第6話 反抗のケットシー
中心に戻り、エルと別れた葵とヴィヴィレオはそのままケットシーが住む区画へと向かっていた。
「アオイところでベルトはどうした?」
「え?それならここにあるけど……」
そう言って葵は斜めがけしていた革のカバンを前に持ってきた。
「ふむ……なぜいつも装備しておかないのかね?」
葵は言いにくそうに眼をそらした。
「なんでって……なんか不気味だなと思って。身に着けてたらこう、巻き込まれるというか……」
自分の手の中にあるベルトをじっとみる。
バックルに埋め込まれた、大きく透明な輝石が怪しく光る。
「所有者として、なにか感じることがあるのか……さぁ着いたぞ。」
ヴィヴィレオはそうして足をとめた。
二足歩行の猫たちが、各々さなざまなことをしていた。
なにかの作業をしている者や、立ち話をしているもの。
猫だからよくは分からなかったが、葵には比較的年齢層が高いように見受けられた。
だが、葵はそんなことよりも……
「ここは……天国か?」
歓喜に打ち震えていた。
ワナワナ震えていたのだった。
「アオイ君はなかなかいい目をしているな。我らのこの素晴らしさに気付くとは……」
「だって……こんな……可愛い、モフい生物が……」
そうこうしていると、二人の前に二人、二匹のケットシーが近づいてきた。
「ああ、ヴィヴィレオ卿いらしていたのですか。」
「おかえりなさいませ」
その二匹ももちろん人語を話し、服を着ていた。
心なしか、ドボルグ達よりも、しっかりしたものを着ているようだった。
(そう言えば、初めて会ったころ貴族だとかなんとか言ってたような……でも……)
「まぁ、貴族だなんだと言われていたのはもう昔のことだ。想像と違い、ビックリしたかな?」
「うっ……」
ヴィヴィレオは口髭をなでながら、どこか楽しそうにそう言った。
図星の葵はもちろん何も言い返せなかった。
その後もすれ違うケットシーから次々と声をかけられ、少し歩くと、他のケットシー達の居住とは少し変わった建物の前についた。
先導されるままに中に入ると、葵の眼に懐かしいものが飛び込んできた。
「あっ……黒板だ!」
暗い緑色の長方形のそれはまさしく黒板そのものであり、よく見てみると、数席だが机といすが設置されていた。
「もしかして学校ですか?すごい、僕が知っているのとほとんど変わらないや。
……でも、建物の割には席が少なくないですか?」
簡素ながらもしっかりとした石造りに、窓からは校庭であろうか、開けた場所が見られた。だが、設備の割に席はほんの少ししかなかったのだ。
「まぁ、魔王軍で育成をしていたころは数がものをいっていたんだがね……今の状況で求められるのは量よりも質だ。何よりも教育とは本来、少数の方が効率も伸び率も大きいものなのだよ。まぁ、他の理由もあるのだがね……」
「……他の理由って……」
葵が何か言いかけたその時、奥の扉がガラガラと音をたてた。
「!先生!おかえりなさいませ!」
「おかえりなさいませ!」
入ってくるなりそう言ったのは、子供のケットシー達だった。
「ああ。先日は休みにしてしまってすまなかったな。アオイ君紹介しよう、この二人が今の私の生徒達のうちの二人、兄のヴェリオと妹のヴィッキーだ。」
「あ、ああ。どうも、青野葵です。……よろしくお願いします。」
アオイは軽く会釈しながら改めて目の前の生物を見直した。
兄のヴェリオのほうがやはり背は高かったが、それでも人間の幼児と変わらないぐらいでそれぞれ制服ともとれる男女型の違う礼装に身を包んでいた。
「先生……まさかこの異世界人が……」
少しの間のあと、おなじように葵を見ていたヴェリオが、何故か訝しげに葵を見て、言ったのだった。
「そうだ。曰く、我々の救世主というやつだ。」
ばっと葵がヴィヴィレオを見ると、またも楽しそうにニヤニヤしていた。
しかしそれとは反対に、ヴェリオの顔がだんだんと険しいものに変わり始めていた。
(ヴィヴィレオは相変わらずだけど、この子の表情はいったい……なんか、睨まれてないか?)
