第15話 ヒーロー歩き出す

全てが終わった。

いや、全てが始まったと形容したほうが正しいのかもしれない。

ただ、次の段階への移行はとうてい簡単なものでもなく、唐突でそして先の未来への不安を高まらせる……そんな門出になった。

エル達とは一人離れて、主人公青野葵ことエネミーガーディアンは空を見上げ物思いにふけっていた。

遡ること数時間前のことである。


傷の手当てを終え、葵が改めて辺りを見回すと聖騎士の一団は仲間達を抱えたり、支えたりしながらゆっくりと退却し始めていた。

変身こそ解けていたが、エネミーガーディアンの力はエレックだけでなくその場にいた全員が思い知ったようで、これ以上エル達に危害を加えようとする者はいないようだった。

葵もゆっくりと先程の激闘、決着の場所へと歩み始める。

そこでは鎧の残骸をかろうじて身にまとい、数人の部下に支えられた……痛々しいエレックの姿が葵の目に映った。


「よかった……いや、よくはないけど……とりあえず、うん…」


安堵の息を人知らずついていると、エレックは部下に指示を出して、葵の側に近づいてくる。

露骨に緊張を顔に出してしまった葵だったが逃げる事はしなかった。


「貴様が……そうなのか?」


「そうなのか?……あぁ……えっと……」


葵が斜め上を見たりしながらドギマギして答えられずにいる。

それを肯定と読み取ったのか、否と取ったのか。

エレックは曖昧な顔で嘆息した。


「いや、気の迷いだ。貴様のその姿も一度目にしている。だが、初対面と先程のお前とでは同一人物に見えなくてな。一つ聞きたい」


「な、なんですか?」


「どうして私にトドメを刺さなかったのだ?あの熱量、威力。私を跡形もなくこの異世界の空気に変えることなど造作もないように見受けられたのだが?」


葵は質問の動機こそ分からなかったが、エレックに対して、彼と同じように相手への印象が変わっていた。

毒気が抜かれたような、清々しさを表に表したようなそんな印象をエレックから受けていた。

葵は努めて真面目な顔でゆっくり答える。


「僕はコーネリングを、言い訳なく、相手の発言を逆手に取って個人的な怒りで拳を振るって消してしまいました。自分でも怖いほどの内側から湧き上がる闘争心……僕はその興奮を怒りを抑えきれず命を一つ身勝手にも奪ってしまった……」


暗い影を顔に貼り付け、重々しい様子で一言一言、葵は丁寧に祈るように紡いでいく。

エレックは見つめたまま一言も発しない。


「身勝手な行いからくる、身勝手な罪悪感。それでも……あの時あなたに本気で撃ち込んでいれば……僕はもう、僕じゃいられなくなるような、そんか気がして……その……」


なんて言えばいいんでしょうか、と言葉を濁らせる葵をエレックは不思議なものを見るような目で見ていた。


外道に相対した己の反省。

許されざる者への許されざる行い。


普通はそれを【正義】という言葉で肯定しがちなのだがな。


エレックはふんと少し笑って部下に目配せして踵を返して、帰っていく。


……必殺技か。戦い抜いてその果てに待ち受けるものに…いや、その度し難い業にいつまで抗い続けられるか。己が道を歩み続けるのだな」


「…………」


騎士の背中に傷はなかった。

餞別とも皮肉ともとれる、そんな背中から聞こえるエレックの低い声。

葵は唇をキュっと噛んでゆっくりと帰っていくエレックを見つめて、自分も反対方向へ歩き始めたのだった。

そうして時は戻り今に至っている。


「何を考えているんだ?」


「……エル…」


葵は目線を空から背後に移した。

まだ少し目が赤い。

それでも優しい微笑で静かに佇んでいる。


「いや……うん。ちょっとね。……これからどうするの?」


「これから……ね…」


エルは言いながらゆっくりと折り曲げていた腰を伸ばして辺りを見渡した。

葵と同じように空見上げ惚ける者。

涙を流して地面に崩れている者。

安堵の表情で談笑を交わしている者。

エルの目に入るのは実に様々な顔だった。


「最初の聖騎士の襲撃から無くしたモノが多すぎて私は……ちょっと臆病になっていたのかもしれない。これ以上大切なモノを無くすのが、傷つくのが。……いや、自分が傷つくのがかな。でも、また一つ大切なモノを無くしてようやく気付いたのよ」


