第18話 黒龍、火を噴く

真っ赤な閃光が、木々を揺らすほどの風と共に葵を包んでいく。

ジャバウォックはそれを何をするでもなく見守っていた。

光を裂き、シリウスモードでエネミーガーディアンが現れた。


「うまくいったな。あの時の赤色だ」


葵は鎧のしたでほっと胸を撫で下ろす。


「派手な色じゃねぇか。だが実力の方はどうだかな」


「……かかってこいよ」


ジャバウォックはまた変化して今度は先ほどとは少し違ったデザインの騎士になった。

両腕は大剣に変化している。

じりじりと間合いを詰めたりしながら右に左に回転していく。

木を間に挟み、両者の姿が一瞬隠れたかと思うと、出てきた瞬間お互いに飛びかかった。


「はぁあッ!!」


「でぇぇやッ!」


ジャバウォックの振り下ろした大剣が木を簡単に切り裂き、威力を弱めることなくエネミーガーディアンに襲い来る。

エネミーガーディアンも負けじと素早い打撃をくりだした。

打撃の方が先手をとる。


「っしゃあああ!!」


喜んだのも束の間、拳の先から伝わってくる、ゼリーのようなものを殴りつけたような不安定な感触。

エルの読み通り、ジャバウォックは衝撃に強いものに体を部分的に変化させ威力を半減させていたのだった。


「俺に打撃は無意味だぜッ!」


「ぐっ……!」


大剣が届きそうなギリギリのところでエネミーガーディアンは大きく体を外に振って斜面を転がって攻撃をかわした。


「逃がすかよッ!!」


間髪入れず、ジャバウォックは腕を振り回してエネミーガーディアンを追う。

数メートル先でエネミーガーディアンは地面に手をついて跳ね起き、木の上に跳躍することで横なぎをかわしていた。

すぐに木の枝を蹴り、エネミーガーディアンは上から襲いかかる。

しかしジャバウォックも今度は鳥のような小型の飛行生物に姿を変えて、迫りくる蹴りを難なくかわしていく。

鳥から今度は腕が鞭のような魔物に姿を変えて、それをエネミーガーディアンの首に巻き付けた。


「ぐ…ぅ……息……がっ…」


「ふッ―――」


身をよじるエネミーガーディアンだったが、ほどくことができず、そのまま木に叩きつけられてしまう。

するとジャバウォックは片手だけを今度はカマキリのようにして斜め上から振り落とした。


「危ないっっ!」


「くっ、おおおおおお――っっ!!」


エネミーガーディアンが右手をその鎌に向けてかざすと、目に見えない力が放出され、ジャバウォックの腕を反対方向にはじき飛ばした。


「いづづっ――なんだこりゃ」


「マナの放出!」


エルの脳裏に先日の闘いが思い起こされる。

エネミーガーディアンの赤き姿、【シリウスモード】はエネミーガーディアン、つまり葵のありとあらゆる力を最大限に高める能力だ。常時生物は個体差はあれどマナを大気に放出している。生物の生理現象であるのだがこの能力で狂暴までに強化されていたのだった。

