第12話 ヒーロー覚醒す

「……私をこのまま生かしておくとはどういうことなんだ?」


東地方、北東の奥地。

魔族の隠れ村から数十キロ進んで広がる森には聖騎士の東の駐屯地が建設されていた。

雨は少しその力を弱めてきてはいるが依然としてまだ降っている。

駐屯地の一番高い塔の一室にエルは鎖で繋がれていた。


「そんなことを聞いて……どうなるというのだ?」


壁に鎖で繋がれているエルの向かいには聖騎士エレックが重厚な椅子に深く腰掛けている。

部屋全体に家具類はなく、机と本棚があるぐらいの薄暗い簡素な部屋だ。


聖騎士おまえたちが異世界からやってきた人間達のであることは分かっている。だがならばなぜ私を生かしておく?生きていることが分かったから抹殺にきたのだろう?そしてコーネリングも……」


エルは言葉を切り部屋の隅の影を見る。

そこからが陽炎のようにローブで包まれたウィッチが出現した。

しばらく目が合うがお互い言葉は出てこない。


「……この世界は…我がやそれを導いた魔術師でさえ見当のつかない未知の可能性が眠っている。……そして……我々はとうとう…我が王のがこの世界に存在することを知ったのだ」


「エレック卿!?何を……っ!!」


口を開いたエレックに狼狽するコーネリング。

それをエレックは片腕で制し続けた。


「正確にはその道筋……


「鍵だと?……そういえばあの時も……」


エルの脳裏に昨日の光景が浮かび上がる。

エレックは自分のことを鍵だと呼んでいたのだった。


「我らはそこに行き着くあらゆる可能性を元の世界で探していた。しかし……伝説の杯をもってしてもそれは叶わなかった。だが……宮廷魔術師のここ数十年の研究で鍵とはまさに四大魔王きさまらであり、この異世界こそがなのだということを発見した」


「……にわかには信じがたい話だな。その根拠はなんなのだ?」


「『遠き空園のアリソネイティア』」


「あのおとぎ話が!?」


かつて地上は争いに巻き込まれていた。

血で血を洗う戦い、渦巻く憎悪、こだます悲鳴。

世界はまさに生きとし生ける様々な種族の手によって暗雲に包まれていた。

主人公アリソネイティアは勇敢で優しい勇者を目指した少女。

そんな彼女の気高き心とは反対に世界は闇を深めてゆくばかり。

心憂う日々を過ごしていた彼女だったがある日夢で神のお告げを受ける。

それは世界を旅し、4を集めこの世界の闇を払うというものだった。

そして……


「アリソネイティアは残りの勇者を見つける冒険を終えたが、闇を払うにはアリソネイティア達の命が代償だった……勇者達は自らが光となって世界にまた希望の光を照らしやがて新世界へと導き以後彼らはそこで永遠の幸福を手に入れたと………あなた、まさか……っ!?!?」


驚愕し目を見開くエル。

エレックはゆっくりと立ち上がり窓のそばで曇天の空を見上げる。


「そう……そのまさかだ。4人の勇者とはまさに貴様ら四大魔王のこと。鍵とはその命のこと。その証拠に最古のこのおとぎ話の挿絵に描かれた彼らの象徴的な刻印は貴様らに刻まれた王印に極似している。魔術的要因もなんらかの関連があることは確認済みだ」


エルの鼓動はどんどん速くなっていた。

『遠き空園のアリソネイティア』はあらゆる種族間で翻訳され、老若男女誰もが知っている有名なおとぎ話、神話だ。

この聖騎士の言っていることは下手をすれば子供の言う絵空事より酷いものかもしれなかった。

しかし、それを絵空事だと、血迷い事だと言い切ることができないのも確固たる真実であった。


「なら、あなたの目的は私を、あなた達の言うところの王の元に連れて行くことなのね?」


「いや……それは違う」


「えっ……!?」


夢穹の楽園アヴァロンっ!」


その時、計ったように巨大な落雷がすぐ近くで天空から落下した。

光に照らされたその瞳は真摯なる熱意か、それとも汚濁しきった野心か。

物静かな様子を一変させ、エレックは狂気じみたように叫んだのだ。

エルの頬をいやな汗がつたっていく。

しかしつとめて冷静に質問を投げかけ続けた。


「……だ、だが、つまりそれは王への反逆ということだろう?聖騎士の実像を把握しきれてはいないが、そうなるとあなたは簡単に聖騎士達に誅殺されるのではないか?」


「そうなるかもしれない。他の騎士……特に王に最も近い騎士達は魔族と区別がつかないような力を持ったもはや人間とは呼べない連中だ。だが、先程も言っただろう?この世界は可能性で溢れていると!数にしても問題ない。こうして賛同する者達もいる」


