第54話 Fistがゴイスー

「嬢ちゃん…」

 力無く腕をダランと下げたままのベンケーがリーフの方へ顔だけ向きなおす。

 障壁に阻まれ、ハデスに近づけないクロウ・ヒトミ・ミゥが即座に離れるなんとなく身の危険

 障壁内に取り残されているベンケーは憔悴しきっている。

「ぶち抜くわよー!!」

 竜王の杖を正面にかざす。

「魔力を暗黒変えて…ぶち抜け『ガン』!!」

 リーフの周囲の砕けた石柱、床石がグググッと持ち上がる。

 なんなら砕けてなくても壊れ、剥がれ、宙に浮く。

 ギギギ…とハデスの方に舞いあがった石が向き直る。

 ピタッと止まった瞬間、ギュンッとハデスに向かって飛んでいく。

(避けて離れて正解…)

 ヒトミの額に嫌な汗冷や汗が滲む。

 どうせ通らない…そう思ったハデスは身構えすらしなかった。

 しかし…スルッ…障壁に阻まれることなくリーフの放った石は全てハデスを捉えた。

「ガァ…バカな…」

 ハデスが片膝を付いて倒れる。

「この杖は、魔力を暗黒属性に変換することも出来る竜王の素敵なステッキ、便利なステッキ…」

 額から血を流しながらハデスがリーフを睨みつける。

「暗黒属性か…」

「そう、暗黒属性なら障壁は拒まない…無いも同然」

 リーフがニヤ~と笑う。

「だ~いしーんか~ん、暗黒の邪神に身を預けたのが裏目ったわね」

 ビシッと決め直すリーフ。

 フンッと鼻を鳴らすと決め顔が悪魔のように歪む。

「障壁を無力化したからといってなんなんだ? 俺の身体能力は、お前等が束になっても勝てない…その事実は覆せないぞ」

 顔につたう血を拭うことすらせずに、立ち上がりズタズタに避けたローブを脱ぎ捨てる。

 ゴフッ…と咳き込んで血を吐き出すハデス。

「瀕死じゃないの?」

 ヒトミがダガーを構えて隙を伺う。

「みゃう?」

 ヒトミに習ってミゥが身を低くして飛びかかる体勢をとる。

 クロウがヒトミを制するように手を伸ばし遮る。

「なによ?」

 黙って首を横に振るクロウ。

 チラッとリーフを見る。

「解ったわよ…」

 チッと舌打ちして杖を下ろすリーフ。


「すまねぇな…」

 誰にも聴こえないほど小さな声でベンケーが礼を呟く。

 膝を支えるように立ち上がり、スッと構える。

 応えるようにハデスも構えた。

 どこか似ている両者の構え。


 乱打戦は、数分間に過ぎない…

 倒れたのはベンケーであった。


「勝てねぇか…」

「勝てぬさ…俺は、すでに人ではない」

「神の器…そんなもんに価値はねぇ」

「あるさ…自分では裁けぬ善悪を、神なら裁く…誰も神のしたことに異論は唱えぬ」

「その神が邪悪な存在であってもか?」

「どんな虐殺でも、神の行いであれば…その裏に何らかの理由を造る、それが人間だ、許すも許さないもない…」

「ハデス…」

「さらばだ…ベンジャミン、俺の弟…良い仲間を持ったな…」

「ハデス?」

「この身体は、俺の身体だ…邪神になどやらぬよ」

「なに?」


 ハデスの身体が妖しく光る。

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