第8話 魔王憂う

「それでは、簡易ながら報告会を行う。各自、報告したいものを述べよ」


エルゼルダートの居城(仮)の広間。

年季が入りすぎながらも、なんとか形を保っている円卓にそれぞれが座っている。

といっても、エルを時計周りに、ドボルグ、ヴィヴィレオ、コーネリングの4人だけだが。


「俺ァ別にこれといってねーなぁ。アオイがやっと腕立て伏せをスムーズに100回こなせるようになったぐらいか?ガハハッ……」


ドボルグは勢いよく笑って机を叩き始める。

笑っているのはドボルグだけだ。

笑いといっても嘲笑の笑いを見せると、ヴィヴィレオは手に持ったカップを置き口を開く。


「私からは最近この辺りに冒険者達の姿が多くなってきていることについてだ。報告では

ちらほら下級のも見られるのだとか……」


深刻な声に辺りは静まり返る。

聖騎士とは、まさに今、エルゼルダート率いる東の魔族達がこの現状におかされている元凶中の元凶だった。

異世界から突如やってきた、圧倒的力を持つ勇者一団を彼らはそう呼んでいる。


「まぁ、確かに最近何かといろいろあったしな。近くの冒険者組合や、聖騎士共の耳に何かしらの情報が入っている可能性は想定のうちだろうがよ。結界はどーなってんだ、コーネリング?」


ふんっと息を吐きながら、コーネリングはいやいやというそぶりでそっぽを向いた。


「貴様に言われずとも、隠遁の魔術式はしっかりしておるわ」


いちいちカンに触ると思ったが、ドボルグは長い付き合いの中で知ってか、ぶっきらぼうに手を振った。


「あー、あ。そうですかい」


エルはそんな2人の様子にやれやれとため息をつきながらヴィヴィレオに続きを促す。


「何もコーネリングの仕事を疑っているわけではないが、どうも偵察隊の域をこえた人数が潜伏しているらしい。見つかることはないと思うが……用心した方がいいだろう」


一呼吸おいてまたカップに口をつけた。

少し動作が遅くなる。

澄ました顔をしているが、おまけにヴィヴィレオのヒゲが縮れてビヨンビヨンしている。

紅茶がどうも熱かったのだ。


「ドボルグ。あの少年、エネミーガーディアンの成長のほどはどうだ?」


「あ?」


コーネリングに珍しく話を振られたドボルグは少し逡巡してまぁと前に向き直った。


「実際よくやってるよ。嫌々だが、訓練はサボらねぇし。ヴィヴィレオんとこの子供と最近はよく一緒にやってるよ。この前も森に現れた大型の魔獣を倒したしな」


そうかと一つ呟くとコーネリングは意を決してすっと立ち上がりエルに提言する。


「魔王様、この私めに提案がございます」


無言を肯定の意ととり、コーネリングは高らかに告げる。


「最初はどうなるかと思いましたが、エネミーガーディアンが着々と力をつけているのならば、今こそ好機!!!!!」


「なぁ……っ!?」


ドボルグは空いた口がふさがらず、ヴィヴィレオは空のカップを手から滑らせ、エルゼルダートは目を見開いている。


「元々反りが合わないと思っていたが、おい、どうしたんだよコーネリング!?お前最近おかしいぞ!?」


ドボルグは動揺し、逆にコーネリングの状態を心配する。


「まったく……軍備うんぬんの前に我々はかろうじて生きていくので精一杯。アオイは確かに頑張ってはいるが、とてもあの聖騎士に対抗できるとは思えん。残された同胞も、いや!エルゼルダート様も危険にさらすことになるぞっ!!」


ヴィヴィレオが珍しく語気を強めた。


「ふん、貴様らはあのベルトの凄さを知らないからそんなことが言えるのだ!初代以来、一度も現れなかった使用者が、あんな子供とはいえ、伝説を今まさに体現し復活させているのだぞ!?何より貴様らは、悔しくないのか!このままで!!」