マナ放出によって首にも緩みができ、エネミーガーディアンはさっと抜け出して斜面すれすれを駆け抜ける。


「これで、どうだぁっ!!」


弾丸のように繰り出された渾身の回し蹴り。

ジャバウォックは低い呻き声とともに地面に倒れこむ。

そこでエネミーガーディアンは跳躍し、馬乗りになってジャバウォックを押さえつけた。


「へへへ……俺に打撃系の技は……効かないぞ?」


「ああ、ならこれでどうだ!!」


天をつく拳にカタストフィアの紋章が現れた。

やがてその紋章は煌めきに変わり拳に吸い込まれてゆく。

マナを感知したからか、野性的な反応からか、ジャバウォックは一瞬でその笑みをかき消した。


「せぃぃやああぁぁぁーーーッッ!!」


「ぐうぅう……!」


全神経、全体重、全てをのせてエネミーガーディアンは拳を振り下ろす。


「へっ……へへ…おもしれぇぇぇぇぇーーーーーッ!!!!」


「なっ、うわ!?」


ジャバウォックまであとほんの少しというところで突如としてそのジャバウォックの体が黒いモヤに包まれ大きく揺れ出した。

足下が何故か覚束なく、巨大化しているような奇妙な感覚。

攻撃をやめ、エネミーガーディアンは地面へと放り出され地面を転がって受け身をとる。

体勢を立て直してすぐに顔を上げると、葵の喉から搾り取ったような呻き声が轟音を立てる森の中で不気味に響いた。


感覚どころではない。

現に先ほどまで自分と同じほどの大きさだったはずなのに。

葵の目に飛び込んでくるそれは背丈は木と同じほどで小山かと思うほど重量感もある。


さらに言えば、元の世界でも葵はを見たことがあった。


丸太のように太いにもかかわらずしなやかな手足。

木漏れ日を怪しく反射させる光沢に満ちた体表。

人間など一瞬で細切れにしてしまいそうな鋭い爪と牙。

そして、背を突き破ってきたかのような、骨太い翼。


首を持ち上げ空に向かって、漆黒のソレは咆哮した。

その姿はまさしく……


………」


咆哮をやめた漆黒の龍は首を折り曲げてその爬虫類じみた頭を葵の方へと向ける。


「はっはははぁぁぁーーーーーあぁあ、いい感じだ。久しぶりに、いい感じだぁ……」


「くぅっ……」


口から漏れる白い煙と、姿からは想像できない言葉を発している不気味さでエネミーガーディアンはザッと構えを取り直した。

追いついてきたエルは苦虫を噛みつぶしたような顔でその巨体の顔面を見上げる。


「魔王様、これは……」


ヴェリオも開いた口がふさがらず、体毛の一本一本が逆立っている。


「……誰もやつの本当の姿を知らない。性別も種族も何もかも。だが、魔王軍のトップとしてヴィヴィレオやドボルグ達と肩を並べている由縁がまさにあれだ。その圧倒的な力だけは誰もが知っている」


「圧倒的力ッ……!大丈夫なのか、アイツ……」


ヴェリオはエルの表情とそびえるような竜の姿を交互に見た後、同じく戸惑っているのがありありと見てとれる小さな戦士を心配そうに見つめた。

当のエネミーガーディアンはといえば、いや、葵はもちろん驚愕していた。


「なっ……えっ……ええぇ!?」


異世界に召喚されて、魔術なり魔族なり魔獣なりを見てきたつもりでいた葵だったがここまで大きな生き物を見たことがなかった。

本来これは空想の産物であるはずだからだ。


「はぁっはぁっはぁぁ――――――――ッ!!!!恐怖したか?震えたか?泣き出しそうか?ここまでマジになったのは久しぶりだ!お前の力、いや、そのベルトがもたらす伝説の力!ゾクゾクしてたまらねぇ……血がたぎる!!。さぁ、もっと見せてくれッ!!」


不穏なことを口走ったがそれを気にとめるほどの余裕は葵にはなかった。

対抗策が何も思いつかないまま、エネミーガーディアンは拳を構え直す。

黒竜はその間両翼を荒々しく羽ばたかせ、暴風を生み出しながら一気に飛翔した。

エネミーガーディアンは顔を伏せたまま上げることができない。

一定の高さに昇ったところでホバリングをして真下のエネミーガーディアンを見下ろした。


「骨ぐらいは……残ってくれよ!」


突如としてジャバウォックの口内が赤黒い光で満たされていく。

マナではない。

物質的な熱気が明らかに放出されている。

眼を開けすぐさまそれを視認したエルは血相を変えて声を張り上げた。


「ッッ逃げろ!あれは―――ッ」


「おっせええええええぇぇぇぇぇぇぇ―――――ッッッッ!!!!!」


どうしてその怪物が、口内にエネルギーを充填じゅうてんしながら発声できたかはこの際誰も気にならなかった。いや、気にすることができなかった。

エネミーガーディアンに向けて、エネミーガーディアンがいる場所を狙って鈍い光をたぎらせた鋭い熱線が一瞬で放たれたからだ。

熱線が地を駆け抜けたかと思うと、少し遅れてその線に沿うように地面が、空気が爆発し強烈な光の柱を打ち立てる。


「「「―――――――――――……」」」


彼らの小さな体は紙くずのように宙を舞って、吹き飛ばされた。

彼らの小さな声はアリのように誰の耳にも届かなかった。

ただ、ジャバウォックの翼が羽ばたく音だけが延々と続いている。

無理やり地表を引きはがされた森の悲鳴が聞こえるようであった。


「……い、一体何が……どうなって……なんだ、重いっ」


すぐにではない。しかしそれほど時間をかけることなくヴェリオは目を開けることができた。

手足の感覚はある。痛みはひどいものだったが、どうやらそれほど重傷というわけではなさそうだ。

しかし、ヴェリオは鈍痛とは別の重みを感じていた。

何かの下敷きというより、何かが覆いかぶさっているような。


「っっ……なんだったんだ、今の。くそ、それにしてもなんだ、この……」


ヴェリオは体をくねらせたり、腕を上げて見たりしてなんとか動こうとしたが動けない。

そんな時なにか液体状の、感触の悪いものが、自分の毛にしみこんでいくのを感じた。


「なんだこの……感触、それに変な匂いだ…この形にして、も……」


その時ヴェリオの脳裏に最悪のイメージがわき上がる。

嘘であってほしいとヴェリオは初めて超自然的ななにかに祈った。

もしも自分の考えが正しかったとすれば。

それは、ヴェリオにとって最悪中の最悪な現実だった。

体に痛みが走ることなどなんだというのだ!!

