第14話 ヒーロー決着

向かってくる風をよけることなど常人であれば不可能であろう。

ましてそもそもかわそうなどとは考えないのかもしれない。

しかし、今この場にいたもの……魔王エルゼルダートにははっきりと


エネミーガーディアが風を一つ一つかわしてるように見えたのだった。


「くっ……どうなっている」


鞭のようにしなり、伸縮自在の聖剣を振るうエレックの顔にはっきりと驚愕のいろが見てとれる。


「ふっ…はっ……っ!!」


それもそのはず。

エネミーガーディアはその全方位から襲ってくる剣の雨の中、その身に一太刀もあびることなく真っすぐにエレックのもとへ進んでいたのだ。

その様子を遠くから見るエルとコーネリング。

エルを縛っている鎖を持ったコーネリングの腕がわなわなと震えている。


「魔力感知か!?い、いや、聖剣は普通の剣ではないがあの回避のしかたは剣筋に反応した回避だ!ばかなっ……後方からの太刀筋まですべて……っ」


「たんに攻撃力と俊敏性が向上しただけではないということね」


エルはいたって冷静に目の前の光景を把握することができたが、理屈を考えられるほどの余裕は持ち合わせていなかった。

続く斬撃と回避の応酬のなか、わずかにエレックの剣に乱れが生じる。


「しまっ……」


「ここだぁぁぁぁぁぁ―――っ!」


その一瞬のスキを見逃さず、エネミーガーディアンは手の甲で剣の腹を叩き伏せ一気に距離をつめる。

流れるような動きのなか、エレックの眼前にエネミーガーディアンの赤いボディが映し出される。


「はぁああっ!」


真っすぐに打ち出された右の拳。

聖騎士の鎧の上からでもダメージは十分なようで、エレックの顔が苦悶の表情に変わる。


「逃がすかっ!」


「ぬぅうわぁああ――ッ!」


地面に直線を残しながら後ろに飛ばされていくエレック。

エネミーガーディアンは追撃のために一足で飛び上がるが、エレックは聖剣を地面に打ち付けることで剣で波状を描き、攻撃を兼ねた防御にでた。

蛇のような、縦状に揺れる波のような攻撃をエネミーガーディアンは完全にかわすことができず、斬撃を受け地面に倒れこんだ。


「はぁっ……はぁっっ……はぁ…なんて剣だ。しかも、あの体勢から」


「ふぅっ……ふぅ……間一髪といったところか。クソッ!」


両者片膝を立てて睨みあっていたが、やがて立ち上がり新たに構えを取り直す。

じりじりと左右に回ったり、詰めては離してを繰り返して相手の出方を見定める二人。

今度はエレックが、その沈黙を破り仕掛けていく。

聖剣を延ばすことなくそのままの状態での近接格闘。

エネミーガーディアンも走り出し、拳と剣が交差する。

リーチの長い聖剣が先にエネミーガーディアンの上部を斬つける。

煙と火花を鎧から飛び散らし、痛みを素直に表した声が、仮面マスクの下から聞こえてきた。しかし、エネミーガーディアンはひるむどころか逆に拳をより強く突き出し、エレックの頬を砕く。

先ほどの衝撃も加わっていたせいか、兜の亀裂がより深くなり、のけ反ったその時には破片をまき散らしながらエレックの素顔を晒していた。


「「ごふぁぁ―ッッ」」


重心が後ろに下がったが両者倒れるようなことはしない。

おのおの片足で踏ん張り、エネミーガーディアンは下からすくいあげるように、エレックは斜め上段から断ち切るように攻撃に素早く転じる。

まさに何事にも形容しがたい肉弾戦。

防御など忘れたと言わんばかりの激しい接戦。

鎧を、骨を、肉を断ち切る、粉砕するその衝撃が戦場と化した閑散とした森の広場の隅々にまで届いていく。

数分にも満たない攻防、いや、攻攻!