「…………」


エルは静かにみんなの元へ歩き出した。

葵にとってなんだか一番頼もしい背中のように思えた。


「私は止まらない。歩き続けなきゃね」


エルは生き残った魔族達を一ヶ所に集めて簡易的な集会を開いた。

首を回すまでもない。

一眼で十分な数しかその場を埋めていない。

エルはそれでも、一人一人の顔をしっかり見るようにゆっくりと見回してすっと口を開いた。


「まずはみんなに感謝したい。アオイや側近達はもちろん、よく生き残ってくれた。そして謝罪を。また私は大切なモノを守ることができなかった。傷つけてしまった。喜び、悲しみ……これ以上言葉で言い表すのは難しい」


誰一人その場にいる者は身動き一つしなかった。

エルは熱く声を飛ばす。


「正直コーネリングの言う通りだった。私は魔王としての覚悟も何もなかった。今の私にみんなを率いる資格はない。だからもう一度、魔王としての在り方を見直そうと思う。

勝手だけどひとまず、!!」


「えっ……!?」


葵だけでなく、唐突なこの衝撃的な一言に流石にその場の全員に巨大な波紋が広がった。


「そんな、解散……仮?いったい……」


「そ、そ、それじゃぁ、私達はどうなるのですか!?!?」


「魔王様……」


ざわめくその場の反応を予期していたかのようにエルはいたって冷静だった。

ざわめきも覚めやらぬなか、エルはさっと片手を振りかざす。


「もちろん、みんなをこのままにしておくことは決してしない。ひとまず、私は南に向かおうと思う」


「南?」


全員の心中を代弁するかのように葵が間髪入れずに聞き返す。


「そうだ。南の魔王とは幼少期から親交があるし、何より南は交易地域。このマルシナで一番中立的だと言っていい。アイツ自身、底知れないとこがある薄っぺらい、胡散臭い、ヘラヘラしたやつだけど……」


むちゃくちゃだな


葵の頭の中での南の魔王の姿は……それはもう凄いことになっていた。


「でも私の頼みを今まで一度だって無我にしたことはないからな。ひとまずみんなの安全を確保してくれるように頼むつもりだ」



不確かな希望的観測な案なはずなのに、何故かみんなの顔には安堵の顔が広がっていたのに葵は驚いた。

横にいたヴィヴィレオにそっと耳打ちする。


「だ、大丈夫なの?その……あまりにも楽観的というか」


「まぁキミがそう思うのも仕方あるまい。しかし魔王様がおっしゃっていることは全て事実であるし、実際何度か過去にも援助してもらったこともある。南のおさに大恩を売ることなら思うところもあるが、こうするほか仕方あるまい」


「そう……なんだ」


エルは今度はばっと後ろを振り返った。

その目を見た葵を除くヴィヴィレオ達全員は片膝をついて平伏する。


「こうしてみんなについて来てもらってるのも……私のお父さんや先祖のおかげであって、私の力じゃないのよね。ふぅ……ひとまず……この先私はまたみんなを魔王として率いることができるかどうか分からない。だからひとまず。聞け!これを最後の勅令ちょくれいとする!」


そうして一人一人を名指していく。


「ドボルグ、ヴィヴィレオ、お前達をこの者達の統率者に任命する!力の限り、希望に向かって皆を率いるのだ」


「「ハッッ!!」」


「クレア、バルケリオン、お前達をそれぞれ技術顧問及び保健局長に任命する!クレアは結界を展開し聖騎士、冒険者達の追跡を避けるように。バルケリオンは引き続き負傷者の手当てと体調管理に専念せよ!」


「ああ。引き受けたよ」


「持てる全ての力を尽くすと誓おう。大いなる愛ゆえにっ!!」


照れ臭そうに、しかしどこか満足そうにエルは各々を見ていた。

そして、とエルは葵の方を向く。


「アオイ……キミは本来ならばなんの関係もない人間だ。今回の戦いも苦しいものだっただろう。それは重々承知のつもり……だけど、素直に助けて欲しいと、図々しくお願いするよ。……ここに残ってみんなを守ってほしい。」


