第10話 聖騎士現る

「アタシやっぱヒーローとかキライだわぁ……」


頭に靄がかかっているような感覚。

何年、何十年前の光景だろう?

確か、姉が両親の代わりにテーマパークのヒーローショーに連れて行ってくれたような。


なんでねーちゃんそんなこと言うの?


小さな葵はむっとして聞き返した。


「なんでって……なんでだろ?うーん、せっかくの休みにわざわざヒーローを応援しにいかなくちゃならないから?」


そんな……べつにいいでしょ!ねーちゃんこの前かれしにふられたって……


そこから先が葵にはどうしても思い出せなかった。

姉にゲンコツをおとされたような……だが、その後なにか、子供心に思うことがあったような。

体から抜け出た魂のように、葵はその幼き日の光景を俯瞰していた。

しかし、続きを見ようとすると、体がさらに浮かび上がっていく。

葵は釈然としないまま、またベットの上で目を覚ますのだった。


「夢……この世界に来てから、なんだか変な夢ばっかりだな……」


まだ靄がかかった頭で、状況を整理する。

見渡すと、どうやらあの見た目幼女の魔女の研究室の中のようで、いつのまにか朝になっている。

時間が経つほど、葵はだんだんと昨夜のことを思いだしていた。


また倒れたな……


理不尽に思いつつも、どこか情けなさを覚えながら葵は頭を抱えた。

その時、奥の扉がゆっくりと開いて、見上げるほどの巨漢が歩み寄ってくる。


「おお、目が覚めたか少年!体のことは心配なされるな、我が持てる最高の力を尽くしたのだ、異常はあるまい!そう、愛ゆえに!」


特別な効果音が後ろで聞こえるかのように、その立派な体でポージングを決めている。

葵の脳裏に瞬間的にギリシャ彫刻が浮かび上がる。


「ははは……アリガトウ……」


葵の顔は引きつったが、体を触ったり、手足を動かしてみると、なるほど確かに痛みどころか前より調子が良くなっている。

葵はその身をもってこの巨漢、バルケリオンの似つかわしい特性を体験した。


「まさかあのまま倒れてしまうとわね……キミ、よく今までやってこれたね?」


憎まれ口でニヤニヤしながら件のロリ魔術師、クレアも姿を見せる。


「ははは……僕もそう思うよ」


葵はそう言ってベッドから足を出して立ってみる。

やはり異常はどこにもない


あれ、服が違う……


おかしな文様が刻まれたロングTシャツに作業着を彷彿とさせる硬い長ズボンになっている。


葵が不思議そうに自分の体を見回していると、クレアが何かを含んだ笑みで理由を説明し始める。


「ああ、その服?どうだいかっこいいだろう?キミの服はすこし汚れていたし丁度いいと思ってね。しかも、デザインだけじゃないんだなこれが!まぁ私からのとでも思っていてくれ」


はぁと生返事を返してしまう葵。

それほどおかしくもなかったのでありがたく貰っておくことにした。


「さて、昨夜の手合わせで、そのベルトについていろいろわかったぞ」


「え、たったあれだけで!?」


葵の反応に満足げにクレアは鼻を鳴らす。

ちなみに戦闘が終わってすぐに解析に移り、徹夜したためクレアが実は今あくびを我慢していることはここだけの秘密である。


「ずっと知りたいと思っていたんですけど、あの最後の何かが浮かび上がって、その後キックすると爆発するのって、どういう原理なんですか?」


クレアは良い質問だといいながらつかつかと例の黒板みたいなボードの前に行き、何かを書き始める。


「それこそバカみたいにありえんことだが、原理は簡単だよ。まぁ、あくまで仮説だが……」


原理としては【誘爆】。

人間はもちろん、この世に生きるものは大なり小なりマナを保有している。

エネミーガーディアンは足に自らのマナを集中させ、キックの威力に乗せて、そのマナを相手に流し込むため爆発が起きるというのだ。


「そんな……危険なことだったなんて……」


明らかになった真実に葵は凍り付いてしまう。


「危険は危険だが、これは奇跡のなせる業だよ。おそらく、外部からの注入にマナコードが耐えられなくて起こることだろうが、肝心なのは、エネミーガーディアンの蹴り技が直接相手のマナコードに届いてしまっていることだ。だがさらに恐ろしいことに、エネミーガーディアンのあの鎧は大気中のマナを取り込んでいる!」