ズササアアア―――ッッ

若干の距離が開いたその時、エネミーガーディアンはエレックの聖剣からマナを感じる。

一度見たことが、感じたことがある冷たい威圧感。

エネミーガーディアンはすべての力を足先にこめ、地面を蹴り上げ飛だした。


「これは、マズイ!」


「スゥ――最果ての極地点サザンクロス―ッッ!!!」


眼で追うことができないほどの二連撃。

魔力によって強化・伸縮する刀身から切りつけるため通常の技よりも威力が大き

い。


「でも、伸びるほど強いってことは、伸びきる前なら威力も弱いということだ!」


「試してみるがいいッ!!」


思わず口角を上げるエレック。

踏み込んだエネミーガーディアンと剣が交差しようとしたその時。


バチチチチチィィィィィィ――――ッ


「なっ……は、ああああああああ―――――ッッッ!!!」


「これはっ――!」


どこからともなく。

いや、エレックの後方から紫電が突如飛来し、エネミーガーディアンを襲う。

エレックの技ではない。

しかし、攻撃を余計に受けてしまったことでエネミーガーディアンはエレックの放つ攻撃をかわすことも、受け流すこともできずに胸部を斬りつけられてしまう。


「や……野郎っ!やりやがったなぁ―ッ!!」


戦いの様子を見守っていたドボルグ達も驚嘆したのは一瞬で、すぐさま、横やりの正体に気付き、憤怒の形相で睨みつけた。


「コーネリングッッ―――――貴様ッ!どこまでっ……」


左手で自らを縛る鎖を持ち、右手を掲げたコーネリングをエルは怒りと絶望の入り混じった声を喉の奥から絞り出していた。

コーネリングは肩を小刻みに震わせながら高らかと宣言する。


「まるで卑怯者、外道を見るような目で見ないでいただきたい!一騎打ち?真剣勝負?騎士道精神?全くもってくだらない!これはやるか、やられるかの!」


土煙がはれると地面に転がるエネミーガーディアンの姿が見える。

崩れ、ほころび、砕ける。

形こそ保ってこそいるが、見るも無残な塵芥が天を仰いで倒れていた。

歓喜の声を張り上げ、コーネリングはさらに続ける。


「さぁ、今ですエレック卿!!完全なる終わりっ、淀みなき勝利!トドメをさすのです!!」


「アオイ、クソっ離せぇぇぇぇえええ――っ!!」


「無駄なあがきを……するなぁぁっっ!!」


「あぐっ……」


体をくねらせ暴れるエルをコーネリングは力一杯にくみしだく。

エレックはコーネリングを横目で見流し、無言のままエネミーガーディアンを見下ろす。

どこか納得のいかないような表情を一瞬みせたように見えたが、すぐに聖剣の切っ先を頭上に持ち上げる。

剣を包むマナが大気を震わせ、無慈悲に、静かに振り下ろされる。


「さらばだ……魔の守護者よ……」


薄汚い笑みを浮かべたままのコーネリングを除いて、全員が息をのむ。

永遠にも感じられる剣の軌道。

しかし、それが葵の首を落とすことは無かった。

激しく重い一撃を、何者かがで遮ったからだ。


「―――ッ!」


「汝の攻撃、感服の至り!だが、私の前では児戯にすぎぬ。そう、愛ゆえにっ、だ!」


「バルケリオン!?あいつ、いつのまに!?」


「まったくだ、だが最悪は避けられたな」


エネミーガーディアンに負けず劣らずの装甲のような硬い皮膚に全身を包んだバルケリオンはそのまま腕に力を込めてエレックを押し戻す。

エレックの顔に明らかな緊張が走る。


(一瞬で現れ、さらに聖剣を片手で……っ)