葵はうっと言葉に詰まってしまう。

でも、何故か前ほど怖くはなかった。

すっとエルを見つめることができた。


「うん。僕やるよ。……っていうかみんなと一緒にいないと僕これからどうすればいいか分からないしね」


「ありがとう」


話がひと段落したと思ったその時、不意にクレアが一声差し込む。


「そのことで提案なんだが、アオイ、キミはエーちゃんの護衛として一緒に南に向かってくれないか?遅かれ速かれ今日のことは聖騎士に伝わるだろう。東の魔王が生きていることも。そうすれば危険なのは残党の我々よりもエーちゃんだろう。どうだろうか?」


「そりゃ、名案だ!正直、見つめ直すっても魔王様、いや、の今の状態じゃ何ぁああんにもできねぇだろ。アオイ俺からも頼むぜ」


クレアやドボルグがそう口にするなか、ヴィヴィレオやバルケリオンもうんうんと頷いていた。

えっと……と口をモゴモゴさせたまま葵な何も言えなかった。

というより、顔をほんのり薄赤くしムスっとしているエルに気を取られ、むしろ気を使って何も言わなかった。


「ああ……えっと、あーー……エルがいいなら僕も頑張ろうかなぁ……なんて、は、ハハハ」


チラチラと横目で確認すると、ギリギリの声量でエルがそっぽを向いたままぶつぶつと呟いている。


「別に……私としても、その、う、嬉しいけど…な、なんか……私がポンコツみたいで、なんか……」


「実際ポンコツじゃねーか!ガハハハーーーッッ!!!」


仮解散でこんなフランクになるんだ……


「行こうか、南に!」


葵の一声から数時間後。

簡単な挨拶を終え、また簡単な旅の支度を整えてエルと葵は連れ立って南の方角に足を運んでいく。

と言っても荷物は何もなかった。

エルはマントを羽織っただけだし、葵は例の革袋にベルトをねじ込んだものを斜めがけしているだけだ。


「勢いで出て来たけど水とか、食べ物とか……どうするの?」


「そこまで距離が離れているわけではないし、それに私もキミも見た目は完全にだ。少しくらい助けてはくれるだろう。まぁ、得意ではないが野宿の経験もある。私にドォォンと任せなさいよ」


「なんだか心配だけど……言っても仕方ないしね。うん!僕もいけそうな気がする!」


「それはそうと……」


ざっと小気味良い音と共にエルは足を止めた。

葵は遅れて訝しげにエルの横顔を見る。


「ポンコツと言われたけど流石にキミよりは長く魔族やってるのよ?いい加減出て来なさい」


数秒としないうちに林道の茂みがガサガサと音を立てる。

緊張と使命感から葵は引きちぎるように肩にかけた皮袋に手をかけ、ベルトを引っ張りだす。

しかし、その手をエルはそっと手を置いて静止させる。

その顔には緊張とは程遠い笑が浮かんでいた。

そうして、茂みから出て来たのはーー


「ーーっヴェリオ!?」


バツが悪そうに出てきたのはヴィヴィレオの弟子、ヴェリオだった。


「はぁ……どうして付いてきたんだい?どちらにしても危険だが、私達と来るよりもみんなと残った方がまだ安全なのだけれど……何か目的でもあるのかい?」


「すいません、魔王様。でも、俺、どうしても外が見たくて。もっと強くなりたくて!!

だからお願いです!このまま一緒に行かせてください!!及ばずながら護衛も死力をつくしますから!」


葵はエルの方をじっと見つめる。

エルもやれやれと肩をすくめて颯爽と踵を返す。


「今は魔王じゃないんだけどね……分かったわよ。一緒に行きましょう。ね、アオイ?何かあってもと子供の猫くんくらい余裕で守れるわよね?」


「ありがとうございますっ!!」


ぽかんと口を開けながら置いてけぼりの葵に、ふんと意味深な横目と笑みを向けて小走りでヴェリオはエルの後を追っていく。


「めちゃめちゃ気にしてるし……大丈夫かなぁ」


言いつつ葵の広角も自然と上に上がる。

ベルトを一度ぎゅっと握って革袋に戻し、葵は二人の後を追って走り出したのだった。



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