「賛同……なるほど、そういうことか」


エルの中で全てのパーツが正しい場所にはまっていく。

エルはゆっくりとコーネリングの方を見直した。

コーネリングは顔色一つ変えず淡々と呟く。


「もはや、貴女の元にいてはウィッチの一族に明日はない。潮時というやつですよ。魔王サマ……」


「コー……ネリングッ」


全てを知り、倍になって再度こみ上げる裏切りへの悲しみと己の非力。

体が熱くなって勢いで力を込めたせいか、エルを吊るすために取り付けられた両腕の鎖と奥歯がギシギシと音を立てる。

しかしそんな中、いきなり大きな音が部屋に転がり込んできた。


「報告します!数およそ数十。少数ですが魔族の一団がすぐそこまで迫っています!」


「そんな……まさか……」


「総員……配置につけ。一匹残らず殲滅せんめつだ」


威勢のいい返事をしてその騎士はまた駆けていく。

丁度いいとコーネリングはエルの鎖を外し始める。


「彼らとはこれで永遠の別れとなるのです。その最後を看取るのも魔王サマ……貴女の最後の仕事ですよ?構いませんね、エレック卿?」


「コーネリングッ……貴様ぁ----ッ!」


エルの心が、悲しみを忘れ怒りと憎しみで燃え上がる。

その外道極まる仕打ちだけではない。

種族は違えど、何百年と共にした家族同然の仲間をあっさり見捨てようとしていることにもだった。

エレック卿は了承の意として何も言わずに部屋を出て行く。

エルはこうしてコーネリングに連れられ外に出たのだった。


魔族の一団の先頭にはクレア、ドボルグ、ヴィヴィレオ、バルケリオン。

そして、その後ろに戦える状況の大人のゴブリン、ケットシー達。

一団といっても、聖騎士達の方が数で優っているのは誰が見ても明らかだった。

その距離わずか数百メートル。

激突はもうすぐそこまで迫っていた。

連れ出されたエルは遠くに見える魔族達に必死に声を張り上げる。


「お前達、何してるんだぁ!早く、早く逃げてぇ!!こんなことをしてはダメだぁーーーっ!!」


それに対して一団を代表しドボルグが力いっぱい叫ぶ。


「エルゼルダート様ぁぁーーーーーッ!!!

必ず、この命に代えても助け出しますっ!!!」


そうして彼らは思い思いに戦闘態勢に移行した。

聖騎士達も一部の隙もなく全員が抜刀。

空気が触れれば肌が切り裂かれそうなほど張り詰めていく。

ドボルグが怒号を上げ、走り出そうとその右足をほんの数ミリ動かしたその時。


「まっ……ぜぇ……ぜぇ……はぁ……待てぇぇぇぇえええええーーーーッ!!!」


体をくの字に曲げ、天を仰ぎ叫ぶ者が現れた。

聖騎士が、魔族がエレックが、コーネリングが、そしてエルがその声の主を見る。

そこには、ずぶ濡れで汚れた葵が息を切らせて立っていた。


「「「アオイィィィーーッッ!?!?」」」


魔族の間を、ぽかんとしているドボルグとヴィヴィレオの間を通り、興奮して蒸気のようなものを吐き出しているバルケリオンの横を通り、含み笑いで道を譲るクレアを一瞥して。

葵はゆっくりと歩んで一団の先頭に立った。

その様子にエルが狼狽して叫ぶ。


「アオイ……どうして、どうして来たんだ!お前には……なにも……なにも関係ないのに!」


辺りが静まり返っているせいで、遠くからでもよく声が聞こえた。

自然と雨がポツリポツリとさらに弱くなっていく。


「僕も……どうしてか分からないよ。強いていうなら……ヒーローになりたいからかな」


すると今度はエレックが問うように一歩前に出た。


英雄ヒーローになりたいだと?それが不可能なことは……貴様は私に勝てないことが証明されているにも関わらずまだ淡い夢を語るというのか?」


しばらく二人の間を沈黙が支配した。

しかし、静寂を破るように葵がなんと、ゆっくりではあるが力強くその距離を縮め始めたのだ。


「確かにあなたの言う通りだ。僕はあなたに歯が立たなかった。立ち向かう勇気がなかった。それは……あなたが強くて、僕には勝つ力がないからだと思ってた。でも違ったんだ」