葵がひそかに不安になっているなか、ヴェリオが驚くべきひと言を発した。
「先生、一度この異世界人と手合わせをさせてください。」
「……ほう……。」
ヴィヴィレオは少し鋭い目つきでヴェリオの瞳を覗き込む。
「お、お兄ちゃん!なにを言ってるの!?そんないきなり失礼じゃ……」
「お前は黙っていろ。」
気の弱い妹なのか、何かを意見しようとしたところで、兄に遮られ、そのままうつむいてしまった。
そうこうしている間にもヴィヴィレオはじっと考え込み、ゆっくりとおもてをあげる。
「
「やってみようか……じゃないよっ!い、嫌だよそんなの……」
異世界の住人はどうしてそう好戦的なのか、葵には全く理解ができなかった。葵の脳裏にドボルグとの初めての組手がフラッシュバックする。あの時のことを忘れてはならない。なにより、葵自身好き好んであのベルトを巻きたくはなかった。
「もしかして……救世主ともあろう方が怖いのですか?」
定番ともいえる挑発文句。
ヴェリオは嘲笑を含んだ顔で一歩前に出ていた。
そんな兄の態度を心配するかのように、ヴィッキーはもじもじと手をこまねいている。
「怖いよ!嫌だよ!やりたくないよっ!」
「「「………………」」」
主人公としてのプライドをすべて投げうって出された渾身の回答に、三匹のケットシーは茫然としてしまう。
「そ、それに君みたいなモフ……可愛い子に手を挙げることなんてできないよ!」
謎の鬼気迫る迫力に、ヴェリオは思わず後ずさりしてしまう。
「い、いや、どういう理屈だそれはっ!そんなことはどうでもいいからさっさと準備しろよ!」
「なんでそこまで必死なんですか!?」
「……っ」
葵がわめくようにそう言うと、ヴェリオは一瞬顔をしかめた。
どちらも食い下がらない状況を見て、ヴィヴィレオが割って入る。
「まぁまぁ……アオイ君の慧眼には恐れ入るが、ヴェリオの意見にも一理ある。そうだな10分いや、5分でどうだろう?やってみてはくれないかね?それに君には悪いが、ヴェリオは腕が立つ。大けがをするとは思えないがね。」
にわかに信じられなかったが、葵はこのヴェリオの必死さにも似た異常な熱意にどう対処すればいいのか分からないでいた。
(このままじゃ収集つかないし……それにほんの5分ぐらいなら……逃げ続るってのもありだな。)
「……分かった。5分だけですよ?」
一同はそうして、校庭へと向かっていった。
校庭の真ん中で一定の距離を保ちながら、両者は向かいあった。
審判兼タイムキーパーとしてその真ん中にヴィヴィレオとヴィッキーが立っていた。
「制限時間は5分間とする。両者準備はよいか?……始めぇっ!!」
号令と共に、ヴェリオがじりじりと距離を詰め始める。
葵はそもそも戦う気がないため、右にゆっくりと回り始める。
「どうして変身しないんだ?ナメているのか?」
明らかに怒りを表すヴェリオ。
ヴィヴィレオに持っておけと言われ、渋々腰につけてはいたが葵は険しい表情のまま、無言を貫いた。
「……後悔するなよっ!」
言い終わらないうちに、ヴェリオがまっすぐ葵のもとに走り始める。
確かに速いが、葵の眼で追えないスピードではなかった。
回避のモーションに入りつつ、葵は横目でスペースを探す。
一瞬とも言えない刹那の瞬間。
にもかかわらず、もう一度意識を前に向けた葵は戦慄する。
ヴェリオが手前まで迫っていたのだ。
「そんなっ……加速の魔……」
さらに踏み込んだヴェリオは弓の弦を弾くように、その可愛らしい腕を後方で構える。
思考よりも、驚きよりも、葵の本能がその攻撃であろうモーションを警戒せよと叫んでいた。
「フンンン――――ッ!!」
「くぅう――っ」
葵は何とか、右に傾いていた体に急ブレーキをかけ、制止する。
葵の顔があったであろう位置に信じられない風の掌打が駆け抜ける。
「あぶ……ない!なんであんな小さな体から!それに急に目の前に!」
跳ねるようにして後ろに飛び、葵は大きく距離をとった。
脳裏にヴィヴィレオの言葉が返ってくる。
葵は恨めしそうにヴィヴィレオを見た。
「あ、あの、あくまで手合わせなんだよね?ちょっと力が入りすぎているというか……」
葵は引きつった笑顔で何かを確認するかのようにヴェリオに呼びかける。
が、一切の返事はなく、刺すようなつぶらな視線だけが返ってくる。
「う、うそでしょ……」
終了の声はまだかからない。
葵は急に5分間が長く感じ始めていた。
「フッ―ッ!」
今度は、いくらか体を斜めにしながら向かってくる。
葵はどちらによけるか迷っているうちに出遅れてしまった。
「はあああ―――――ぁぁぁぁっ!!」
「ま、また急にはやく―――」
瞬間飛びあがり、繰り出される横蹴り。
さながら、豆鉄砲のように小さいながらも風を切っている。
「くそっ……こうなったら!!ああああああ―――――――っ!!変身ッ!!」
「はっ!?」
突如として、校庭を眩い光が包み込む。
横蹴りの足を最後までふりきらず、ギリギリのところで体を空中で回転させ、今度はヴェリオが距離をとった。
「なんだ……この光は……」
ヴェリオが細くしていた目をしっかり開けると、そこには白銀の戦士が立っていた。
一枚一枚が、太陽の産物であるかのような輝きを放ち、その異様なプレッシャーはざわついていた風をさらに荒ぶらせ、時の流れを遅く感じさせていた。
