第16話 ヒーロー予感す

正直、青野葵はナメていた。

どこから見ても、人数に寂しさを感じながらも冒険者くずれにしか見えない完璧な偽装に、猫というマスコット。

3人は怪しまれることなど一切なく、それどころか旅先でよくしてもらい、食事や寝床に困ることはなかった。

だが、それにしても、それにしてもだ。

いくらなんでも


「……遠くない?」


葵は燦々さんさんと照りつける日の光に目をすぼめながら、ため息混じりに呟いた。


「仕方ないでしょう?徒歩なんだから。馬車とか馬とか借りようにも、ギルド会員の証明書が必要なんだから」


エルの言葉に反論できない。

一応、冒険者という建前が一番動きやすいということで、葵達は2人(+1匹)のパーティという設定なのだが、聖騎士達がこの世界にやってきて以降、ギルドに身分証の制度ができたらしくプレートに名前が刻印された特注の首飾りがなければ証明にならなくなっていた。

まさに統制の賜物である。


「昔はこんなに窮屈じゃ無かったんだけどね。……ホント、生きづらい世の中になったもんだわ」


単純に旅人ということにしてもよかったが、村々の出入りは自由でも、大きな街となると検問があり、旅の目的がそれなりでなければ怪しまれるのだという。


プレートないんじゃ、むしろ旅人の方が良くないか?意味なくないか?


「ぐだぐだ言ってないで足を動かせ、足を!」


の猫がキッと振り向きざまに葵を睨め付ける。


「わ、分かったよ、もう……………ネコのくせに」


「あ?何か言ったか?」


「べ、別に……」


ケットシーはそれほど人間から害悪視されていないが念には念をと小動物然とした振る舞いをヴェリオは強いられていた。

葵が毎度笑いをこらえるのに苦労しているのは余談だ。


「だが、そう悲観することもない。次のちょっと大きな町【イルニール】を抜ければもう南の魔王のお膝元だ。【イルニール】ももうそろそろ見えてくる」


葵にそう説明すると、エルはマントを翻し、また静然と歩み続ける。

その立ち姿が異様なほど、綺麗だった。


「う……うん」


自然と体に力が入る。

葵は遅れまいと無駄口をやめて歩くことに専念するのだった。

見晴らしの良い街道に出ると、葵の鼻に突如違和感が起こる。


「あれ……なんだ?……ねぇ、なんだか焦げ臭くない?」


エルもヴェリオも足を止めて、訝しげに鼻に意識を集中するが何も感じず、ただ草木の香りが風に運ばれてくるだけだった。


「いや、特に私は何も匂わないけど……」


「俺もです。どーしたんだアオイ?」


「いや、なんかこう……炭っぽいというか、むせるような……うーん……」


気のせいだろとヴェリオはなんでもないように歩き始める。

エルも一瞬葵の顔を見てヴェリオに続いた。

葵もなんの確証も無かったので、というより、あったところでそれがどうしたと自分に言い聞かせて気を取り直した。

森の中の道が多かったせいか、遮るものなく降り注ぐ太陽の光が、いつにも増して生命力に溢れている。

葵はすれ違う荷馬車や人なんかにも時折挨拶をして、先ほどのことも、今、どうして自分が道という道を歩いているのかという問題すらも忘れて、ただただ自然に身を任せていた。


行雲流水か……昔の人はすごいな。


気分はまさに流れる雲だった。

しかし、田舎道を抜け、例の【イルニール】が近づくにつれて建物が目立つようになって来た時、ヴェリオの鋭い声が葵を現実に引き戻した。


「ま、魔王様!アオイ!あれっ!」


「「…えっ……」」


一向が目にしたものとは【イルニール】があるであろう場所からもくもくと上がるおぞましい黒煙。

幸か不幸か、葵の感じた違和感は嘘では無かったのだ。


「火事か!?というよりアオイ!お前の鼻どうなってるんだ?風もそんなに無いし、さっきの所じゃまず煙の匂いなんて分からないぞ」


「……厄介ごとにならなければいいが。

2人とも、先を急ぐわよ!」


エルを先頭に一向は煙に向かって走りだす。

近づくにつれて煙の大きさが体感できる。

周囲の建物や道は荒れてはいなかった。

どうやら【イルニール】内での出来事のようだ。

幸いこの町に関所はなく、スピードを維持したまま煙の登る中央まで葵達は駆け抜けた。

葵だけが今にも倒れ込みそうなほど肩で息をして膝に手をついている。

ようやく顔を上げた葵は驚きのあまり目が見開かれる。


消化活動が行われ、火も半ば鎮静していたが、問題は小規模な火事がそこいら一体に広がっており、何より建物の損壊がこの辺りだけとはいえすごい。

まるで何かが力任せに暴れた後の光景だった。


「いったい何があったのですか?」


「あ、貴女方は?」


エルが代表して身の上や事情を説明していると男は納得して少し離れた所にある元ベンチに3人を誘導した。


エルと男が腰を落とすと藁にもすがるような目で男はエルにいきさつを語り始めた。

町の騒動に乗じたわけではなかったが、結果的にプレートを見せる機会はなかった。


「冒険者と聞いてお願いがあります。この町をこんな姿に変えたを討伐して欲しいのです」


3人が顔を見あわせる中、男は続ける。


「2日前のことです。この町にとある魔物が突如として現れたのです。まさにバケモノというにふさわしい姿。真っ黒でおぞましいオオカミのような獣でした。もちろんここには冒険者も、聖騎士の方も数人控えておられて人々も何も心配はしていませんでした。しかし、むかう冒険者達はことごとく惨敗。聖騎士の方も本部に問い合わせるといって出て行ってしまわれました。幸い死人は出なかったのですが……」