コーネリングも興奮しているのか、肩で息を弾ませながらまくし立てる。

魔王様、決断を!とコーネリングはそのままの勢いでエルゼルダートに迫る。

エルゼルダートも動揺を隠しきれてはいないようだったが、ふぅっと息をはいて静かに浮かした腰を下ろして席に着き直した。



「お前の気持ちはよく分かるよコーネリング。私も、皆の今をみればみるほど情けなさと、惨めさが湧いてくる。だが……」


それは揺るぎない瞳だった。

それが、魔力を大幅に失い、魔族の長にはふさわしくない、人間の少女の姿であったとしても。

以前と何も変わらない魔王の瞳。



「バカな……そんな…」


何か言おうとするコーネリングの口を遮るように、エルゼルダートは間髪いれずに言葉をつむぐ。


「別に蔑ろにしようというわけではない。私に付き従ってくれた者。倒れていった者。片時も忘れたことはない!だが、だからといって今を懸命に生きる残された者たちを消させるわけにはいかないのだ!アオイとて同じ。あんな少年を、なんの関係もない少年を、無理矢理危険にさらすことは……」


「っ…ならば……なぜ!?」


「えっ……!?」


コーネリングは最早ヒステリックを起こしたように半狂乱で騒ぎ始めた。


「我々を守るため?魔族を守る?もちろん、それもあるでしょうが、魔王様!貴女もどこか求めていたのではありませぬか?状況を打破する、を!それになによりも、なによりも!


ブォン!!!


大きく空中が歪む音がしたかと思うとコーネリングは壁に叩きつけられ、うつ伏せで地面に倒れ込んだ。

ドボルグが頭に青筋を立てて、拳を振り抜いたのだ。


「いい加減にしろよ……おめぇ……この後に及んで魔王様を責めるとは……今日という今日は……」


「ドボルグッッ!!」


俯いたまま魔王はゴブリンの名を叫んだ。

はっと振り返るドボルグ。

魔王は静かに、冷静というより、必死に出した声がそれほどでしかなかったような小さな声で、魔王はポツリポツリと呟いた。


「今日は……もう、やめようコーネリング。……私も……少し考えさせてくれ。」


消えいりそうなその声に思わず、ドボルグとヴィヴィレオも目を伏せてしまう。

コーネリングは顔を、怒りやら、動揺やら、おそらく本人もよく分からないであろうなにかで歪め、煙のようにその場から霧散し、退出していった。


魔王は力尽きたようにイスにへなへなと腰を下ろし、目頭を押さえてうなだれる。


コーネリングの言っていたらことは、間違いではない。


数ヶ月しか経っていないからか。

あの日の時の自分がありありと思い出せる。


もちろん、召喚に必要な魔力を使ってしまったからというのもあるが、元々、あの勇者達との戦闘で、魔王はほぼほぼ力を使い果たしてしまっていた。

無力な自分に変わって自分の大切なものを守ってくれる力。それを求めたことに嘘偽りはない。

だが、

あわよくばという思いもしっかりとあった。

おおよそ、初代以降の魔王は必ず聞かされたであろう華やかなで力強い、その伝説。

エル自身、文献を読んだというわけでもなかったが、幼少期寝る前の床の上で毎晩のように父に聞かされた。

だから、あの召喚の日、胸が高鳴った。

あの伝説に会える。なんとかしてもらえる。

しかし、現れたのは伝説とは対極のようなまだ幼い人間の少年。

魔族の物が触れれば壊れてしまうほど脆そうな体に、性格が一目で知れる気弱な瞳。

アオイが飛び出していったあの夜、今日のように会議をした。もちろん、最初に自分もコーネリングの案を思いついた。


だけど……


普段、南の魔王から【慈愛の魔王】と呼ばれるのを嫌がっていたくせに、少年の顔を思い出すほど……


非情になりきれなかった。


「元々は私の……せい……か。そうだ。コーネリングこそしっかり考えて、我々の未来を優先して見据えていたんだ。それなのに私は……」


目頭が熱くなる。

信頼してくれている臣下や民が苦しんでいるのは。

勝手な都合で喚びだして、あさましい理想を押し付けて、無理をさせて、心配して、また無理をさせて。何の関係もない少年を苦しませるのは……


全部自分じゃないか。


どちらを選択しても必ずどちらかが不幸になる。

空気が重い。

張り詰めたような、濁ったような。

ドボルグとヴィヴィレオは目を合わせ、どうするべきなのか手をこまねいていた。


その時。


ドゴオオオオオオンーーーッッ!!!


