第5話 ヒーロー決める
主人公がおかしな夢を見ることはよくあることだ。
この物語の主人公、青野葵も今正にそれを経験していた。
世界の果てのような、燃え盛る大地。
灼熱の火柱が空間をゆがめている。
正面には、葵の視点から見ると、大きな山がそびえている。
すると突如としてその山が動き始めた。
「ブアアアアアアアア……ッッ!!たいした力も持たぬ、魔人風情がこのオレに逆らおうとわ……興も過ぎると笑えぬぞ!」
山かと思ったそれは山などではなかった。
燃え盛る大地にも負けないほどの、真っ赤な巨体。
笑いと共に口から飛び出す炎。
威圧感で失神してしまう程の、ドラゴンだった。
対して向かい合う人型の魔人はどうだろう。
人間よりも少し大きく頑強そうな体をしているが、目の前の怪物に比べるとそれはそれはちっぽけなものであった。
(でも……なんだろう、あの背中、どこかで……)
葵はその背中に何故か既視感を覚えていた。
その男は、ドラゴンの圧など気にしないといったふうに、至極冷静に唇を動かした。
「まぁ……あんたの言っていることは正しい。あんたらから見れば、ボクなんて、人間とたいして変わらない。でも……それだけだろう?」
不敵に笑うその男に、ドラゴンは怒りを顕わにして、咆哮した。
「貴様ぁぁぁ……何がおかしい!何を言っている?」
葵も次の言葉を待っていると、その男はいきなり、挑発するかのように、右の拳をドラゴンに突き出した。
「どんななりでも、どんな立場でも、勝った奴が未来を手にするんだ。あんたがどんな力を持っていようと……ドラゴンだろうと、なんだろうと、ボクの道を阻むと言うのなら、倒して進むのみだっ!!」
ドラゴンはとうとう言葉にもならない、咆哮で、翼を広げ、大空へと飛び立った。
上昇しても、なお大きい。
牙をむき、ドラゴンは魔法陣を顕現させる。
「いいだろう、矮小なるものよ!貴様の骨の髄まで焼き尽くし、我が業火をもって引導をわたしてやる!せいぜい、醜くあがくがよいわっ」
放たれた極大の火炎魔法。
男はバックステップで後ろに飛んだが意味がない。
到底よけきれない程の範囲に降り注いだからだ。
「あっけない……あっけないわ!顔を覚える暇もなく、我に一矢報いる以前に、動く前に空気と化してしまうとわなぁぁぁぁぁぁーーーーっっ!!」
高笑いを轟かせるドラゴン。
その威力、その衝撃、見ているだけの葵でさえも足の震えが止まらない。
ホバリングする大きな空を切る音と、何かが燃え、崩れ去ってゆく、破壊音のみが、おかしな程静かな空間にこだましていた。
その静寂を切り裂くように、小さな声が聞こえてきた。
「随分と余裕なんだな……おまけに、よくしゃべる。」
「貴様……バカなっ!!」
ドラゴンが見下ろしたその下に、あの男が平然と立っていた。
しかも、その男の腰は不思議と光輝いていた。
「よおぉく見ておけよ?最初で、最後のオレの変身ッッ!!」
掛け声とともに、辺りが爆発を始めた。
それもあるが、葵の視界がかすみ始めていて、よく見えなかった。
(急に霞んで……でも今、変身って……まさか!)
