第9話 魔女伝える

木々の木漏れ日が妙に暑い。

風一つ吹くことない森の獣道はただ歩くだけでも汗と体力が体から抜け落ちていく。

先頭を歩く大きな背中の後ろについているため、少年の行く道は幾分か歩きやすかったが、いかんせんペースが速い。


「ねぇ、ちょっと待ってくれないかなぁ……それになんでこんな獣道?」


肌に張り付く服を剥がしながら、葵はパタパタと顔をあおいだ。

彼らが向かっているのは東地方の中央都市カルメリア。

エルゼルダート率いる魔族たちがいた魔王城もその都市の近くにあったという。

森を抜けなくてはいけないとはいえ、わざわざこんな道なき道を行かなくても、普通はもっとわかりやすく通りやすい道があるのだが。


いや、そもそも道ってここにはないな。


魔術や魔族など、葵の常識を遥かに超える展開に驚きの連続だったが、葵は最近、このあたりは、いや、もしかしたらこの世界には道路を舗装し整備する技術や考えがないのではないかと思い始めていた。


にしても、もっといい行き方があるはずだ。


「はっはっはぁ、すまない。我が将からの言いつけでな、なるべく用心せよとのことで人通りのすくない道を選らんでいるのだ。ゆるせ少年、愛ゆえなのだ!」


豪快に笑うまだ謎の巨体、バルケリオンを葵はひどく冷めた目で見返した。

このカブトムシもどきが言っていることは間違いではない。葵は現に出発前、敵(魔族にとっては)と見なされている【聖騎士】の存在もちらほらと確認できると、エルゼルダートに注意されたばかりだった。

葵には冒険者との違いだとか、どういう存在なのか、詳しく聞くことが出来ずに出発してしまったが、できれば会いたくないと思わずにはいられなかた。

聖騎士も気になるところだが、葵の現状問題となっているのはこのバルケリオンだった。

時折葵の様子を確認してくれたり、小石レベルのものまで丁寧に取り除いてくれたり。

エルゼルダートや他の者の反応を見ていれば、悪い奴ではなさそうだが、口を開けば理解しがたいことばかり。

分かったのはお人好しで面倒なやつということぐらいだった。


「……そうだよね。僕のためにしてくれているのに文句なんて……僕が間違ってたよ」


すると、バルケリオンが突如立ち止まり、ピクリとも動かなくなってしまう。

葵はわけが分からず、バルケリオンの名を呼んでみるが返事がない。

立ちすくんでいると、突如静かだった森が騒ぎはじめ、葵の心臓が飛び上がる。


「っ……伏せろっ!」


「!?!?」


緊張を爆発させるように、葵の体をバルケリオンの突っ張りが襲う。

ころがる二人。

するとそこに、丁度葵達が立っていたその場所に、轟音と共になにかが降ってきた。


「グオオオオオオルルルーーーーッッ!!」


木々をなぎ倒し、降り立つ化け物。

その容姿は馬に似ており、立派な毛に、固そうな蹄を持っていたが、どういうことか牙があり、おまけに目は三つ、足まで三本の巨大な化け物だ。

頭に二本のツノがそびえてもいる。


「な、なにコイツ!?馬?」


「バイコーンのさらに亜種だろう」


うろたえる葵をよそに、バルケリオンの声はいたって落ち着いていた。

バイコーン(仮)の鼻息は荒く、馬同様に、前足で土を蹴っている。

今まで見たこともないような魔獣だったため葵の恐怖は最高潮に達しようとしている。


「あの集落を出て、少しのところでこんな化け物がでるなんて……」


葵が舌をまいているのも束の間、魔獣が勢いよく葵達の方へ突進してくる。

木々が生い茂る、狭い道のはずだったが、山の傾斜や木々をものともせず、戦車のように力づくで向かってくる。

立ち尽くす葵をバルケリオンが抱え、すれすれをかわしていく。


「はっ……ごめん!僕ぼうっと……」


「お安い御用。だが、早く変身なされよ」


そう言ってある程度距離をとったところで、バルケリオンは葵を下ろした。

葵はなんでっと思わずバルケリオンにしがみつく。


「たしかに逃げることは造作もない。だが、奴らは愛ゆえに狙った獲物は逃さぬ。

悲しきことだが、ここでケリをつけておいたほうがそなたのためになるであろう。どうしてもと言うのであれば、そなたへの愛ゆえ、何処へでも逃げおおすこともやぶさかではないが?」


だっだらキミが戦ってくれよ!