葵は理解できなかったが、真剣なクレアの表情にいいようのない緊張を感じた。


「マナコードの暴走だけでは、あの威力と魔力量、なにより、可視化された爆発は起きない。おそらく、キミとベルトの魔力量プラス空気中のマナを合わせることで起こる……まて、ということはつまり……」


高速で手を動かしたかと思うと、クレアはいきなりバンッとボードを叩いた。


「つまり、!人は生きるために呼吸をして必要な物質を体内に取り込む。それと同じ要領でエネミーガーディアンは相手にマナを流しこめる!あらゆる障害を超越して!」


興奮気味にまくし立てるクレアに当てられたか、葵の鼓動も堰を切ったように駆け始める。


「そんなすごいことだったんだ……」


興奮冷めない幼女とは裏腹に葵は冷静になり、嫌な鼓動が駆けていた。

一歩間違えば取り返しのつかないことになってしまっていた。

葵は何気なく使っていた力の本質に心底青ざめたのだった。


「さらに聞いて驚くな少年、これも仮説の域をでないがおそらくそのベルトは……」


ビィ――――――――――――ッ!!!!


クレアの説明を鋭い音が切り裂いていく。

慌ててクレアと葵が向かうと奥の部屋にある大きめの輝石が真っ赤に発光し、警報のごとくけたたましい音を鳴り響かせていた。


「まずいぞっ……っ!!」


「えっ!?」


それはエル達がいる村に張り巡らされた結界の状態を示すもので赤に光っているということは結界が破壊されたという意味になっている。


「バカな……いくら聖騎士が優秀だからって私の結界がそんなあっけなく破壊されるはずがないっ!まさか、いや、そんな……」


バルケリオンも駆け付けたが、クレアはぶつぶつと言ったまま動かなくなってしまう。


「ど、どどどどどうするの!?何かって、何!?エル達は??」


完全なるパニック。

葵の眼は泳ぎきっていた。


「少年今からキミを村まで転送する。殲滅……は無理でも私やコイツが行くまで時間を稼いでくれ」


「転送!?いや、なんで僕なの!?クレアかバルケリオンが行ったほうが……」


狼狽する葵にスキを与えないように、クレアは作業と同時並行で口早に告げる。


「これほどまでに危険を示しているということは、並みの聖騎士ではないかもしれない。このまま私がいってもどうなるか……バルケリオンはサポートできてもそこまでだ。なら万全の準備で臨んだ方がいいと考えたんだよ」


でもと反論する葵をクレアは制止させる。


「キミにはそのベルトがある。弱いながらもこの世界でやってきたんだ。そうだろう?なら頼む、この窮地に、エル達を助けてやってくれ」


幼女とは思えない気迫にたじろぐ葵。

しかし、と思考が渋滞している間に空間に魔法陣が浮かびあがる。


「あの村とはもともと道をつないでいたんだ。一人分しか通ることはできない。少年!」


あれが最後の変身だったはずなのに……


生唾をいっきに乾燥した喉に押し込み、意を決して、葵は大きくその魔法陣に飛び込んだ。

普通のドアをくぐるようにして白い光に包まれ、少しして細めた目を開けると、そこはいつもの見慣れた…


村ではなかった。


家屋は嵐の過ぎ去った後のように荒々しく倒壊し、煙と炎、思わず鼻を押さえてしまう臭気が辺りにたちこめている。

大地や畑は無残なもので、複数の足跡で蹂躙されていた。

目を見開いたまま立ち尽くす葵の耳には、甲高い悲鳴がガンガン届いてくる。

葵の呼吸は時間が立つほど荒くなっていく。


「っはぁ、はぁ、はああ……こんな、ことって……」


足が、動かないっ!!


