第13話 伝説、始まる
「でやああああああぁぁあああ――――ッ!」
赤い何かが空から降ってくる。
高く、速く、重い。
地面に落ちてくるその時の衝撃にとてもではないが立っていられなかった。
「う…あぁ……」
それはまるで、星屑が降り注いでいるかのようであった。
「ぐああああ――」
「これでようやく半分か……」
そう言いながら、突き刺さった剣を台座から引き抜くように、葵は、エネミーガーディアンは地面に突き立てた己の拳を戻し、静かに腰を上げた。
「何なんだ……この化け物ッッ」
「ただの魔族じゃないのか!?」
「打つ手は……打つ手はないのかッ」
たじろぐ騎士たちをエネミーガーディアンはその大きな複眼で静かに見つめた。
視線をずらし、今度は地面の水たまりを見つめる。
化け物……か……
歪んだ鏡面に自分の姿が映る。
地面が足跡で
戦場を駆ける乾いた風が荒れているせいだろうか。
もちろんそれらは確かに理由としては成立していた。
しかし、葵にはそれだけとは思えなかった。
改めてしっかりと見た
控えめに言っても他から見れば十分不気味で十分化け物だった。
葵は「化け物」と言う言葉にショックを受け少し肩を落としたが、冷静に前を向くことができた。
頭の中の誰かが、何かが、葵を止めることを許さなかったからだ。
心臓が早鐘のように鳴り続けており、体の細胞一つ一つが燃えているような感覚。
アドレナリンが出ているせいなのか、葵の興奮は収まるどころか加速する一方だった。
「待ってろエル。すぐにこいつらを片付けて……」
「おいおい、おいしいとこ独り占めはよくないんじゃねぇのか?」
「ドボルグ……みんな……」
突撃の構えに入っていたエネミーガーディアンの背中に仲間が声をかけた。
エネミーガーディアンのすぐ後ろにドボルグ、ヴィヴィレオ、ヴェリオにクレア。
バルケリオンは後方で傷の手当をしているのが見える。
「魔王様も消耗しておられるし、短期決戦に越したことは無い。後は任せてアオイ、君は真っすぐあの騎士を打ち取ってきてくれたまえ」
ヴィヴィレオの言葉に葵は奥の男を見つめる。
動揺を見せない、まさにこの一団のリーダー。
エレックは表情一つ変えず、同じようにエネミーガーディアンを正眼していた。
「いくらバルケリオンがいるからって限界はあるはずだ。現にみんなボロボロ……無理する必要はないさ。オレが一人で終わらせてやる」
傷ついている仲間を行かせない。
全部ひとりでやってみせる。
鬼気迫る言いようもない優しさと決意がその背中に現れていた。
「へぇ……言うようになったじゃねぇ……かッッ!!」
「まったくだ!!」
「ッッ何を!!」
ドボルグ達に一瞬背を向けたそのすきに、そのドボルグ達が一斉に敵目掛け葵の後方から飛び出して行った。
ゴブリンが一匹、猫もどきが二匹。
エネミーガーディアンにうろたえていた騎士達でも向かってくる三匹の魔物には当然臆するわけもなく。
「くっ……ひるむなぁっ!!相手は下級魔族がせいぜい三匹!蹴散らすぞッ!!」
「「「「おおおおおおお―――――ッッッッッッッ」」」」
士気を新たに高めた騎士たちが剣を空に掲げ、三匹を押しつぶさんといった勢いで地面を怒号と共に踏み鳴らし、駆け出す。
「まずいっ……みんな、下がって!!クレアも!あの三人を止めてよ!」
「まぁ、確かにあいつらは下級魔族だし、ここ最近は敵に遅れをとってばかりだ。だが、心配するな」
クレアは別段焦った様子もなく、止めに行くでもなくただ意味ありげな含み笑いと共に腕を組む。
「あいつらがただの下級魔族なら、東の魔族はとっくに終わってたさ」
「行くぞ友よ!久しぶりに全開だぁぁぁぁぁぁぁッッッッ」
「エネミーガーディアンに触発されたのだろう?ふっ……お互いまだまだ若いな」
「先生、援護します!」
先頭を走るドボルグが衝突寸前、右手を前に出し、呪文を唱える。
「
魔法陣が現れ、その魔法陣をくぐると、ドボルグの両腕が変化していた。
「な、なんだあの魔術!?」
やや出遅れて小走りで追いつく葵とクレア。
クレアが走りながらその質問に解を与える。