葵はすんでのところでその言葉を飲み込んだ。

バルケリオンは戦わないというスタンスだったことを突如思い出したからだ。

もちろん逃げることも考えたが、葵は一刻も早く帰る方法が知りたかった。

少しの休憩とは全く違う時間の浪費の予感。

そう思うと、葵は自然とベルトに手が伸びていた。


「バルケリオン、下がってて。変身ッ!」


暗い森に光が差す。

魔獣も思わず、その三つ目を細める光だ。


「ほう……これが」


地面を蹴り、倒れた木を飛び越えて行くその姿をバルケリオンは目で追った。

魔獣も何かを感じ取ったのか、足に力を入れ姿勢を低くする。

最後の大木を飛び越え、上をとるエネミーガーディアン。

拳を固め、眉間を狙うように振り落とす。


「ブファファファアアアア―――――ッ!!」


その勢いに、負けじと魔獣も体を持ち上げ、ツノで対抗。

瞬間火花が花開く。

全体重を乗せた一発だったのにも関わらず、葵は力負けの末、後ろの木に飛ばされる。

体勢を立て直すこともかなわず、激突。

地面にも打ち付けられ、悶絶して動けない。


「痛っー、くそっ……すごい馬力だ」


起き上がろうとした葵はすぐにまた地面に伏せる。

間髪入れづに水平に魔獣が跳んできたからだ。

二本のツノが葵がたたきつけられた木に食い込んでゆく。

たちまち割りばしを割いたような亀裂が現れた。


「あんなの刺さったら、いくらこの装備でも……」


生唾を飲み込んで、葵はすぐに反対方向に走り出す。

その姿を三つの眼が容赦なくにらみつける。

木を蹴り、旋回すると、またエネミーガーディアンを追い始める。

葵は走った。何かを探すように辺りを見回しながら。

時折つまずきながら、必死に走った。

するとちょうど左方向に……


「あ、あった!あれなら……」


葵はすぐに目的の、一番幹が太い木を背にして、両手で構える。

戦車というより、もはやブルドーザーの勢いで、その魔獣はすぐにやってくる。

頭を低くし、ツノを構えた槍の矛先のようにエネミーガーディアンに向ける。

速度を速め、勢いにまかせて、魔獣は跳びかかる。


「戦闘は落ち着きが肝心……だったよねヴィヴィレオ?」


エネミーガーディアンの頭を貫通するといったその時、エネミーガーディアンは突如脱力したようにするすると仰向けに倒れてしまう。

そのため魔獣は、エネミーガーディアンの代わりに幹に激突し、幹が太いため、そのまま抜けなくなってしまった。


「しょ、正直うまくいくとは思わなかったけど……相手が単純でよかった」


エネミーガーディアンの眼前には、魔獣の腹部が広がっている。

なんとかツノを木から外そうともがいていたが、エネミーガーディアンは素早く足に力を集中させる。

やがて魔獣の腹部にでかでかと映し出せれる、エルゼルダート、カタストロフィアの紋章。

力を入れた右足に吸い込まれ、煌めきに変わる。


「ふっっっっとべっ!」


ドウウウゥゥゥ―――ッ!


何かに食い込む鈍い音とともに、衝撃を発生させながら、魔獣の巨体が宙に浮く。

そしてそのまま、高い木をさらに超える高さまで吹き飛び、落下後すぐに


爆発した。


それほど大きなものではないにせよ、蹴り上げた時とは全く別質の衝撃と熱量が、辺りに、エネミーガーディアンのところにまで届いてくる。

呆然と座り込む葵は、いつもと同じように右足をまじまじと見た。


「毎回、毎回、どうなっているんだ?どうして爆発なんか……」


すぐにバルケリオンが駆け寄ってきたため、葵はベルトを外して変身を解除し、ついでに些細な事を考えるのはやめた。


「お見事!見させてもらったぞそなたの戦いぶりを!それにしてもまさかあのような魔獣が出没するとは……人間に遭遇しないとはいえ、ルート選択を間違ってしまったか。なんたる不覚……」


魔獣が出るから人が寄りつかないんじゃないの!?