ヴェリオは死に物狂いで這い出て上にかぶさっているものを急いで確認した。

そして、言葉が出なかった。

ただその見た目らしい、獣の咆哮が甲高く辺りに響いていく。


「魔王さまああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッッッッ!!!!!!」


混乱と、不安と痛みと、自責の深い念が。

何よりも、木の枝や鋭利な石が背中に突き立てられ、鮮血で真っ赤に染まりながらも臣下を守ったあまりにも痛々しすぎる主君の姿が。

ヴェリオの情動を大きく激しく揺さぶったのだった。


「魔王さま、魔王さまっ……ああ、そんな、あああ……どうして、どうして――!」


ヴェリオの小さな体では、少女の華奢な体一つ抱き起すことができない。

涙で視界すらもかすんでしまう。


「こんな、こんなことって……どうして、どうして、こんな……私の為に……」


「……ゴフッ、ゴフゥぅ……こ、これが……わ、わたしの、ほんゴファ……はぁ、はぁ……役目、だから」


「――はっ!?ま、魔王さま!?」


ヴェリオは急いで顔をぐっと近づけた。

かすかではあるがエルは声を発したのだ。

その顔も口元も、血が滴っており、呼吸も不規則で明らかにおかしい。


「ヴェリオ……け、怪我…は?」


「魔王さまのご慈愛で、この通りなんともありませんっ!!ですが、こんなこと許されませんっ!!臣下が盾にならないどころか、主君に怪我を負わせおめおめと平然といるなど!私は……私は……っ」


ヴェリオは途中で言葉が出なくなってしまいぐっと拳を握ったままうつむいて黙り込んでしまう。

なんとか息がある様子のエルはそれを見て薄目を開けゆっくりと優しく笑った。


「いいえ……これ、が……アオイに、ま、任せてしまった、ほんとうの、わ、私のやるべきこと。あなたが、気にすることではないわ……あなたは、私の大切な家族だから」


「っっっっっ――まおう、ざまぁぁ……!!!」


ヴェリオは顔が溶けるほどの涙を流して、鼻頭を真っ赤にしたまま号泣した。


「な、泣かないで!もう時間が無い。今すぐ私の……ごほっ、ごほっ、背中のやつを引き抜いて。早く!」


「えっ……ぐすっ、でも……」


言いかけて今まで気にならなかったエルの異変に気が付く。

傷で分からなかったが、エルの髪の色が発光したピンク色に変わっていたのだ。

それに落ち着いて見てみると、突き刺さった傷は別として他の傷はみるみるうちに消えていった。


「……星位転傾クラスアップ。言うなら最後の一滴まで、ごほっ、マナを絞り出して、離脱と超回復を可能にしているわ。あ、あとは背中のこれを抜くだけ」


「で、ですが……」


「お願いヴェリオ。…この、状態も、はぁ、はぁ……あまりもうもたないから」


「……分かりました。いきますっ!!」


「ええ。……ぐうぅっ……」


ヴェリオは覚悟を決めて、一番大きな枝を手に持ち、力の限り引き抜いた。

エルの苦痛に満ちた声が辺りに響く。

引き抜いたすぐ、止血をしなくてはいけないと枝を放り投げ、傷を確認したが、ヴェリオの予想に反して緩やかに傷はふさがっていった。


「すごい……回復の域を超えている」


「はぁ、はぁ、はあ、はぁ……っ…さ、さぁヴェリオ、最後まで頼んだぞ」


「はいっ!」


ヴェリオの手にも嫌な感触が幾度となく襲ったが、そんなことなど気にも留めずにヴェリオはエルの体中の痛みを取り除き続けた。

最後の小石を除去しきると、息を整え、エルはゆっくりと立ち上がった。

髪の色はいつもの黒色に戻っている。


「ふぅー、ありがとうヴェリオ。おかげで助かったわ」


「そ、そんな礼など!めっそうもございません!!それより服のほうが……」


「ん?」


ヴェリオが目を伏せるのを見てエル自身も自分の姿を見てみると確かにひどかった。

大事なところはなんとか隠されているが、完治したばかりの白くきめ細かい無垢な肌がその主張を強めていた。


「……装飾品まで完治しないところが難点の一つなのよね……いったん保留しておいて、アオイの所に急ぎましょう。さすがのエネミーガーディアンも無傷ではいられないだろうから」


