第11話 ヒーロー迷う

天を覆う厚い雲から雨が降り注いでいた。

荒野と化した楽園を弔うように。

彼らの悲しみの涙を上書きするように。

激しく静かに雨が降っていた。


「……………………」


エネミーガーディアン、葵は寝た状態でその光景を横見していた。

虚ろな目には何も映らない。

ただ雫が打ち付ける音だけがなんの生産性もない音として葵の鼓膜を揺らしている。

葵に外傷はなかった。


鎧か……それともバルケリオンか……もしくは両方のおかげか。


葵はそんなことを考えながら、胸の傷を抑える。

痛みこそなかったが、あの騎士の斬撃は鎧を衣服を貫通し葵に傷を負わせていたのだった。

不気味なほどうねり、鋭く、そして速い斬撃。


「ッ……」


葵はかけられた布を力強く握りしめる。

思いだすだけで、考えただけで汗が吹き出し、奥歯が自然とカチカチと鳴り始める。

葵は力なく握った手をほどき、顔に押し当て目を覆った。


「僕……何もできなかった……ははそうだよな……僕はヒーローなんかじゃないんだし」


少し辺りを見回すと、どうやら葵が今いるのは小屋というより急造されたテントのようで余計に雨粒の音が響いている。

そんな中バシャバシャという音と小さな影がこのテントに近づく何かを葵に知らせた。


「クレア……」


「大丈夫そうだな。アオイ」


「ああ……うん、大丈夫」


クレアの顔をまともに見ることもできずに葵はから笑いをした。

クレアはそうかと静かにうなずいて葵のベッドに腰を落とした。


「それで、その……エル達は?ど、どう……」


「ふぅ……簡潔に言うと


「ッッッ……!!」


声のトーンを落としたクレアの言葉に葵は顔を上げることができなくなった。

だがまぁ、とクレアは雨で気温の下がった空気中に白い息を吐きだして続ける。


「生死は分からないんだ……ドボルグ、ヴィヴィレオは重症だったが無事だ。しかしエルはなぜかそのまま奴らに連れ去られてしまったんだ」


「連れ去られたって……聖騎士に!?」


「そうだ。乱戦の中追跡用の魔術式を奴らに施しておいた。そう遠くには行ってないみたいだしこれから。そこでお前だが……」


「ぼ、僕?」


「お前、元の世界に帰れ」


「うぇええっ……!?」


思わず目を見開く葵。

ついでに口もふさがらない。

うれしいはずなのに、驚きが勝りすぎていた。


「幸いお前の召喚陣はそのまま残っていたよ。私はこれからやることがあるからなにもできないが、西地方の都市、【エピフォル】に私の従妹のサリアというやつがいてな、変人だが腕は確かだ。私の名前を出せば何とかしてくれる」


「で、でも……」


何か言おうとする葵になにもしゃべらせないかのようにクレアは矢継ぎ早に話す。


「行き方なら心配いらないさ。お前さんは見た目人間だからな。そのまま冒険者組合なりに駆け込めばいろいろ手当してくれるだろう。召喚陣もおそらく大丈夫だ。魔王を捕えて、なおかつこんなに派手にしてくれたからな。これ以上誰かがここに近づく可能性は低いと言える」


葵に言葉は出なかった。

まるで葵が言うことをすべて予想していたかのようにクレアの説明は完ぺきだった。


「で、でもエルが……みんなは……」


「まぁこれは私の、ここにいる皆の合意だが、おそらく……いや、間違いなくエルもこの答えにたどり着くはずだ」


でもと自分でも分からない心のわだかまりを抱えながら尻込みしている葵を一瞥いちべつしてクレアはゆっくり腰を上げた。


「そろそろ私は行くよ。……そんな心配そうな顔をするもんじゃない。私は大魔術師だぞ?遅れを取ったりはしないさ。必ず何があっても助ける」


クレアはいたずらっぽく笑ったが、その目は決意に燃えていた。油断などないオーラをにじませながら。

そうして降りしきる雨の中姿を消した。


「そんな……いくらみんなでも……エルも……くそっ!」


葵は頭をかきむしる。

どうしていいか分からなかった。

喜ぶに喜べない。

以前の、この世界に来た当初の葵であれば両手を手放して喜んでいたはずなのに。


「よぉ、葵!元気か?」


「傷の方は……ふむ、たいしたことはないようだな」


振り向くと傷は治っていたが、未だに包帯をつけたドボルグとヴィヴィレオが立っていた。


「二人とも、大丈夫なの!?それで、僕、あの……!」


「「分かってるよ」」


葵の言葉をまた同じように遮った。


「このままじゃ終われねぇしな!それに魔王様あっての俺達だ。あのバカ野郎はああ言ったが、俺は先代から、エルゼルダート様からいろいろなものを貰った。だから負けらんねぇ。魔王様の信念が間違ってねぇこと、父親としての姿……ここで見せなくちゃな」


「暑苦しいねぇキミは。だが、今回ばかりはその熱意が頼もしいよ」


「二人は……どういしてそこまでできるの?なんでそこまで……聖騎士を倒す秘策があるの?」


葵の理解を超えた彼らの行動力に葵は声を荒げてしまう。

葵のそんな様子にも二人は動じることなく穏やかになだめる。


「どうしてって、どうしてだろうな?秘策はないが、まぁ気合かな?」


気合!?ふざけてるのか?


「我らもひ弱な魔族というわけではない。何かしらの抵抗はできるだろう。ただ、絶対に万事うまくいくことなどありえない。ならばなぜ、行くのか?」


「な……んで」


!!」


葵はヴィヴィレオの説明にますます混乱した。

丁寧に説明してくれているはずなのに、結局は根性論にしか聞こえなかったからだ。

葵は色々な意味で固まっていると二人は目配せしてそっとのれんをめくりあげた。

そんな二人が出ていく間際、そっと葵の肩を叩いていく。

またシリアスに引き戻される。


「お前には、家族を救ってもらった。まぁ最初は貧弱な野郎だと思ったが……アオイよ、お前は自分が考えている以上に


「これからも自分に、もっと自信を持ちなさい」


そう言い残してまた一人、二人と雨の中に消えて行ってしまった。

葵はしばらく動けなかった。

胸に熱いものがこみ上げた。

でもこみ上げただけだった。

葵は無駄に時間を過ごし、指の一つも動かせなかった。


何が……どうすることが正解なんだ?

こんな時、本物のヒーローならどうするんだ?

やっぱりなりふり構わず助けにいくのか?

でもそれは力があるから。

敵を、仲間を助けられる力があるから。

僕は一度あの聖騎士に負けてるんだ。

やっぱり……


その時葵の脳内で不意に昔の、懐かしい風景がよぎる。

いつぞやも見た姉との記憶。

ヒーローショーに連れて行ってもらった時の。
















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