緊張感をみせ、構え直すエレック。

しかしバルケリオンはそんなことをなど眼中になく、平気で背をみせ、両手の手の平をエネミーガーディアンに向ける。

優しい光がまんべんなく降り注ぎ、エネミーガーディアンが光の粒子に包まれた。


「……う…うう……ば、バルケリオン??」


葵は次第に意識を取り戻し、ゆっくりと上体を起こす。


「手当てはまかせよ。立ち上がるのだ、うら若き獣よ」


光が消えると葵は地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。

回復の能力は有能であり、万能ではない。

げんに葵の体では鈍痛がいまだに響いていた。


「バルケリオン……規格外の……化け物めっ」


コーネリングの顔が渋く歪む。

対照的に、エルの顔は輝いていく。


「よかったぁ……しかしっ……」


状況は依然として劣勢。

にも拘わらず、バルケリオンは退いていく。


「やっぱり……戦っては……くれないか」


「許せ少年。愛ゆえなのだ」


「あ、ああ。でも少しそこで待っていてくれないか?」


「???」


エネミーガーディアンはそう言い残すとグっと拳を握りしめる。

すると、その手の甲に例のカタストフィアの紋章が浮かび上がっていた。


「あれは……エネミーガーディアンの……」


エルがそう呟いたその時。

隣にいたコーネリングの背中に、先ほどまでエネミーガーディアンの手元にあった紋章がいきなり現れる。


「なぁ……」


「捕まえたぜ」


エレックをよそに、エネミーガーディアンは跳躍しエルのすぐ前に現れた。

慌てふためくコーネリング。

何かの魔術を唱えようとしたコーネリングの口をふさぐようにエネミーガーディアンの拳が刺さる。


「ふんっ!!」


「グベエェェ―――――ッ!!!」


叩きつけられ、コーネリングは思わずエルの鎖を放してしまう。

エネミーガーディアンは鎖を力の限り引きちぎり、エルを自分の後方に引き寄せる。


「アオイ……すまない…」


「君が無事でよかった。それで、エル……その…」


「ああ。分かっているよ」


仮面で見えないが笑顔を見せたであろう葵。

しかし、声を落とした様子を見てエルはすべてを悟った。

紋章が彼の背中に浮かんだ時点で。

エネミーガーディアンが自分の家臣であったウィッチを、必殺技で、文字通り、で終わらせようとしていることは分かっていた。

迷いがあったのは嘘ではない。

悲しかったことも。

しかしエルは迷わずにそっとエネミーガーディアンの手に自分の手を重ねた。


「こうなったのも私の責任だ。悪いのは私。だが、あいつは超えてはならない一線を超えてしまった。この通りだアオイ。私の不始末を……頼むっ!」


「エル……バルケリオンッッ!!」


「えっ……ちょっ……」


エネミーガーディアンはいきなりエルを担いでバッと後ろを振り返り、困惑するエルに何も告げることなく投げ飛ばした。


「うわあああああ―――――っ!?!?」


「むぅ――っ」


金属にぶつかる鈍い音がする。

大きな腕でバルケリオンが投げ飛ばされたエルをキャッチしたからだ。

バルケリオンはエルを回収しすぐさま後退していく。


「いっ―――っっ……そこまで乱暴に扱わなくても……」


エルが恨めしそうにエネミーガーディアンに視線を送る中、当の本人は紋章で動きを封じ込められたコーネリングを直視していた。


「ぐ…ぅう……貴様ァ……ひ、卑怯だぞ!回復などと」


「その外道っぷり…逆に感心するぜ……もう尊敬に値するほどにな」


言いつつエネミーガーディアン腰を落としてゆっくりと硬く拳に力をこめる。

紋章が吸い込まれ煌めきに変わり、そしてその力を物語るようにコーネリングの六感を震え上がらせた。

背中に驚くほど冷たい悪寒が稲妻のように駆けたことは本人でなくとも分かるほどで、もともと健康的ではなかったウィッチの顔がさらに青みを帯びていく。

助けるでもなく、妨害するでもなく、エレックは何故か静かに見守っていた。


「お……おいよせっ!わ、分かるだろう?私は一族の……魔に生きる者の未来を思って……」


「……」


エネミーガーディアンは拳を後ろに引き始めた。


「っっ……わ、悪かった反省している!この通りだ!魔王様にも、お、お前いや、貴方様にも生涯の忠誠を誓う!だから……」


「……」


打ち出される弓のごとく、限界まで後方で溜められた拳。