「「「!!!!」」」


3人が一斉に大扉の方を振り向く。

警戒態勢を取ったドボルグとヴィヴィレオはさっと態勢をとり、扉を睨む。

まさか敵襲か。

さっきとは別の張り詰めた空気の中、扉を壊した者が姿を見せる。


「ふぅー、すまない。久しぶりに我が将、我が友に会えると思うと力が入りすぎてしまったようだ。愛ゆえにっ!」


扉があった位置の崩れて空いた穴から昼時の光が差し込み、ホコリと煙の中の者を映し出す。

一段落して見えてきたのは……


「バルケリオンーッ!?」


巨大なカブトムシだった。

それもただの大きいだけのカブトムシではない。

そもそも、ヴィヴィレオのように2足でしっかりとそびえ立ち、虫のようなのに2本の腕しか見当たらない。フォルムはまさに人間そのもの。

外観はどちらかといえばエネミーガーディアンに近く、頑強で硬質な光輝く黒鉄くろがねのようなもので覆われており、その体長は2メートルはゆうにある。

顔もそれこそ、カブトムシに似た仮面マスクで覆われているかのようで表情が変わらない。

頭部から突き出した巨大なツノだけが、カブトムシらしさを見せている。

なんというか、全体的に、世が世なら宇宙戦争に駆り出されたり、神の使いを殲滅させていたりしてそうなデカブツだった。


「そうとも!!我こそが厄災を払いのける救済の使。長い旅路ではあったがようやく戻ったてきたぞぉっ!!愛ゆえにっ!」


暗い顔をしていた魔王達だったが、ぱあっと顔を輝かせ、側による。


「ば、バルケリオン……お前、久しぶりだなぁ、おい!」


「まったくだ。魔王城が陥落してから、お前は旅に出たから……もう、何十年ぶりになるのか、


「バルケリオンッ!!」


その信頼はどうやら絶大に厚い。

3人は子供のように、その巨大な体に抱きついた。


「ふむ。涙を流すがよろしい、我が将、我が友よ。我も涙を流そう!そう……愛ゆえに!」


3人は涙を流さなかったが、バルケリオンだけは目の位置から大粒の涙を一瞬で流し、感涙に震え始めた。

ひとしきりの挨拶が終わり、バルケリオンも泣き終わると、早速、旅の成果を披露する。


「頼まれていた、。完了いたしました。我が将よ。」


「……っ!ほんとに!?」


コクリと頷くバルケリオン。

エルゼルダートは陥落してすぐにバルケリオンにある魔女を探す命令を下していたのだった。


「へー、アイツしっかり生きてやがったのか。もう何年会ってないんだ?ヴィヴィレオ?」


「さぁな。私も忘れた。まぁ、元々自分の研究の、興味のためにしか動かないレディだからな。あっちへこっちへ気の向くままにしていたのだろう。」


うんうんと頷きあっている2人だったが、どこで見つけたのかと、すぐに聞き返す。


「ふむ。懐かしの魔王城付近の町の外れに潜伏しておったわ。」


そうか、そうかと納得していた2人だったがすぐに血相を変えて……


「「って、すぐそこじゃ(では)ねーか(ないか)!何十年も逆にお前は何をしていたんだぁっ!!」


そう叫んだ。

しかし、当のバルケリオンはどこ吹く風といったふうにクッククと説明をはじめる。


「なにせ手がかりがなかったからな。探していたらたまたま本当は近くにいただけのこと。だがしかし、この旅はドラマドラマの大連続。我が冒険譚のみでそれこそ短編集が単行本として発売されるくらいになぁっ!!途中で妥協などあり得えぬ旅。なぜならそう、あ……」