「うわあああああああああああ――――――ッッ誰か、誰……」


葵の耳に聞いたことのある声が聞こえる。


あれは、ケットシーの……


ためていたバネがはぜるように葵はいきなり駆け出した。


村の中央の少し手前。

子供のケットシー達が純銀の輝きに満ちた全身武装フルアーマーの騎士五人に、家屋を背にして囲まれているのが目に飛び込んでくる。


「おい、丁寧に扱えよ。猫もどきはかなり使い道があるらしいからな。からのご命令だ」


太く、厚い腕が、その瞳いっぱいに涙をためたケットシーに伸びていく。

葵は背後に回り込み、力一杯叫んだ。


「はあ、はぁ、ま、待てっ!!」


聖騎士達は一斉に振り返る。

眼の前に現れたのは、息を切らせたおびえた表情の年端もいかない少年だった。


「貴様、何者だ!人間?いや、魔族の者か!?」


どうやら人間の子供がこんな惨状の山奥にいるはずがないと結論づけたようだ。

前の二人は何かを感じたのか、騎士の直感からか、腰の剣に手をかけている。


「僕は魔族じゃないっ!でもなんていうか、じ、自分でも分からない!それよりも、そんなを囲ってどうするんですか?お、怯えてるじゃないですか!」


すると騎士達は剣から手を放し、こらえきれないとばかりに笑い始める。


「くはははははは、おかしなことを抜かす魔者だ。人語を話す猫が子供だと?それではまるで人間のようではないか!」


「魔族は魔族。人道を阻む外敵を払うのもまた騎士の所業なのだ」


聖騎士は異世界から突如現れた、人を守る存在だと聞いていた。

彼らの言っていることに間違いはない。

人は人間以外の、自分以外の存在を素直に認めることができない生き物なのだから。

葵も本来はあっち側の人間で、彼らと同じように目の前のケットシーを化け物だと罵っていただろう。もしくは、騎士に守ってもらっていたはずだ。


こんなにも俯瞰ふかんして考えられるのに、なんでだろう……本当になんでだろう……変身なんてもう二度と……


考えながら葵は静かにブチのめすと心に決めた。


「貴様、何をしている」


騎士達の嘲笑は葵の右手にかき消される。

掴んだ覚えも、いれた覚えもないのにそれはポケットに当然のごとく差し込まれていた。

葵は勢いよく引き抜き、腰に巻きつける。


「変身ッッ!!」


「くうぅぅ……」


眩い光が騎士達の視界を奪い、目を開けたころにはさっきの少年はおらず代わりに自分たちとおなじような白銀の何かが立っていた。


「変化系の魔族かっ!!」


一瞬で全員が抜刀。

腰をかがめると、前衛二人が地を蹴った。


「魔族じゃないって言ってるだろっ!」


向かえ討つ葵。

二人は左右から攻撃をしかけてくる。


まずは魔術を警戒しないと……


葵は斬撃よりもどちらかと言えば、騎士が使う未知の魔術を警戒していた。


「でやあああああああ――ッ」


「フッ!!」


右の騎士が若干前に出てきて斜め上段から剣を振り下ろす。

エネミーガーディアンはそれをバックステップでかわし、連撃に備える。

斬撃は空を切ったが、騎士は慌てることなく次なる斬撃を繰り出す。

左の騎士が今度は上を取り、その下を右にいた騎士が切り上げる。


速い、けど……


葵はドボルグとの修行を思いだし、上を取った騎士のさらに上を取るため、勢いよく跳躍した。


「「なっ……」」


不意をつかれた騎士は攻撃をやめ、後ろに回ったエネミーガーディアンを追うが

振り向きざま右の拳が甲冑にめり込む。

エネミーガーディアンはそのまま騎士を殴り飛ばし、すかさず反動を利用した回し蹴りをはなつ。

テンポのいい攻撃に騎士は反応することなく撃沈していく。


「ドボルグ直伝、回し蹴り(見よう見まね)!」