赤面を隠すようにして、気持ちを切り替えエルはもといた場所を目指して歩きだす。

ヴェリオも遅れまいとすぐに駆け出した。

そのころ葵はといえば……


「……っくぁ……一体どうなったんだ?」


木々も吹き飛び、巻き上がった砂埃が霧のように辺りに充満して視界が悪い。

血や砂がこびりつきみすぼらしい恰好をしていたが、幸いにもそれほど目立った怪我はしていないようだった。


「ベルトのおかげか……あ、あれ?ベルトがない!」


ふと腰に手をあててみると手に金属の感触が伝わってこない。

変身がとけて、爆発の反動でベルトがどこかに散ってしまったようだ。


「さがさ……ないと…いっつ、これ折れてたりしない、よね?」


全身にではなく手足や背中など要所、要所に鋭い痛みを覚えながら、葵は木を支えに立ち上がり辺りを見回していく。

視界が悪く何も見えなかったが、急に上空から冷たい風が降ってきた。


「風?……まさかっ!?」


降り注いでいた冷たい風は徐々に砂埃を吹き飛ばし、視界を良好に戻していく。

しかしその風の勢いは先ほど、いや、解除後ならばなおさら強く感じる。

何かを羽ばたかせる轟音も次第に大きくなってくる。


「見つけたっ!!おお、あれを受けてその程度とはさすがは……エル様もうまいこと回避したみたいだしこれは一本取られたな。ははは……」


「エル、ヴェリオ……ひ、ひとまずよか……いぃぃいや、よくない!どうするのこの状況!?」


上空には小山ほどの竜がホバリングしているというのに丸腰もいいところだ。

あとずさりして葵は一目散に背をむけて走り始めた。


「うわあああああああ――――ッッ!?!?」


「ベルトに興味があるだけなんだが……逃げるってんなら面白い!」


竜は咆哮して地表付近を飛行して葵の後を追った。

追ってきているのはすぐに分かった。

しかし恐怖にかられた葵は振り向くことができなかった。

木々を切り裂く音が、背中を浮かせる風圧が葵を絶対に止めさせない。


「うわっ……ちょっ………!!」


「シャアアアーーーーーーッ!!!」


黒竜の動作一つ一つで葵の体が宙に浮かぶ。

手足を伸ばせば人間など簡単に斬殺できそうな距離にもかかわらず黒竜は咆哮と飛翔を繰り返し、弄ぶように葵の恐怖心を煽っていく。

慣れない山道に葵の足も思うように進まない。


「あっ……うわああ……!!」


とうとう足を滑らせてしまい、斜面を転がり落ちていく。

落ちた先で慌てながらも、葵はひとまず上空を確認した。

依然として巨影が自分を覆い尽くしている。


「はあ、はぁ、はぁ……どうしよう、どうしよう、どーーーーしよぉぉぉぉぉ!!!?」


呼吸が荒くなり、目が自然と開かれる。

頭を抱えてみたがロクな考え一つ思いつかない。

その間にもジャヴァウォックは一層その無骨な翼の動きを力強くしていく。

また強烈な風が当りを襲う。


「っ……またこの風……いてっ!?」


身をかがめた葵の額に冷たく硬いものが飛び込んできた。

さすりながら不自然なほど手の中に収まったそれを見て葵を安堵よりも恐怖が支配する。


「べ……ベルト…………なんで…」


木にしがみつきながら飛ばされてきたベルトを見つめた。

依然として怪しいほどの輝きを放っている。

葵がピンチの時……というより、葵が逃げ出そうとしている時どういうわけかこのベルトは自然と葵の元へとやってくる。


「僕に戦わせようっていうのか?…でも…い、いや!!決めたんだ!!ヒーローになるって!!」


少年の膝は毎度の如く震えていた。

あまりにも希薄な自信をゆっくりと全身に流れさせて少年は両の足で踏ん張り腕が曲がりそうになりながらベルトをゆっくりと巻いた。


「弱いモンイジメは好きじゃないんでね……ここまでにして、そろそろお開きにしようや!!」


ジャヴァウォックはそう言って天を仰ぎ、マナを腹の底からねりだしていく。

火炎の細線が徐々に口内で集結、まがまがしい黒炎の球が出来上がっていく。


枯れた心炎シンブラスタ!!!」


吐き出される。繰り出される。放たれる。


しかし、その刹那、まさにあと少しの所で赤い閃光が巨大な顎を貫いていた。


「お、おごおおお……」


骨の先端が砕かれる感触。

ノーガードの大きなマトに重い拳が突き刺さる。