ひざまずくコーネリングの顔にその言いようもない力が恐怖の色を浮かび上がらせる。


「ふ…ざけるなよ異界人がぁぁぁ―――――――っっ!!!一体なんの権限があって私を裁くというのだ!神にでもなったつもりかぁぁ!!」


しおらしい姿を一変させ、コーネリングは素早い動作でエネミーガーディアンにとびかかる。

エネミーガーディアンは息一つはくことなく、その拳をとうとう振り下ろす。


「がぁああ――っ」


「もちろん神でもないし、なんてできない。でも勘違いしてないか?ここは法廷じゃないんだ。戦いの場、なんだろ?」


「あ……あ……ああああああああ――――――ッッッッッッ!!!!!!!」


「俺の攻撃を……あんたが耐えられなかっただけだ」


拳はコーネリングを上から押しつぶし、受けきられなかった威力は地面へと逃げだし、亀裂を走らせた。

痕跡一つ残さなかった。

ゆっくりと、エネミーガーディアンだけが静かにおのれの拳が突き刺したであろうところに視線を落としていた。


「……どうして止めなかったんだ?」


振り向いたエネミーガーディアンは素朴な疑問を、静観していたエレックにぶつける。


「東の魔王を探すのには十分役立ってくれたが……ウィッチを保護するという約束を……」


エレックは先ほどとは何も変わらない調子で淡々と告げる。


「そんな約束があったのか……騎士っていうのは大層立派なもんなんだな」


エネミーガーディアンがそう言い終わると、先ほどのように動きを封じ込めることは無かったが、両者の間に先ほどよりも巨大な紋章が浮かび上がった。


「ほう……」


「なんとなくでしか分からないが、あまりモタモタしていられないようなんだ。いい加減終わらせてもらう」


エレックも無言のまま剣にマナを、今までよりも膨大なマナをまとわせ構えを取り直す。


「終わるのは貴様のほうやもしれんぞ。よかろう……我が大望は何人たりとも阻むことはできんっ!」


じりじりと互いに距離を……


詰めはしなかった!


「ぬううううううううう―――――ぅぅッッ!!」


エレックは即座に剣を上空に向かって振りぬいた。

刀身が伸びていき、エネミーガーディアンを直接斬りつけることなく、左右を地面を突き抜け上下を、目まぐるしい速さで駆け巡っていた。

速度と上げ、エネミーガーディアンが動ける範囲を徐々に押しつぶしながら迫りくる。


「ぐぅ……」


紋章を光に変え、足に弾丸のごとく装填したはいいものの迫りくる刃に攻撃の一歩が踏み込めなかった。


「これが我が持てる力の全て!霜顎の咆哮ダイヤモンドダストッ!!全方位からの斬撃に加え、悪食あくじきのごとき剣技なりッ」


「これはーーーッ」


葵の脳裏に微かに残る敗北の記憶。

葵が倒されたのは正にこの技であったのだ。

右に避けるか?いや、左か。いいやどちらにしても片足置くだけで終わりだ……

脳内で目まぐるしく計算するがどれも正解にたどり着くことはなかった。

速度を上げ、範囲を狭め、舞い上がる粉塵すらも切り裂いていく。


「くっそぉぉぉーーっ!!」


エネミーガーディアンは無意識に天を仰ぎ、雄叫びを上げた。

その時ー


ブオォォンー


一瞬の出来事だった。

だが、確かに、間違いなく迫りくる刃の涙に波紋が広がったのだ。

ちょうど近くに駆け寄ったエル達もその珍事を目にする。


「これ以上は先にいかないけど……今の」


「っはい魔王様。確かに見ました!一瞬刃が揺らいで迫り来るのが遅れました!」


周囲のざわつきを耳の片隅で受けながら、休むことなく聖剣を振り続けていたエレック自身がなによりも衝撃を受けていた。

気を抜いたつもりも、腕が疲れたわけでもない。

圧倒的な何かに、押し返されたのだった。

そんな中、ただ一人だけクレアだけがふむとあごに手を添えて考えを巡らせていた。


「もしかしたら……あれがエネミーガーディアンの……いや、【シリウスモード】の力なのかもしれないな」


「【シリウスモード】の力?」


二度聞きするエルの顔を見上げ、クレアはまたエネミーガーディアンに見入る。


「あれは音声というより、感覚的にはやつから放出されたマナのようだった。我々も含め生物は外気のゼロマナであったり、その他の物質を体内に取り込みそして放出もしている。これは当たり前のことだ。だが、エネミーガーディアンの場合それはのではないか?と考えてな」