「「愛ゆえにだろっ!?ふざけん(ける)な!一体何をわけのわからないことをほざいて(言って)やがんだ(いるんだ)!!」


どこまでも息がぴったりの、シンクロしたツッコミが部屋にこだます。

何を勘違いしているのか、先に言われて悔しかったのか、うんうん分かっているとでもいいたげに、バルケリオンは頷き続けている。


「なにわともあれ我が将よ。これで再興のメドが……」


言いかけたバルケリオンは、突如沈んだエルゼルダートの顔色を見て口をつぐんだ。


「そのことなんだがな……実は……」


エルはこれまでのことを、バルケリオンが知らない今のことを全て話す。


「ふむふむ、エネミーガーディアンの少年に、コーネリング……心中お察ししましょう。我が将におかれても、奴にとっても愛ゆえのモノなのであろう」


「バルケリオン……」


表情も分からず、言動も行動も少しおかしい巨体のカブトムシだったが、なぜだかその声はとっても優しいものだった。




「改めて、我が名はバルケリオン!魔王エルゼルダート様の腹心の一柱にして、愛の救済の使。以後お見知りおきを、若き伝説よ!」


「は……、はぁ、どうも……いや、どういうこと!?」


あれから少しして訓練ノルマが終わった葵は、呼び出しに応じて、エルの居城に来ていた。


「アオイ、さっそくだが、このバルケリオンと出かけてきてくれ」


「さっそくすぎない!?」


何故かいつもより表情の硬いエルに葵はタジタジで答える。

気が付いてよく見ると、ドボルグやヴィヴィレオまでそろっていた。


「詳しくは行けば分かるが……その……しれないとだけ言っておこう……」


「っ……本当に!?よ……よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁあーっっ!!」


唐突な吉報に葵は喜びと安堵で大声をあげた。

そのせいなのかは定かではないが、少なくともその時の葵には、エルの複雑な心境と表情に気付くことができなかった。


「なら、なら、すぐ行こうっ!遠い所なの?」


見ていたドボルグ達もふっと笑って静かに言った。


「いや、この東大陸の中央都市、そこのはずれだ。そう遠くはねーよ」


「ホントに!?今日はツイてる日だなぁ~……じゃあこれ!」


ん、と何かを差し出してきた。

その葵の行動に、彼を除いた一同が棒立ちになる。

差し出されたのはエネミーガーディアンのベルト。

その笑顔は晴れ晴れとし屈託のない、正に少年そのものであった。

一瞬固まってしまったが、エルはなんとか悟られないようすぐに意識を戻す。


「いや、確実性に欠ける話だし、まだ持っていた方がいい。道中なにが起こるかわからないしな。……」


「確実性、か。うーん……あれ、でも道中ってなんで?だってこの人がついてきてくれるんでしょ?」


葵はその巨体を見上げた。

背丈だけではない。

体にまとうものからして、強者の風格だった。

すると、今度はヴィヴィレオが言いにくそうに頭をかいた。


「残念だがアオイよ、


何を言っているのかわからないが、困惑する葵を置き去りにして、バルケリオンが地面を踏みつける。


「そう、何を隠そう、我は回復要因ヒーラーなのである。武器はとらぬ。拳は握らぬ。愛ゆえにな」


ま、マジで?

戦場で一番に敵を倒していそうな巨漢がまさかのヒーラー。

葵はもう何も言えなかった。


「まぁ、お前の言いてぇことは分かるぞ。だが、もう俺たちは長い付き合いになるが、たとえ敵を前にしたとしてもバルケリオンが戦っているところは見たことがねぇ」


いつもの葵ならばうなだれていた。

しかし、100パーセントでなかったとしても、希望を掴み、今この世のすべての人間のなかで、自分が一番幸福な男だと思いこんでいる葵にとって些細な問題ではなかった。


もしかしたらこれっきりだしね


そう思うと、急になんだか今の光景が尊くすら見えてきた。

なんだかんだのこの数か月。

元はと言えば自分に非は何もなかったが、自分のこちらに来てからの命を保障してくれた優しい魔王。

だからこそエル達の現状には胸が痛む。間違いはない。

だが、ベルトはあっても明らかに葵は戦士に向いていない。

葵は知ってか知らでか、やはり自分には無理だと思っていたのだった。


「出発は明日の朝。バルケリオン、アオイの案内頼んだぞ」


「仰せのままに」


そう言い残し踵を返すエルゼルダート。

長い黒髪が、颯爽と揺れる。

その後ろ髪を追いかけるように、葵はエルを呼び止める。


「エル!あ、いや、その……」


振り返る魔王。

その目にはにかんだ少年の笑顔が飛び込んでくる。


「ありがとう」


いや、なんのと返事を曖昧にして、エルは笑ってまた歩き出す。

あの笑顔こそが正解なのだ。間違えるはずもない。


「お礼どころか、謝らなくてはならないのは私のほうだ。アオイ」


どこかやるせない、せつないものを感じながら、エルはそう呟き、歩みを止めることなく空を見上げるのだった。


そんなことが行われていた一方で、この村を静かに後にする者がいた。

彼の意思に賛同する数人の部下を連れて。


「栄光は……我らが目指す理想は、自らの手で……」


一同は森の影が作り出す、何も見えない暗闇に、静かに消えていったのだった。



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