葵はやれやれと嘆息するしかなかったのだった。

しかしその後、巨大な魔獣が襲ってくるということもなく、順調に進むことができた。

定期的に薬草摘みの手伝いをしていたが、それでも葵にとって、草花は珍しいものばっかりだった。

甘い匂いや臭い匂い。派手な色から、地味なものまで。

どちらかといえば、葵はこんな時にここが異世界だったことを思い出すのだった。

またしばらく歩くと、道というか、車輪ののわだちが目立つ広い道に出ることができた。

幸いなことに、通っていく人や乗り物はない。


「見ろ、少年。あれがカルメリアだ。迂回して、あの囲いの外側すぐの外れにむかうぞ!」


葵はそこで、初めて活気にふれたような気がした。

もう少し行ったところでは、馬をつないだ荷馬車が多く行き来しており、魔族ではない、自分と同じ人間たちがせわしなく動き回っている。

カルメリアという町にも、葵は驚かされた。

町をぐるりと巨大な塀が覆っていたのだ。

塀の向こうは見えなかったが、かなりの規模を思わせる。


行ってみたいという興奮を押さえつけて、葵はバルケリオンの背を慌てて追う。

この町の外周の外れに、件の魔女はいるのだ。

葵はもう一度きを引き締めて、人間に見つからないようにしようと思った。

彼が、人間なのに人間から身を隠すというこのうえない皮肉さを思い知ったのはあくまで余談である。


途中バルケリオンが担いで跳躍したりして距離を稼いでくれたとはいえ、ほとんど休憩を挟まずに、葵は歩み続けた。

朝に出発したはずなのに、太陽はすでに、てっぺんをだいぶ過ぎている。

ドボルグの無茶な修行の成果か、葵の欲求が駆り立てたからか。

以前の葵とは別人のように疲れた素振りを見せず、ただただ歩いたのだった。

最新の注意を払い、ついにバルケリオンが閑散としたただの資材小屋の前で足を止めた。


「えっ……とここなの?」


「左様。ここが今日の目的地だ」


疲れたと葵は思ったが目の前の建物を見間違うはずはなかった。

本当にただのボロ小屋だった。

太陽が山の向こうに沈み始め、夕日で幻想的に照らされてはいるが、風穴だらけのボロ小屋だった。


なんの冗談だ?


怪訝そうな葵をよそに、小屋の扉が古びた音を立てて開いてゆく。

暗闇の室内から何かが、いや、誰かがスタスタと歩いてくる。


「ふふふ……そろそろ来るころだと思っていたよ。よーこそ、エネミーガーディアン、バルケリオン」


「ゴクリ……」


出てきたのは明らかにサイズの合っていないローブを羽織った可愛らしい女の子だった。

見た目はそれこそエルよりも幼く、長い髪を前で2つ結びにしている。

右目の下には特徴的な紋様が施されており、手首にはリングやら鎖やらが絡み合っていて、この小屋の住人にはとても見えない見た目とオーラを放っている。


「そんなに身構えなくてもいいよ。さぁさぁ入ってくれたまえ。大丈夫、中はキレイだからさ。それからゆっくり話をしよう」


踵を返す幼女の背にどうすればいいのか立ち尽くしていた葵だったが、バルケリオンが入っていくためゆっくりと後に続いた。


「おじゃましま………は?」


ドアをくぐるとそこは巨大な研究室ラボだった。


なんてバカなことを考えてしまうほど、外と中は別物だった。

研究室といっても壁一面は本で埋め尽くされており、地面は豪奢な絨毯が敷かれている。

机の上には薬草やら、葵が授業で使ったようなビーカーやら試験管みたいなものが雑に置かれており、魔術式なのか数式なのかが書かれた文章が散乱している。


どこが綺麗なんだ?