手ごたえを感じた葵は残りの三人を探すと、すぐそこまで迫っていた。


「気をつけろ!やつの身体能力は異常だ!」


葵を取り囲むようにして三人の騎士はじりじりと距離をつめていく。

最初に後ろの騎士が動き出し、剣を振り上げる。

ガンと鈍い音がして振り向きざまの葵にあたるが、エネミーガーディアンの鎧の前では効果がない。


「ッ……でも痛いけどね!」


前の二人も仕掛けてくる。

葵は後ろの騎士の伸びきったままの腕を掴み、枕でも投げつけるかのように前方の騎士に放り投げる。


「「「ぐあッ……」」」


どうやら聖騎士は魔術は使わず、技量では敵わないが、単純な力ならばエネミーガーディアンの方が勝っているようだ。


「異世界から来たから、魔術が使えないのか?」


葵は少し不思議に思ったが、安堵の方が勝り、すかさず攻撃に転じる。

立ち上がった真ん中の騎士に前蹴り。

右の斬撃をしゃがんでかわし腹部に右ストレート。

残った騎士の斬撃をバックステップで大きくかわし、走りざま跳躍してキック。


「このっ化け物がぁッ」


先ほどの二人がいつの間にか立ち上がり攻撃のモーションに入ろうとしていたが、エネミーガーディアンはそれより先に、右、左とおおざっぱなパンチで地面に沈めた。

一息つくと、葵はケットシー達の元に駆け寄る。


「大丈夫!?怪我とかは??」


「ふぁ、ふぁいい……」


涙で声は震えていたが、見た所外傷はなく無事のようだった。

三匹のケットシーはお互いに目を見合わせ、切羽詰まったようにエネミーガーディアンにすがりつく。


「あぶないところをありがとうございます、あの、それで、エルさまが……」


「たいへんにゃんです!!」


「なんだって!?」


葵の嫌な感じがさらに色濃くなっていく。

語尾が可愛くなっていたことなど微塵も気に留めずに。


「みなさんちゅうおうのひろばにあつめられています!兄さまたちも!!」


「ドボルグさん、ヴィヴィレオさままで!!」


「とにかくたいへんにゃんです!」


動揺する幼い子供を見ているからか、葵は取り乱すことなく、冷静に頭を回転させることができた。


エル、ドボルグ、ヴィヴィレオ……!!


「分かった。僕が行くよ。本当は君たちも一緒に連れていきたいけど……おとなしく物陰に隠れていてほしい。…バルケリオンは知ってるかい?」


コクコクと頷くのを見届けて、エネミーガーディアンは目線を合わせるために下げていた腰を上げ、広場の方向を見た。


「バルケリオン達が来たら、僕に言ったことをもう一度伝えてほしい。君たちのこともきっと何とかしてくれるから!じゃあ、隠れてるんだよっ!!」


言い終わると、葵はすかさず大地を蹴った。

広範囲な村とはいえ、それでも村だ。

広場までは、エネミーガーディアンなら数十秒だった。

ほとんど直線の道を駆け、ちょっとした坂を上る。

目に映るのはやはり、この数か月で見慣れた村の変わり果てた姿。

数日前、ここで笑っていたゴブリンの家族の顔がはっきりと思い出される。

たとえそこが、廃材と灰の掃き溜めと化していたとしても。

胸を裂くような悲痛な現実をその大きな複眼に映しながら、エネミーガーディアンは唇を噛み締めて、最後の角を曲がる。

そして……


「っっエルッ!!……ドボルグ!?、ヴィヴィレオォッ!!」


比較的広く、優しい魔王と、その家族同然の者達が過ごしていた憩いの場は当然のごとく消え失せていた。

銀色の羽を持つ虫が蛍光に集まるように数十の聖騎士が編隊を組み、埋め尽くしていた。

その編隊の先頭に、他の聖騎士とは違う鎧を纏った騎士がそびえるように立っており、はっきりと確認できないが、傷だらけで転がる何かが二つ。首を鎖で覆われ膝をつかされている


「……」


恐怖?怒り?逃避?

