び幼女に目をやると、ウッドデッキにちょこんと座っていた。


保育士はニコニコして、もえちゃんに話し掛けている。

なんてタイミングだ。悪戯しても怒られないなんて。


保育士は隣の部屋に入って行った。

反対側を見ると、同じように土足でウッドデッキに乗って遊んでいた男の子が叱られている。


少し目を離した隙にもえちゃんは旗の所に移動していた。


今度は王家の旗を引っ張っている。

そんなに強く引っ張ったら破れてしまうのでは!とハラハラした。


「もえちゃん!」

女の子がまた注意している。この子も大変だな。

我が儘な女優に振り回されるマネージャーみたいだ。もえちゃんのお世話係りだな。

もえちゃんは聴こえているのか、いないのか意に介さない。天真爛漫だな。


「お待たせしました」声を掛けられて振り返った。

ふと下を見るともえちゃんとお世話の女の子がそばに居る。


「もえちゃんは良い子ね、この人と公園で遊んでいてね」


『はーい!』元気な返事だ。


神聖な旗を引っ張って遊んでいた瞬間も見られていなかったらしい。

ある意味凄いな。運の女神様が祝福を与えているのか?


〜広場にて〜


10名に満たない数の子供達を引率して隣りの公園に移動した。

初対面の人に子供達を預けて平気なのかな?とも思ったが気にしない事にした。

治安がすこぶる良いのだろう。

遊具は紐で造られた三角錐のジャングルジム、白い柔らかいドーム、石で作られた滑り台があった。

子供達は思い思いの遊具に向かって「ワー!」と全速力で駆けて行った。

ジャングルジムに登る子供や、ドームで飛び跳ねる子供、滑り台の上で座ってお喋りをする子供など様々だ。


自由人のもえちゃんだけは気を付けないとな。


もえちゃんはドームで跳ねたと思ったら、紐のジャングルジムの頂上に居た。

大丈夫そうだな。


油断した。


他の子をみている隙に、もえちゃんは敷地続きの芝生広場に行ってしまったのを遠目で発見した。

抱(だ)き抱(かか)えていた子供を降ろし急いで、もえちゃんの所に駆け寄った。


遅かった!


もえちゃんは銅像によじ登り悪戯(いたずら)をしている。

ポロッと銅像の首が地面に落ちてしまった。ボスッ!


やられた!


抱(だ)き抱(かか)えたけど満面の笑顔を向けられて叱れなかった。


『向こうの公園に戻って遊んでいなさいね』

『はーい!』良い返事だ。


広場の周りの大人達はまだ気が付いていないので、誤魔化(ごまか)そうと首を銅像に戻そうと試みるも

直ぐにポロッと落ちた。


置いてみる、ポロッ。

仕方ないので左腕の所に置いて逃げた。

まだ気付かれていない。


人は弱い、大人でも叱られたくないものだ。

それに誰に謝ればいいのか分からないから仕方無いな。


そうこうするうちに保育士が公園に呼びに来た。


「有難うございました」

『な、何もありませんでしたよ』


少し怪訝な顔をされたが、笑顔で札を渡してくれた。


「ギルドに持って行ってください。謝礼金が受け取れますので」


札に完了の焼印が押されていた。

この札も裏面には王家の紋章が刻まれていた。


ギルドって言ったな。場所を教えてくれた人はコニワとか言っていっけ?

翻訳出来なかったのかな??まぁギルドの方がしっくりくるか。


ギルドに戻って清楚な受付嬢に札を渡して謝礼金を受け取った。


この世界の通貨はコインだった。銀貨4枚を受け取った。

銀貨のデザインは知らない男の横顔だった。髪には飾りが付いているので何代目の皇帝かな?


お金を得て芝生広場に戻るとチーズが焦げる良い匂いがしてきた。

どうやら美味しい食事にあり付けそうだ。


テラス席に座って直ぐにウェイターが来てくれた。気が効くな。

『オススメのピザはありますか?』メニューを受け取りながら聞いた。

「ウチのピッツァはどれもオススメですよ」

メニューを開くが全く読めない。アルファベットもどきが並んでいる。

『そうですか。ではコレと生ハムをお願いします』仙

読めなかったがメニューの上から2番目の品を指差して注文した。

何が出て来るか楽しみだ。これも文字の読めない外国での楽しみ方だな。

お店のシューウインドウには生ハムが並んでいたのを見逃さなかった。


「スィ!ピッツァとプロシュートをお持ちします。ワインはどうします?」

ウェイターにワインを聞かれたが今回は遠慮しておいた。


ワインあるんだな。生ハムはプロシュートか。


待つ事10分。ピッツァとプロシュートは絶品だった。

生地は薄くて、チーズはトロッとしている。折りたたんで食べるのが主流らしい。

他のお客さんの食べ方を見て真似した。

プロシュートは絶妙な塩加減が効いた生ハムでコレも頬っぺたがとろける美味さだ。


美味しい物を食べると満たされるな。


満足した。席で会計が出来るみたいだ。ウェイターを読んで会見をした。

幾らなのか分からないので銀貨4枚全部渡したら、3枚返されてお釣りを取りに奥に引っ込んだ。

銅貨5枚持って来た。

チップを渡そうとしたら断られた。チップの文化は無いらしい。


いい気持ちで街中を歩いていると、最初に目覚めた家が見えて来たので家に向かった。

ガラスの階段を登り、ドアを開けて、ベッドに倒れるように入って眠りについた。


〜2日目終了〜

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