「いや、あれは魔術ではないよ。あれは魔法だ。その名も
「
クレアは静かに説明し始める。
魔術とは己の中のマナと自然界に存在するマナを組み合わせて起こる、理論も課程も説明できる科学に近いもの。
一方魔法はその逆。
あらゆる法則、理屈を超越したまさに奇跡と言える代物なのだ。
「あいつは自分の仕える主のことを、守るべきもののために力を欲した。魔法は奇跡だ。だが、奇跡は簡単に起きないし起こせない。代償が必要だ。
「それが……魔法……!」
「うらうらうらうらぁぁぁぁッッッ!!どうしたどうした!!」
「なんだ、あのゴブリン!いや、ゴブリンなのか!?」
一面をウロコに覆われ、筋肉が肥大し硬化されたその腕はまさに何者をも寄せ付けないドラゴンのそれそのもの。
先ほどのエネミーガーディアンのように、一振りで敵をなぎ倒し、一撃で地面を割っていた。
嵐のような勢いを見せるドボルグだったが、その体を激しい痛みが襲う。
「ぐあああ……チィ……今の状態じゃいつも以上に持たねえか……はっ!?」
「いい加減にしろよおおおおぉぉ――――――ッッ」
膝をついてしまったドボルグの上を数人がとびかかろうとしている。
しかし……
「おおおおお――――、ぐああっっ」
小さな二つの影が横から音もなく切り込み、ドボルグの前に降り立つ。
「大丈夫ですか、おじさん!」
「まったく、ペースを考えろといつもいつも言っておるのに」
「へへへ……わりぃな。よっと……」
ケットシーの二人のおかげでドボルグは無傷で立ち上がることができた。
そこでようやく葵達が追いついてくる。
「今の蹴り、身のこなし……チェシャとかいうやつか!?」
驚愕する葵の様子にヴィヴィレオは満足そうに髭をなでる。
「その通り。我らの毛並みは気配を感じさせず、筋力をマナコードを刺激し力を引き出す。それを活かしたのが総合戦闘技チェシャ。一式【マタタビ】!マナを一点に集中させる気功法なり」
乱獲される要因となったその美しい毛並み。
ケットシーの最大の特徴だ。
「では、私もそろそろ働こうか。【リライトニング】!!」
「「「はぁ???」」」
「え、何?なんでみんな逃げ……」
ドゴオオ―――――――――――――――――ンンンンッッ!!!
葵の言葉をかき消して、幼女の目の前に顕現した巨大な魔法陣から、蛇の怪物を思わせるような、激しい雷が、轟音と閃光と共に放たれた。
騎士達は驚く暇さえ与えられることなく地面に土くずのように倒れていく。
辺り一面もはや数人の騎士しか立っていない。
一瞬の出来事で葵はとっさにはついていけず、やっとひと言絞り出す。
「こんな……何も、ここまで……っ」
「ふぅ、おいおいまさかお前はこんな状況でも、ここまでやってくれた人間に手加減しろっていうのかい?マスクの下でもどんな顔をしているのか分かるようだ。その甘さが今後にどう響くか……は今はよそう。……冗談だよ。心配するな、私は大魔術師だぞ?無暗に辺りを散らかしたりはしない。ちゃんと手加減してあるさ」
跡形もなく人間を消すとお前のこれからのパフォーマンスに関わってくるからな。
「そ、そうかよかった……でも、そんな力があるのなら……」
エネミーガーディアンの歯切れが悪い。
その様子にクレアはポンと肩に手を置いた。
「お前は伝説だ。だが、どんな伝説も、英雄も最初の一歩っていうのは世界からすれば小さいことだったりするんだよ。確かにこの私ならばたとえ目の前の相手が未知数の相手だろうと遅れをとることは無いだろう。しかしまぁ、これは予想だが、奴らの上位に位置する者どもはこの大魔術師でも敵わないかもしれないのではと見ている。負ける気は毛頭ないがな。そんな時必要になるのが正に伝説の力。お前は逃げずにここに赴き、自らの意思で戦うと決めた。ベルトはお前の意思に応えた。ならあいつを倒すのは、エルを助けるのは私ではない」
気が付くと葵の周りをみんなが囲んでいた。
それぞれが思い思いの感情をその顔に乗せて。