葵はこの世界に召喚されたあの日よりも、初めて変身したあの日よりも、まるで状況が呑み込めなかった。


「見ない魔族カオだな……何者なのだ?」


聖騎士が誰に問うたか、静かに口を開く。

それに合わせるかのように、どこから現れたのか、いきなり黒いローブが出現する。


ありえない……そんなぁ……っ


!!!」


「はい、エレック卿、やつはエネミーガーディアン。ですが力は本物です。用心なされよ」


葵の頭がさらに混乱する。

騎士は魔族にとって敵。コーネリングは特にエル達東の魔族の再興に声を上げていたはず。

にも拘わらず、その様子は、関係は完全にそれではなかった。

葵がたじろいでいる間、小さな影が上から軽やかに着地する。


「やっと来やがったな!俺から説明してやるッ!」


「ヴェリオッ!?よかったぁ、無事だったんだね!」


「フンッ……ヴィヴィレオ様たちのおかげでな」


悔しそうに顔を歪めながら、ヴェリオは葵に手短に状況を説明する。


「今日未明、突如として聖騎士どもがこの村に流れ込んできた。ものの数時間でこんな村焼け野原に変えられたんだ。この村にはクレア様と共同で魔術師が結界を張っていたんだ。見つからないようにな。だが、その結界を壊し、奴らを招き入れたのも、クレア様にこの窮地がまっさきに伝わらなかったのも、全部、全部……」


猫の愛くるしい顔を殺して、野生の鋭さを前面にだしたヴェリオはその小さな手をビッと指さす。


コーネリング裏切者の仕業だぁッ!!」


「―――ッ!!」


静まり返った広場に、ヴェリオの声がよく響く。

聞き終えたコーネリングは不快感がビシビシ伝わるほどの激情で叫んだ。


「フン……この私が裏切者だと?デカい口を叩くでないわ小僧がぁッ!真の裏切者は私ではない、何を隠そう、このエルゼルダート・カタストフィアなのだ!」


「エルが……どうして!?」


葵の反応に、コーネリングの怒りは葵へと向けられる。


「もとはと言えば、貴様が原因なのだエネミーガーディアン!!我らの悲願を背負った救世主はとんだ腰抜けの弱者で、我らが魔王はそんな無力な貴様を守ったのだ!!我ら同胞を差し置いてなぁ!」


いつの間にか編隊が変わり、葵達とコーネリングの間の壁は無くなっていた。

そのため、痛々しいドボルグ、ヴィヴィレオ、コーネリングの言葉一つに肩を震わせるエルの姿がはっきり見える。


「この娘の父であり、である先代の魔王様には甘さもあったが、!!だが、この小娘はどうだ?力はともかく見た目道理の脆弱な精神!魔王などとは程遠いわ!!!」


「こ……のやろぉ……言わせて…ゴホッ……おけばぁぁ――」


「力もないくせに威張るなよ!!お前の無神経で、考え無しのところが私は昔から大嫌いだったのだよ!」


バキッ……


力を振り絞っていたドボルグに、コーネリングは怨嗟を込めた蹴りをあびせる。

声にならない苦悶の表情で、ドボルグはまた地に伏してしまう。


「ドボルグッ……そんな……あうっ――」


「おとなしくしておれ、この……」


駆け寄ろうとするエルを鎖を引っ張ることでコーネリングは阻止する。

怒りに身を任せたコーネリングの矛先がエルに向こうとしたその刹那。

隣の聖騎士が目にも止まらぬ速さで抜刀し、切っ先をコーネリングの首に合わせる。


「言っておいたはずだが?魔王は大切な。手荒な真似は許さんと?」


「む……むぅ、すまない……」


すくみ上るコーネリングを見届け、聖騎士はゆっくりと剣を鞘に納めた。


(大切な鍵?どういう意味だ?それにあの剣)