「そこに座っていて……くれ……あ、くそ……この……今茶でも……よっ……出そう」


紙やら何やらで埋もれた机を片付け座れるスペースを確保した幼女はそのままおそらくティーポット的なにかを探し始めたのだろう、部屋を荒らし始めた。


「ふむ……日頃の整理整頓、あれほど昔から気をつけなされよと言っていたのにもかかわらずこのありさま……いや待て、これもまた物を思う一つの愛の形なのか!?」


「ははは……カモネ」


葵はなんとか椅子に腰を下ろし生返事をした。


絶対にバルケリオンは頭がおかしいんだ


その後も聞こえてはいけないような音が部屋に響き渡り、少ししてさらに奥からカップを盆にのせた幼女が戻ってきた。

出されたお茶?に礼を言い一口そそる。


ああ……痛んでるなぁ


しかし笑顔は崩さない。

せっかく出されたものだし、何より尊大な態度に似合わず見た目相応の童顔がキラキラしていたからだ。


一息ついて幼女はようやく語りだす。


「さて遅れたが自己紹介しよう。私の名前はクレア・エーマイナー。髪で見えないだろうが、ほら、この通りエルフの者だ。そして、魔術師をしている!よろしく」


たしかに長い髪をサラリとなびかせると、エルフの特徴的なとがった大きな耳が姿を見せている。


「ぼ、僕は青野葵。エネミーガーディアンです。……一応。それで!聞きたいことが!」


「君の帰る方法かな?」


「いえ、そうじゃなくてって……ええ!?」


小悪魔のような、イタズラな笑みでクレアはそう答えた。


「あ、あるの?知ってるの!?それを僕に教えてよ!」


しかし、葵の言葉など聞こえていないかのように、クレアの表情は険しいものになる。


「キミねぇ……人にものを頼む時はもっとあるじゃない?頼み方とかさぁ。こう見えて私、エーちゃんより年上なんだけど!」


エーちゃん?

誰のことを言っているのかと固まる葵だったが、横からサイズ的に座れなかったバルケリオンが助け舟をだす。


「エルゼルダート様のことだ。愛ゆえの敬称!クレア殿はエルゼルダート様の父君の頃からの付き合いだと聞いている……」


「そ、姉貴分なのよ!」


ふふんと(ない)胸をそらす幼女もといクレア。

意外すぎる新事実に驚きを隠せなかったが、葵は一つ咳払いをした。


「えっと、その、教えていただけませんか?僕が元の世界に帰る方法を」


ムスッとした顔から一変、少し真剣な眼差しでクレアは葵を見た。


「……いいだろう。君の帰る方法だが、そんなに難しい話じゃない。条件は2つある。まずはじめに召喚されたものは、。というのも、空気中に浮かぶが乏しいながらも全ての生物に存在するに触れることで時間及び肉体的概念下にある一定の……」


「ちょ、ちょっっと待って!!すいません、なんの話かさっぱり……ゼロマナ?なんですかそれ?」


葵があたふたとしているのをよそに、クレアはとても驚いた表情のまま葵をまじまじと見返す。


「驚いた……伝説の戦士がここまでバカだったなんて……!?」


「すごい言われよう!?」


いや、と少し考え込むクレア。

彼女の中で答えが出たのかすぐに振り返る。


「もしかして、こちらに来てからエーちゃん達からこの世界の、を聞いていないのか?」


「魔術の……っはい、そうです!」


なるほどなと納得するクレア。

ならばと立ち上がり、散乱する紙と同じような数式やらがびっしり書き込まれた黒板のようなボードから内容を全て消し去り、書くものを持って葵に向き直る。


「ついでだ、せっかくだから魔術についておしえてやろう。この世界には空気中に、先程でてきたゼロマナと呼ばれるものが存在している。外的要因、魔術を行使する上で重要なものだ」


クレアは言いながらカッカッとゼロマナと書かれた丸を描いていく。


「そして、あらゆる生物、もちろん君も持っているのがマナコードを流れる特有のだ。まぁ、血管がマナコード、赤血球とかがジマナだと思ってくれればいい。そしてジマナにもそれぞれ性質によってそれぞれ呼びかたがある。それは……」


火を操るフレマナ

水を操るアクマナ

土を操るガイマナ

雷を操るボルマナ

風を操るウイマナ

個人、個人、得意な性質はあるが、基本的な体内で流れる魔力はこの5つだ。


「へ、へぇ……そうなんだ。っていうことは僕も!?」


「ああ、おそらく何かしらは使えるだろう」


そしてとクレアは授業を続ける。

自らが内包する魔力、ジマナを外部へ放出。そして、大気のゼロマナと掛け合わせることで魔術は発生させられるのだという。


「っとここで話を戻そう。まぁ、簡単に言えば、条件として。魔術は使えるとはいったが、使わない方がいいだろう。大気のゼロマナを体内に取り組んだり、自らのジマナを放出したり、あまり干渉しすぎると、君の体は馴染もうと急速に変化していくだろう。そうなるとアウトだ。そして2つ目。使使。魔法陣は唯一無二。ほかのものでは帰れない。」


初めて知る新事実。

葵は言葉を発することもなく静かに聞いていた。


「……そうだったのか。でも、それなら大丈夫!僕は魔術も使ってないし、魔法陣?ならエルの居城にそのまんま残ってる。でも……」


葵の頭をよぎるエルの言葉。

召喚には大量の魔力を必要としたと話していたことを思い出したのだ。

そんな葵の表情に、クレアはふっと口元を緩める。


「心配はいらない。君1人を返すぐらいこの大魔術師1人いれば十分なのだよ!」


大、だよ大!