バシャリと土を踏みしめ葵は動きを止める。

ゆっくりと一度大きく空を見上げて、改めて、聖騎士の軍勢、エレックを澄んだ瞳で見つめる。


「勝てるか勝てないかは分からない。でもヒーロー、英雄や勇者に必要なのは相手に必ず勝つ力なんかじゃない」


大空を、この世のどんなものよりも眩しく暖かい光が徐々に顔を見せ、やがて細部にまで行き渡り、曇天を打ち払った。

降り注ぐ光が辺りの気温を上昇させるように、なにか、得体の知れない、しかしながら嫌な感じがしない力が辺りを、少年を渦巻いてゆく。


!!」


少年の魂の叫び。

それに呼応するかのように、いや、その魂にベルトは応えた。

中央に備え付けられた輝石がの輝きを帯びる。

誰かに教えてもらったわけではない。

葵の脳裏に突如として、しかして確信的に現れた言葉をその小さな英雄ヒーローはベルトを腰に巻きつけつつ力いっぱい叫んだ。


「変身ッッ!星羅光転エクスチェンジッ!」


爆発のような爆風と真っ赤な光が少年を取り囲む。

その光に、風に誰もが顔を伏せた。

地上に亀裂を走らせ、木々を吹き飛ばさんという勢い。

強力な魔力の波動を感じながら、エルはゆっくりと目を開けた。


「……う………あ…あぁ……っ」


漆黒の下地スーツに、攻撃性を愚直に表した鋭利なデザインの装甲アーマー。獣のようなしなやかさと圧倒的力を感じさせる。

そして、特徴的な左右の大きな複眼は獣の牙を表しているかのように力強く、黄金に輝いていた。


「これだ……これだよ。私が計測した、!!これが……数少ない古文書に残されていたエネミーガーディアンの真の姿の一つ!!エネミーガーディアン【シリウスモード】!」


同じように目を開け、ほうける他の連中を置き去りにクレアの興奮は最高潮だ。


「そんな……まさか……あの人間の子供が……こんな魔力を!こんな、こんなぁ……」


頭を抱えるコーネリングを横見してエレックは号令をかける。

動揺していた聖騎士達だったが、すぐに体制を整え直し、エネミーガーディアンへと走り始めた。


「来るぞ、お前ら構えろ!」


ドボルグの声に魔族側もすぐさま攻撃体制に入り直す。

しかし、エネミーガーディアンがさっと右手を後方の魔族達に向けて水平にあげる。


「ドボルグ達は下がっていてくれ。ここからはがやる。」


なっと出鼻をくじかれたドボルグ。

何か言おうとしていたがその相手は……


既にそこにはいなかった。


「はぁああああーーーーッッ!!!」


「なんだ、この速さぁ……ぐああっ……」


「うああああーーーっ!?!?」


赤い閃光が銀色の塊に激突した。

しかし、その速さにはどの聖騎士の目にも体にも反応できない。

その力、その拳一つに一度に数十人が大きく吹き飛ばされていく。


「こんのぉお……」


「せいっ!!」


「はあぁあっ!」


怯まずにエネミーガーディアンを囲む聖騎士達、その斬撃一つ一つをどういう原理か、エネミーガーディアンはすべて避けきる。


「あ、当たらない!」


「おい!もっと狙いをすませろ!連携だ!連携!そうして一部の隙も……ぐああっ」


避けて、避けて、避けて避けて。

布の上を走る針のように凄まじいスピードでエネミーガーディアンは駆け抜ける。

そして意表をつかれた聖騎士達を振りまきざまに潰していく。

以前のエネミーガーディアンでは考えられないほど正確で鋭く、そして重い一撃。

騎士の装備をものともせず、一撃で墜としてゆく。


「クッソオオオオオオオオーーッッ!!」


「化け物めぇええ!」


飛び上がり上、同時に下から。

横からも後ろからも全方位から囲まれているにも関わらず、エネミーガーディアンは甲で剣を払いのけ、聖騎士を掴んで投げ飛ばし、後ろ蹴り、回し蹴り、手刀を的確に繰り出していった。

その勢いは止まるどころか加速していく。

次第に立っている聖騎士よりも倒れている聖騎士の方が多くなっていく。


「すげぇ……威力だけじゃねぇ……動きが以前のアイツとは根本的に違う!」


「ああ。あれでおそらく最小限の力で動いているのだろう。おまけに手加減もしているようだ」


ドボルグとヴィヴィレオは感心しきったまま立ちすくんでいた。

二人だけではない。

そのヒーローの勇姿に誰もが心を奪われていた。

もちろんエルも。


「すごい……凄すぎる!!これがエネミーガーディアン、これが……アオイ!」


エネミーガーディアンは高く、高く跳躍してその拳をまた聖騎士の一団に流星の如く振り下ろしたのだった。








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