燃えたぎる闘志が冷まされるような、澄んだ空色の大きな複眼がヴェリオを静かに見据えている。
「ラスト1分半!」
そんな静寂を遮る、ヴィヴィレオのラストスパートの掛け声。
残すところは90秒。
先に仕掛けたのはヴェリオだった。
「それがお前の真の姿か!その力、見せてもらうぞ!!」
走りだしたヴェリオに負けじと葵も駆け出し、ぐんぐんスピードを上げていく。
「組手っていう約束を破ったのは君だからなっ!!こうなったら最後ぐらい意地を見せて……やるぅぅっ!!」
2人の距離がどんどん近くなっていく。
スピードは互角……というわけ訳ではなかった。
「な……やつの方が速い!」
リーチの差か、性能の差か。
ヴェリオのフライングをものともしない追い上げを見せていた。
両者が肉薄する瞬間、ほんの少し葵がリードする形で拳を突き出す。
しかし、ヴェリオは余裕を含んだ笑みで口角を上げ、そうして何か特別な構えで遅れて拳を突き出した。
「バカが!ただ速いだけの拳なんぞ、当たるわけないだろぉぉぉ!!!」
「「―――――――」」
両者の拳が突き当たる。
巻き上げた風すら感じさせないほどの鈍い音が、校庭の端にまで鳴り響いたのだった。
「うっ……頭…痛い、ここは?」
次に葵の意識がはっきりしたのは、白いベッドの上だった。
激突の末、葵はそのまま気絶し、今は校舎の中にある仮ベッドにヴィヴィレオとヴィッキーに運び込まれたのだった。
「気がついたのかね?安心したまえ、どこも異常はない。鎧に感謝するのだな。」
すぐ隣の椅子にヴィヴィレオは腰かけて、お茶をすすっている。
時間はだいぶたったようで、てっぺんで輝いていた太陽が今や落ち込み、おもわず目を細めてしまう程の夕日が校舎を幻想的に彩っていた。
月といい、太陽といい、元の世界とは変わらないのが葵には不思議だった。
「ふぅ、それにしても、少々見直したよ。あの状況で向かっていくのは得策とは言えないが、その気概やよし。根性があるではないか。」
「向かって……ああぁっ!!ちょっとどういうことなんですか!?組手って手合わせみたいなものですよね!?なのにあんな……」
やっと頭が働きだした葵は、先ほどの事を鮮明に思い出し、ヴィヴィレオに詰め寄った。
「……それについてはすまなかった。あの子に代わって、私が謝ろう。だが、あの子の、ケットシーの事情も考慮してほしい。勝手なことだが……」
そういってヴィヴィレオは葵に頭を下げた。
いきなりの予期せぬ展開に葵はびっくりし、先ほどの怒りはどこへやら、大きくかぶりをふった。
「い、いやいや頭を上げてくださいっ!え……っと、どういうことですか?」
葵の言葉にヴィヴィレオは頭を上げてポツリポツリと説明し始めた。
「あの子は今、ただひたすらに、強さを追い求めているんだ。誰よりも熱心に私の元で学び、チェシャの鍛錬も欠かさなかった。だが、昔のあの子には輝きがあった。宝石だ。だが、今のあの子が求める物は前のように輝いたものとは言えない。鬼気迫る暗いものだ。」
「…………(チェシャってなんだ!?)」
葵は気になって頭に話が入らなかったので、思い切って話を止めて聞いてみた。
チェシャとはケットシーが編み出した、伝統的な独自の格闘技だ。
先ほどの組手でヴェリオが見せた身のこなしだ。
「……実はそのことも関係している。あの子が変わってしまったのには、魔王城が陥落したのが関係しているのだ。……あの子たちの親も含めて、多くのケットシーが乱獲されたのだ。」
「ら……乱獲っっっ!?!?う、うわっ!!」
葵は驚きのあまり身を乗りだし、ベッドから滑り落ちた。
「ケットシーの毛には特別な魔術神経が通っていてね、使い方は何種類も存在し、なにより高価で取引される。一説ではキミも体験した、強化魔術【リバスター】は我々の毛並みを元に考案されたとも。だからこそあの日、多くのケットシーが手にかけられた。今少数いるのは生き残り達だ。……だからなんだ。あの子、ヴェリオが追い求める強さはまさに復讐の炎そのものだ。」
「復……讐!」
そこで葵はすべてつながったような気がした。
ゴブリンたちに比べて、ケットシーの数は少なく、老人が多かった。
それにあの何か切羽詰まった、苦しそうなヴェリオの顔。
「キミも確かにそうだが、ヴェリオも、もちろんヴィッキーも他の者も、みな私にとっては希望そのものだ。できることなら、子供にこんな悲しい動機で心を燃やしてほしくはない。だが、気持ちは痛いほど分かる。理解してくれとも、許してくれとも言わないが、心の片隅に留めておいてくれ。」
言い終わると、ヴィヴィレオは少し笑って、もう少し休んでいくことを葵に言い残し、部屋を後にした。
残された葵はぼぅっとした頭で木々の伸びる影をずっと見ていた。
ふと目をやると、枕もとの机に置かれていたベルトがキラリと輝いた。
手にとって見てみる。
重い、冷たい、やっぱり重い。
エネミーガーディアン、魔族を守護する者。
エル達の最後の希望。
「……僕にいったい、どうしろっていうんだよ……」
葵は頭をガシガシとかきむしりベルトを天井に放り投げた。
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