何度も誇張するクレアに頼もしさにも似た思いがこみ上げ、葵は思わず泣きそうになってしまう。

しかしそこでクレアは急に肩を落とす仕草をした。


「だが惜しいねぇ。エネミーガーディアン……キミには分からないだろうけど我々からしたらそれはとてつもなくレアなケースなんだが……そうか帰ってしまうのか……あれ、誰が帰すの?あー、私かぁ……この大魔術師かぁ……楽とは言え魔力はたいてキミに尽くすのかぁーーそうかあーー(チラッ)」


チラチラと白々しい演技をしながらクレアは葵を見ている。

さすがの葵でもこれは何かの訴えだということに気がついた。


「………何が目的なんですか?というより、何をさせるつもりですか?」


ジト目で見てくる葵にクレアは笑いを堪えられない表情で前置き少しでたった一言。


「そうかい?悪いねぇ……それじゃ……」



「で、こうなるんですか……」


太陽は隠れてキラキラと今度は月が浮かぶ満点の夜空。

いつぞやの光景が思い出されるなか、葵は静かにうなだれる。


「これは、私の……じゃなかった。魔族のこれからのための大いなる研究のための大切なことなんだよ!決して私の興味ではないからね!」


嘘をつけ嘘を。


特別なフヨフヨ浮かぶあかりで照らされたボロ小屋の前の開けたところで葵とクレアは対峙していた。

クレアの要求はまさしくエネミーガーディアンの力を見せてもらうこと。

こんな夜中に、疲れてるんだという葵の意見はそっちのけで強引にことは運ばれたのだった。


「みてくれはこれだが、何度でも言おう、私は大魔術師だ!!手加減なんてバカなこと考えてるとキミが怪我をするよ?」


「心でも読めるのか!?!?」


まさしく図星の葵。

もう葵はヤケクソ気味に頭をガシガシとかいた。

たしかに疲れてはいたが、これからの希望が彼を支えていた。


この異世界、マルシナに来て早数ヶ月。

驚きと恐怖の連続だったけど、決して苦しく辛い世界ではなかった。

エル達が、ドボルグが、ヴィヴィレオが。

みんながいてくれたからなんとかやってこられた。


そんな人達が困っているのに、ここで帰ってしまっていいのか?