「エネミーガーディアンの……アオイの伝説は今初めて走り始めた!もう誰にも負けないようにもっと強くなれ!!誰も失うことのないよう強くなれ!頼む、エネミーガーディアン!決着のその日までそして、その最後の瞬間も私達にその輝きを見せてくれ!!!」
「――――!!」
エネミーガーディアンの心に現れた小さな疑念、不安はその言葉で完全に消滅した。
自分がやるからといって、他ができないとは限らない。
だが、他ができないことを自分だけができる、しなくてはならないその日が必ずやってくる。
予感という不確かなものではあった。
だが、クレアやドボルグ達はその予感が的中することを強く信じていた。
葵ではなく、彼らが本気で、その後一切のすべてを考えずに挑めば、エルを助けることができるかもしれないし、そうでないかもしれない。
だが、彼らは自分たちの魔王を助けるのは葵しかいないと考えている。
始まったばかりの伝説に全てを託し、その伝説を育てていこうという壮大かつ危険な賭け。
だが彼らに、以前まで感じていたような【不安】はもうなかった。
そんな彼らの思いを知ってか知らでか、エネミーガーディアンは振り向かずに言葉だけを残し、決着をつけに行く。
エネミーガーディアンに、葵にもそんな【不安】はもうなかった。
自分に打ち勝ち、戦うと少年は決めたのだから。
「分かった。ふぅー……改めてオレがヒーローになる。だから……」
最後は誰の耳にも聞こえなかった。
気が付くと、エネミーガーディアンはエレックと肉薄している。
もはや両者を阻むものはなにもない。
「アオイ……」
「エル……もう少しだけ待っててくれ」
エレックは鎖で縛られたエルを後方に控えていたコーネリングに突き飛ばし、抱えていた兜を身に着け、聖騎士の象徴、輝く聖剣を鞘から力ずよく引き抜く。
その所作に以前のような余裕は感じられなかった。
エネミーガーディアンも腰を落として、拳を握り、構えをとる。
その所作に以前のような脆弱さは感じられなかった。
「「ふうぅっっっ―――!!」」
振り下ろした聖剣がエネミーガーディアンを切り裂く。
ように見えたが、聖剣は虚しく空を切り裂くのみ。
素早くかわしたエネミーガーディアンの拳がえぐるようにエレックの胸部を穿つ。
しかしこれも有効打にならない。
すかさず聖剣によってその拳は外側にはじかれていたからだ。
「ぜぇやぁあッッ!」
剣ではなく拳。
一瞬のスキを突いた騎士の放つ予想外の攻撃にエネミーガーディアの頭部は揺れる。
踏みとどまったが遅い。
伸縮する聖剣の伸びた一撃に半回転して地面に沈む。
「ぐう――っ」
「起き上がるか……はああ――っ!」
後方に飛びつつ新たに繰り出される斬撃。
いや、斬撃というよりも鞭から繰り出された変則的な技なのか。
うねる刀身は起き上がりざまのエネミーガーディアを串刺しにしようとしていた。
だがエネミーガーディアに当たらない。
どういうわけかエネミーガーディアはその斬撃を見事にかわし、さらにエレック目掛けて跳躍する。
「こいつ……この……!」
一瞬で距離を詰めてきたエネミーガーディアを後ろから突き刺そうとエレックは剣を振るう。
背中を狙ったホーミング。
おまけに、身動きのできない空中。
「はっ……!!!」
葵の神経に突発的な信号が本人すら気付く間もなく伝わっていく。
その影響か、エネミーガーディアは空中にも拘わらず、体を回転させ、剣筋を見ることなく回避しきった。
「後ろも見……」
「らぁあああああッッッ!!」
落下の勢いに加算されたエネミーガーディアン渾身の回転かかと落とし。
エレックの兜を瓦のように粉砕し、その本人を地面にたたきつけた。
エレックは少しして体を起こし、激しい痛みと視界をかすめる鮮血に拳を握りしめる。
「こんな……ことが……ぁあっ!」
怒りの形相で顔を上げると、エネミーガーディアは追撃するでもなく、構えを取り直し動くことはなかった。
「来いよ……まだまだこんなもんじゃないだろう?エネミーガーディアの力!」
エネミーガーディアンはそうベルトに呼びかけるのだった。
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