仮想ではあるが、クレアの脳内にそれを裏付ける確かな証拠のように今までのエネミーガーディアンと葵との身体能力の差、マナの取り込み方、放出の仕方が映像として映し出されている。


「じゃあ、能力って……」


「ああ。馬鹿げているが……とでも言っておこうか。……不可避の牙シリウス……必ず捕まえる、か」


クレアは昔読みふけた、カタストフィアの古文書の一説を復唱しながらまた人知れず口角を上げたのだった。

そんなやり取りを露知らず、葵は何が起きたのかはさっぱり分からなかった。

だが-


どうすればいいかは分かったよ


仮面の奥で目に生気をたぎらせ、残された空間全てを使って半身に構えて、壁に手をつけるような構えで両手を上げ足腰に踏ん張りをきかせた。


「ワンッッッッ!!!!!」


エネミーガーディアン逆転の咆哮。

何故か唖然とするエル達の顔を一瞬で驚愕されるほどのマナが手から、いや、全身から放出され、回転式の刃のように周り回っていた聖剣はその衝撃に流れをとめる。


一歩、二歩、三歩……跳躍。


右足を突き出し、巨大な槍のようにただエレック目掛けて斜め下をめがけまっすぐ落下してゆく。

決して目にも止まらぬ速さで……などという代物ではなく、むしろ誰の目にも止まった。

だが、エレックは動けなかった。

というより、何かを悟ったように、どこかでこの言い知れぬ感触を味わったことがあるような気がして、動かなかった。


……ああ、貴様も我が王と同じように……


右足がエレックに当たる刹那、淀みのようだった緩やかな輝きが、陽光に劣らないと言っても過言ではないほどの爆光に変わり、両者を包み込む。

葵の足に、金属を砕く感触が伝わる。

だが、そこで葵の尖った心に優しい風が吹いたような、一瞬の正気。


「く………ぬぉおおーーっっ!!」


葵は意図的に、放出される力を無理やり押さえ込み、その反動でエレックとは反対側に飛ばされ地面に仰向けに叩きつけられてしまう。

エレックも……葵よりさらに強い速さで飛ばされて、森の木に叩きつけられうつ伏せで倒れ込んだ。


「アオイーーッ!!」


エルが真っ先に走り出し、葵のもとに駆け寄り膝に葵の頭を乗せた。

周囲の意識が残る聖騎士達はと言えば、動くことも、声を出すこともなくただ、自分達のリーダーが飛ばされていった茂みを唖然と見つめている。


残りのドボルグ達が葵の周りを円になって囲んだ時に、エネミーガーディアンの鎧が綿毛のような光となって空へと舞い上がった。

疲労から半目の葵をそれぞれが笑顔で見下ろしている。


「気分はどうだ?ニューヒーロー?」


「久しぶりに私のヒゲにビビっときましたよ」


「感涙の涙がど、どまらぬっ!!許せじょうねんっ!愛ゆえなのだぁーーっ」


「いいデータを取らせてもらったよ。そのベルトは……いや、今回のこの勝利は間違いなくキミの力だよ。アオイ」


「……みんな、うわっぷ……!?」


葵の顔に何か柔らかいものと、びっくりするほどのいい匂いが一気に降りかかる。

両手を回し、エルが葵をそっと抱きしめていたのだった。

長く美しい黒髪が、ハラリと流れて落ちていった。


「アオイ、アオイ……本当に、ありがとうっ……無事でよかった……」


少しの沈黙の後、一滴、二滴とエルの頬を伝って涙が葵の顔に落ちていく。

凛とした表情を崩して、目を潤ませ、鼻頭まで真っ赤に染めて、魔王などとは到底見えない少女がしがみついて、泣いていた。

葵はそっと腕を持ち上げ、エルの頬に手を当てて静かに微笑む。


「みんなは……僕が守るよ。なんたって僕はエネミーガーディアンだからね」











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