最近はそんな思いが頭をよぎるようになってしまった。

しかし、葵はいつも自分を冷静に客観視する。

変身できるからと言って強いわけではない。

勝手に呼ばれておいて、巻き込まれている被害者は自分だった。

だから帰ることは間違いではないんだ。

せめて、せめてみんなの無事を祈ってこの疑問に蓋をするしかなかったのだ。


「おーい、おーーい?聞こえてる?早く始めようよ!!」


「えっ、あ、うん!」


右手に構えて、素早く腰に巻きつける。

いつも感じられる気持ち悪いほどのフィット感。

葵は葵なりに様々な思いを重ねて、最後だと言い聞かせて、脈打つ鼓動に合わせるよう、息を吸い込む。


「変身ッッ!!」


吹き荒れる突風、月をも凌ぐまばゆい光。

クレアの前にようやく伝説の守護者が姿をあらわす。


「なるほどね。力強く、しなやかで、美しい。」


月光を反射させる白銀のボディに、青く発光する複眼はまさしく神々しいものだった。


「それじゃあ、行くよ!!」


ダンッと地面を踏み込む葵。

飛び出したかと思うのもつかの間、一瞬で距離を詰めてしまう。

手加減はするなと言われた葵は力一杯拳を振り抜く。


「すごい、すごい。なら【リウォール】」


「!!」


当たったと思った一発だったがすんでのところで地面から壁が生成される。

土塀が見事に粉砕された。

すぐさまバックステップで後ろに跳ぶクレア。その最中でも詠唱はやめない。


「【リカッター】」


「うっ、ぐあ……」


次の攻撃に移ろうとした葵を突如風の刃が襲う。

果たしてそれが刃だったのか見えなかったため葵には分からない。

ただ、風が吹き抜けた体の場所に鋭い痛みが刻まれていた。


「そらそら!次々いくよ!【リフレア】」


顔を上げた葵の上で巨大な炎が作り出される。

見たことある魔術だったが規模が違う。


「でかい……この!」


葵はとっさに顔の前で腕を組んで構えて、足に力を込める。

竜の息吹のような灼熱の炎が葵に向かって噴射された。


「初級の魔術だったが、威力を上げすぎたかな?うん?」


地面に降りたったクレアに高速で接近するエネミーガーディアン。

攻撃をしのぎ、そのままの勢いで蹴りを放つ。


「うおおありゃ!!ドボルグさん直伝、本気蹴り!!」


今度は壁もなく見事にヒット。

したと思われたが、どこから出したのか、クレアの右手には大きなステッキというか杖が握られておりそれが蹴りを受け止めていた。


「【リフレア】とはいえ、ほとんどダメージがないとはね。なら……【リストレングス】」


蹴りを受け流し、詠唱とともに放たれる突き。

長く大きいとはいえ、武器ではない杖から放たれた突きはそのまま葵をふっとばす。


「ぐああああーーーーっ!!い、痛い、痛い」


腹部を抑えて転げ回る葵。

今まで感じたことないほど、いや、あんな華奢な体からはありえないほどの痛みが葵を容赦なく襲う。


「体術は苦手分野なんだけどね。まぁ、流石に上級強化魔術【リストレングス】を使えばこんなもんかな?」


杖をブンブン振り回し、余裕の笑みのクレア。

仮面マスクのしたの葵は苦悶の表情を浮かべ、ゆっくりと起き上がる。


「正直言ってがっかりだ。いや、キミにではない。そのベルトにだ。ポテンシャル的にはこんなものではないはずなんだけど……」


あるいはまさか。


最後の言葉は胸の奥に秘め、クレアは大きな声で呼びかける。


「ここいらで打ち止めにしておこうか。そうだな、最後に必殺技を見せてくれ!!風の噂で聞いた例のあれだよ!」


「必殺……だって?」


葵はクレアの言葉に耳を疑った。

葵は一度だってあの技を、必殺とは認識していなかったからだ。


「よく考えてみれば今までなんで……いや、もういいじゃないか。これで終わる」


葵は少し腰を下ろして神経を集中させていく。

浮かび上がる紋章。そして、吸い込まれ煌めきに変化。

クレアの目にも葵の右足に巨大な魔力が集まっているのがみてとれ、目を見開く。


「これは、予想以上だよ。ははは……これだから未知の探求はやめられない!【リバリア ・クロス】」


自らのマナを変換させずに放出し、大気のゼロマナを固めバリアを作り出す高等魔術。

知ってか知らでか、それを見届けたエネミーガーディアンは大股で走り出し、最後に高く、高く跳躍し、蹴りの体制に入る。


「これで……どうだああああああっっ!」


落雷のような轟で辺りを震わせ、蹴りとバリアがぶつかり合う。

エネミーガーディアンの魔力が、蹴りが勝ったのか、バリアの1つが砕け散る。

二重のバリアも崩壊が近い。

大きな光と爆発に包まれ、夜の闇を消し去ったのだった。

場所は移って元の部屋の中。

どこから引っ張りだしてきたのかベットが用意され、葵がその上で寝息をたてていた。


「どうだい様子は?ちょっと無茶振りすぎたかな?」


ぽりぽりと頬をかくクレアにバルケリオンは静かに首を振った。


「問題はない。愛ゆえの我が力。忘れたわけではないでしょう?」


たしかに葵の体に傷はない。

見届けて、クレアは自分の机に向かった。

そして置かれているベルトをそっと持ち上げる。


「実際凄いものだったよ。途中でトライに結界を張らないとお互い無事ではすまなかっただろう。……でもね……戦いながら魔石にデータを取ったりしてたんだけど、どうも計算が合わないんだよね」


「計算?」


バルケリオンがこちらに向かってくる間に、サラサラとクレアは紙に数字を書き写す。


「ああ。この中央の大きな魔石から本来検出されはずの魔力量とさっきの戦闘で検出された魔力量が全然違うんだ」


「むう……奇怪や奇怪。しかしつまり……」


「ああ。つまり。葵にも、もちろん私にも分からない何かが……」


そのままクレアは険しい顔のまま文献を漁ってくると言って奥に消えていったのだった。





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