脳がかき混ぜられるような不快感に抗いながらジャヴァウォックは自分の体に隠れたそれを凝視した。


「お、おばぇぇ……っっ」


その闘志を赤いオーラに変えたエネーミーガーディアンが右の拳を突き上げたままゆっくりと落下を始めていたのだ。


「ゆる……はぁ、ゆるざねぇぇーーっ!!」


すぐさま空中で回転、高速でしっぽを使い地面を叩きつけたがエネーミーガーディアンの姿は既にない。


「どこだ……ぐああ……どこだ……」


「フンーーッッ!!」


「ーーーーーーッッッ」


いつのまにか背後に移動していたエネーミーガーディアンは跳躍し、竜の首を蹴り上げていた。

竜のまなこがぐるんっと上まぶたに吸い上げられる。

意識を保ち上空にとどまったがまたも敵の姿を把握しきれない。


「どこだどこだどこだどこだーーーっ!は!見つけたぁぁぁぁ!!!」


「ーーっっ!!」


気配に気づき、同じ目線にまで到達していた無防備なエネーミーガーディアンにジャヴァウォックは巨大な口を開けて襲い掛かる。


「あああああああああーーーーあ??」


口を開けて、その舌が絡めとり、牙が貫き

顎の肉と骨が跡形もなくすりつぶす……はずだったのだが……


エネーミーガーディアンの跳躍は竜の予想よりも後半の伸びが大きかった。

エネーミーガーディアンは宙で回転し、オーバーヘッドの体制で、黒竜の鼻先を穿つ。


「あがあぁ……がああああーーーッッ!!」


小さな足から繰り出される、赤い閃蹴は、レーザーのような痛みとして、竜の脳髄のうずいを破壊した。

失墜する黒竜。


巨体を受け止めた大地の踏ん張りが、少し離れたエルたちにも伝わった。


「魔王様、この音!」


「ああ。急ごう!!」


軽やかに地面に降り立ったエネーミーガーディアンは気を抜くことなく辺りを見回し、思考を巡らせる。


(どうやら、黒竜の姿では体面を液状化して、物理技の威力を減退させることができないようだ。手応えはあったが……)


辺りが静けさを取り戻していく中、エネーミーガーディアンはバっと後ろを振り返った。

傷を負った黒竜が、その姿を大型車より少し大きいほどに縮めて、エネーミーガーディアンに牙を剥いてきていた。


「グルァァァーーーッッ!!」


「なるほど……的を小さくして、小回りを重視したってことか。だけどな……」


規格外の大きさあのあとで今更ビビるか!!


「おおおおッーーッ!」


下に滑りこみ、エネーミーガーディアンは姿を眩ませて、竜の背に乗り上げ、拳をその背に突き立て再び地に沈めた。

地を破る音が竜の悲鳴をかき消していく。


飛び退いたエネーミーガーディアンは振り返り拳を握り直した。

さすがの黒竜もすぐには起き上がってこない。

エネーミーガーディアンはそのスキを逃しはしなかった。


「今度はこっちの番だよな?いくぞっ!!」


姿勢を落とし、構えた戦士の正面に魔王の刻印が浮かび上がる。

足に吸収され、煌めきになり、マナが共鳴して空間がざわめいている。


「せぇえええやあぁぁぁぁ!!!」


跳躍し、突き出したその右足が地に埋もれるジャヴァウォックに迫る、その数秒前。


「あああああーーーあ、えっ!?うわっ!?」


右足は光を失い、威力が消滅。

エネーミーガーディアンは高い位置から地面へと墜落した。


「な、なんで……ぐああ……」


突如として全身を襲う痛みと疲労。

仰向けに倒れ込んでしまう。

腰のベルトにはめられた輝石の赤色が点滅し、その輝きを失うと、間髪いれずに


「はぁ、はぁはぁ……な、なんで」


葵はベルトと自身の腕を見比べて言葉が出なかった。

やっと追いついてきたエル達もその決定的な瞬間を目撃していた。


「ま、魔王様……あ、あれは……ッ!」


「…………アオイっ」


それは地に埋もれる竜の前で。

いつぞやの銀装エネーミーガーディアンが脆弱な雰囲気をまとって、地を背に天を仰いでいたのだった。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

EnemyGuardian ミナトマチ @kwt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