葵は言葉を引き継ぐようにそっと横目で辺りを見る。

おそらく戦闘が行われたこの広場の現状は痛々しいものだった。


「黒い獣。参考までにお聞きしたいのですが、ほかに特徴はありませんでしたか?」


エルの質問に答えようと男は少し俯く。すると数秒もしないうちに上半身を跳ね上げ頭を抱えた。


「うっ……あぁ…そうだ、やつは、やつはぁ姿っ!!!形態変化なんて生優しいもんじゃない!うぅ……ありえない、ありえない!!」


明らかに様子がおかしい男を見てエルはアオイに指示を飛ばす。


「まずい……アオイ!誰か人を……」


「分かった」


そうして、負傷者の手当てに当たっていたプロを連れてきて男を預ける。

葵は何故だか胸騒ぎがして落ち着かず、エルの方をちょっと見てみると、エルの顔は葵のものより深刻そうな顔をしていた。


「いや、まさか……だが、あの話が本当なら」


「エル??」


「アオイ……すまない、少しいいか?」


「どうしたの?」


広場を後にして、何故かエルの足は【イルニール】の入り口へと向かっていた。

エルは少し歩いたところで葵を振り返る。


「アオイとヴェリオはこのまま南に向かって欲しい。私はどうも、こんなことをしでかしたやつに会いにいかなくちゃいけないみたいだから」


「…ッなに、それ!?意味が分からないんだけど」


「魔王様、説明してください!」


歩みを止めて迷うように揺れるエルだったが、意を決したように肩を落とし正面切って2人を見た。


「確証はないけど、犯人はおそらく何十年も前に姿を消したね。先代からではなく私が引き入れた子だったんだけど……だからこそ余計に私は私の手でケジメをつけないといけない。もう、あんな風にはしたくない……」


エルの脳裏に、いや、葵の脳裏にもコーネリングの顔が浮かぶ。

沈黙が流れる中ヴェリオが冷静にエルを見上げる。


「ですが、行ってどうするつもりです。ただでさえ今の貴女様の力は人間と大差ありません。思うにあの被害からみて相当な手練れと見えます。元部下とはいえ、状況を考えて下さい!」


「………っだからこそ、あなた達は先に行って欲しいの。あなたやアオイに刻まれたカタストフィアの紋章があれば話は通るわ!」


「だからってそんな……」


2人のやり取りに葵は一言も口を挟めず、ただいつものごとくオロオロするだけだった。

エルは人間との共存を考えている魔王だ。例外はあれどドボルグ達は皆人間や他種族との共生に迎合しているような感じであった。

それを知っているからこそ、元とはいえ自分の臣下の狼藉を上に立つものとして確かめに行きたいエルの気持ちは葵にはよく分かった。

だが、同時にヴェリオの言う通り置いてきたドボルグ達の顔も浮かぶ。

どちらにしても危険と隣合わせだった。


「行って戦闘になりでもしたらどうするのです?魔王様では……まさか…」


ヴェリオの言葉の端にエルは一層険しい顔になる。


「舐めるなよ。私とてこれでも魔王だ。つもりだ。無論私が戦う。策はある!」


これを使っておけば……というのを口の中で噛み砕いて、エルは申し訳なさそうな、憂いを帯びた眼で一瞬葵を注視した。

そんな視線に気づいたからか、はっとして葵は肩にかけた袋の中のベルトに意識を集中させる。

ぐっと拳に力を込めて、堂々と2人の言い争いに割って入る。


「とりあえず行ってみようよ。は、話が通じるかもしれないしさ!そ、そ、それにやっぱりエルが居ないと南の魔王に取り合ってもらえないだろうし、エルの身に何かあったら……ほら、いや、みくびってるわけじゃないよ!けどその、ほら!僕一応、一応だよ?本当に一応だけどエルの用心棒だしさ!えっとなんというか……あれ?あはは……」


体全身を使って説得しようとする葵の姿に、エルやヴェリオの毒気が抜かれる。

3人は吹き出してひとしきり笑うと、エルが話を戻した。


「……ついてきてくれるの?」


「…………………もちろんだよ!」


「なんだよその間は。はぁ、分かりました。さすがは魔王様、強欲の限りですね。そうならばこのヴェリオ誠心誠意務めさせていただきます!」


2人の顔を少しみて、大袈裟にばっと踵を返し、エルは仰々しくまた歩き始める。


「ふ、ふんっ!私も魔王だ。ポンコツではないところを見せてやる。待ってなさいよぉ!」


嬉しくてにやけた顔は葵達には見えなかった。

でも、何故だかはっきりと葵の耳には『ありがとう』と聞こえた気がして、葵はまたエルの後ろをついていく。


絶対戦いになると思うけどな。


予感ではない。

葵にとっては不幸の象徴とも呼べるベルトがそう告げているのだった。


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