葵ではない。

あの、思わず目を奪われてしまう美しい刀身に、ベルトが

エネミーガーディアンが聖騎士の持つ

葵がよく見てみると、首に鎖が巻き付けられていたが、エルに外傷はほとんどなかった。


「ともあれ、エネミーガーディアンといったな。ふむ、守護者か。貴様はこの娘、いや、魔王を取り返そうと言いたいわけか?」


聖騎士の言葉に、編隊をくんでいた騎士たちの、鎧が、盾が、剣が一斉に共鳴する。

おそろしいほど胸にしみこむその言葉にうろたえたのは、葵ではなく、エルだった。


「よせ、エネミーガーディアン!!お前の敵う相手じゃない!私達のことはいいから、いますぐここから逃げるんだ!」


血相変えて、少女は必死に叫んでいる。

息をのむ葵の隣でヴェリオも同じように訴える。


「あの聖騎士は……別格だ……いくらお前でも……」


痛いほどの緊張感の中、葵は何もかも投げ出したくなっていた。

意味もなく、意思もなく、ただ無作為に選ばれただけで異世界に召喚され、帰る方法が見つかったと思えば、命の選択を迫られる。


どうしろっていうんだよ……僕は―ッ!


「……クレアがすぐに向かうって言ってたんだ」


「はぁっ!?」


葵はフラフラと、もはや震えなくなった足を一歩、また一歩と踏み出す。


「早く、探してきてくれ。……僕は、英雄なんかじゃないんだ……」


幽鬼のように、体重を感じさせない足取り。

ヴェリオは困惑したままその背中を見つめる。

対する聖騎士はなにも言葉を発しなかった。

踏み出した一歩が、引き抜かれる聖剣が、全てを物語っている。


「異形なるものに敬意は払わん。だが、最低限のマナーは尽くそう。こちらはエレック・クレワ・ラック。貴殿に引導を渡そう」


「……」


瞬間、エネミーガーディアンは前進を震わせ、大地を踏みしめる。

速度を上げようとしたその時、不意に足が止まってしまう。


「なんで、足が……」


最初は魔術だと思っていた。

しかし、実際はエネミーガーディアンの本能が止めたのだ。

あの間合いに入り込めばたちまち……

この勝負が終わることを予見して。


「来ないのか?だが、此方も行かぬ。その必要がないからな」


「え……」


振り上げ、釣り竿を飛ばすかのように、無駄な動き一つない所作でエレックは剣をむけ、その刀身が


伸長した


蛇が這いよるようにしなやかに。

そして、矢が飛ぶように速く、葵の元へ剣が伸びる、伸びる。


「ぐぅうう――――っ!」


すんでのところで、エネミーガーディアンは大きく転がり回避する。

しかし、直線を描いていたはずの剣筋が突如折れ曲がり、エネミーガーディアンの上に戻ってくる。

きずいたエネミーガーディアンは飛び上がり、また前方へ飛び込み間一髪。

聖剣は剣というより、鞭。武器というより生物のように、持ち主の動きに合わせて、エネミーガーディアンを追い詰めていく。


「無様ここに極まれり。これが守護者だとわな。【最果ての極地点サザンクロス】!!!」


「ああああああああああああ――――――――ッッッッ!!!!」


うねる剣は交差するようにエネミーガーディアンを二度切り伏せる。


(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、苦しいっ……こん、な)


「ああああああああああああ――――――――――っ!!!!」


エネミーガーディアンは地面を転がり続け、絶叫した。

痛みが、熱が、鎧に刻まれたバツ印から急速に全身に広がっていく。


「アオイイイィィィィ―――――――ッッッ!!!」


「バカな……エネミーガーディアンの装備が、たった一撃で――!?」


エルは切れんばかりの声を張り上げ、ヴィヴィレオは聖剣の恐ろしさに絶句する。


(い、痛みが引かない……こんなの、初めてだ)


肩で息をする葵の元にゆっくりとエレックが接近する。

煙をいまだにあげている、鎧の傷を押さえながら、エネミーガーディアンはずるずると立ち上がる。


逃げなきゃ、こんなの絶対……


顔を上げた直後。


ザンッッ……


横一閃。

エネミーガーディアンは火花を上げ、半回転して地に伏せる。

しかし、声はあがらなかった。


こ……の……


激痛と恐怖にさいなまれながらも、葵はなんと反撃に移った。

誰が見ても、力のない蹴りとパンチ。

葵は声を上げることすら敵わないなか、必死に手足を動かし、死への抵抗をやめなかった。


「一、二撃で……これとはな」


エレックは赤子をひねるように、風に身を任せるように、一撃も危なげなくかわし、逆に剣を返していく。


「グフッ……」


「所詮、この程度か。はあああああああッッ!」


鎧の上からでもわかるほど、騎士の腕が隆起する。

そのままエネミーガーディアンは切り上げられ、後方に木の棒のように飛んでいった。

受け身もとれず背中から落下。

マスクの下で葵の眼は光を失いかすみ始めていた。

圧倒的性能さ、実力差。

ドボルグとの修行、冒険者と実践、魔獣との闘い。

確かに葵は成長していた。

しかし、立ちはだかったのは戦闘のプロであり、魔族の天敵、聖剣。

エネミーガーディアンになすすべはなかった。


「もう……やめてくれ、エネミーガーディアンは、葵は……」


エルは初めて涙を見せていた。

その涙を、コーネリングはあざけ笑い、鼻を鳴らす。


「貴女がすべての


「そんな……私はただ、ただ……」


みんなを……


「あーはっはっは、ご覧なさい、麗しの魔王サマ!貴女が行ったこと、魔王としての覚悟のなさが、あの少年を苦しめ、今こうして……して?」


コーネリングの歯切れの悪さに、涙を流しながら、うなだれた頭を魔王はあげた。

自分が先代から、父から受け継いだ紋章を輝かせて。

破損と傷に身を包んだその戦士は立ち上がっていた。

肺から空気が漏れるような不気味な呼吸音で。

指先で触れれば崩れてしまうような姿勢で。

特徴的な大きな複眼を、青く煌めかせて。

エネミーガーディアンは立ち上がったのだった。


その姿に、思わずエレックに寒気を走らせた。


「……ただの魔族だと思っていたが。何故立ち上がるのだ?」


エネミーガーディアンは何も答えなかった。

エレックどころか周りの空間が全て歪んで見えていた。


どうして…家に、帰ってるはずなのに……

ああ、カッコつけるんじゃなかったな……こんな時に。


でも……



「見えてるか……友よ」


ドボルグが薄く笑う。


「見えているとも。この老いた目にしっかりと」


ヴィヴィレオが目を細める。


「アオイ……」


エルは涙を止めた。


彼らはしっかりと目にしたのだ。

汚れた鎧に、太陽の光でもない、


葵はその後のことは何も覚えていない。


「喋る力もないか……だが、見上げた根性、前言撤回だ。せめて最高の力で、葬ってくれよう。………【霜顎の咆哮ダイヤモンドダスト】」


輝ける熱い煌めき

輝ける冷たい煌めき


力と力がぶつかり合い、空気を燃やし尽くす熱量が当たりを一瞬で包み込んだのだった。






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