ドラゴンは地面に下り、先ほどの余裕は消え失せた、真剣な目で、男を見た。
「貴様……何者だ?」
「オレか?オレはエネミーガーディアンだ。」
大きな影と、小さな影がぶつかったところで、その夢は静かに、闇の中へと消えていった。
「う……まぶし……」
日の光に照らされ、葵は目を覚ました。
自分のベッドの上でだ。
服はそのままだった。
「あれ、なんで僕、ベッドの上に?えー……っと、たしか……」
葵は必死に頭を動かし、記憶の奥を探る。
ドボルグの子供が危険にさらされていると聞いたので、森に。
ドボルグが冒険者達と交戦し、勝利したが、背後のレベルの高い冒険者の不意打ちに倒れてしまう。
「それで色々あって、僕が……僕?ああああああぁぁぁーーーーっっっ!!」
葵はそこで全てを思い出した。
あわてて腰の周りをまさぐってみる。
しかし、あの奇妙なベルトはそこにはなかった。
「こうしちゃいられないっ!」
葵は掛布団を蹴り飛ばし、転がるように、ベッドから降りた。
今になって気が付いたが、ここは、エルゼルダートの講堂だった。
扉に手をかけようとしたとき、いきなりその扉が開かれ、葵は前のめりで倒れてしまう。
「いってぇ……」
「アオイ、目を覚ましたのかっ!」
扉を開いたのは、エルゼルダートだった。
葵の顔を覗き込むその表情には、安堵と驚きが見てとれた
「エルッ!よかった無事で!あ、ドボルグさんは?子供達は?って言うか、僕変身したの?そ、それで、あの敵は?敵って言うか、その……」
エルはクスクスと笑いながら、おかしそうに、葵の頭にそっと手を置いた。
「大丈夫だ。お前のおかげで、万事うまくいった。まずは落ち着け。な?」
「う、うん……分かった。」
そうして二人はいったん奥の部屋に入っていった。
葵の着替えをひとまず済ませ、エルに言われるがまま、講堂を後にする。
「ドボルグのやつはひどい怪我だったが一命はとりとめた。子供達もたいした怪我もなく、ピンピンしている。改めて、お礼を言わせてくれ。」
歩を止めて、エルか深々と頭を下げた。
「そんな、頭を上げてよ!いろいろすごい偶然が重なっただけで、僕の意思じゃ……」
現に、変身できたのは別として、葵があの戦いの場に出ていったのは、説明のしようがない現象だったのだ。
(あれ、そういえば……僕なんで飛び出したんだっけ?何かに押されたような……)
「それでもだ。土壇場で奇跡でもなんでもを呼び寄せたのはアオイ自身だ。ありがとう。」
「いや、その……そうかなぁ?」
葵にも分からなかったし、なによりみんな無事だったので、葵は細かいことは気にしないことにした。
「それで、あの冒険者の人達は?まさかとは思うけど……僕、あの人達を……ゴクッ……」
葵が気にしているのは、トニオ達の安否だった。
爆発で辺りを吹き飛ばしたことは、なんとなく思い出せていたからだ。
葵がおそるおそる、というより、ビクビクしながら聞くと、エルの答えはそれはそれで驚くものだった。
「虫の息だったがな……死んではいない。誰一人な。どういう理屈なのか、私にも分からないのだがな。とにかくラッキーだった。」
「ホント!?よかったぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ドボルグ達のことももちろん心配していたが、葵はなによりも、このことを気にしていた。
人の命という何物にも代えがたく、なによりも大きなもの。
それを奪うということが、どういう意味なのか。葵は、いや、誰しもその意味はよくよく理解していた。
だからこそ、葵は自分が傷つくことと、同じくらい、相手の命を奪ってしまうことが怖く耐えられなかった。
「まぁ……後日様子を聞きに行かせた使いの話では、ボロボロもいいとこだったらしいがな。」
エルは苦笑気味に笑った。
「へぇ……それはそれで、悪いことを……待って、今なんて言ったの?後日?」
葵はエルの言葉の中に、不可解な点を見つけた。
はっとして空を見る。
葵が覚えている限りでは、昼の出来事だったはずだ。
だが、葵に降り注ぐ日の光はどう見ても朝日だった。
「うん?確かに後日と言ったが……なんだ、知らなかったのか?アオイは二日丸々ねてたんだぞ?」
「ええええええっっっ!!?うそぉお!」
葵にとって、そんなマンガのような寝方をしたのは初めてだった。
「はははっそれはもう、ぐっすりな。ほら、着いたぞ。」
止まったり、歩いたりを繰り返しているうちに、目的地に到着した。
この村というより、エルが率いる残党が集団で生活している場所は森の中に位置していた。
設備はそれぞれ簡素なものだったが、存外広範囲に展開されており、はっきりではないが、ある程度の住み分けもされているようだった。
ここは森の奥に入る手前の場所で、エルの講堂と変わらないほどの大きな建物が
立っていた。
「ここは?」
「治療院……のようなものだ。あいつがアオイが目覚めたら、どうしてもつれてきてほしいと言われてね。」
エルはそういって、その扉を押してなかに入っていく。
葵も後に入っていった。
中は清潔に保たれており、花なのか、植物なのかの優しい香りであふれていた。
「あ、魔王さま!ようこそおいでくださいました!」
そう声がして、葵の前になにかが飛んできた。
「も、もしかして、妖精!?すごい、初めてって当たり前か……きみは?」
人間の子供よりも若干小さいほどの、ベールをまとった可愛らしい少女は、クルリと空中で一回転した。
「こんにちは、きゅーせーしゅさんっ!風の精、シルフのウェンディです!森の薬草などにくわしいのでここでけがをしたみんなのお世話をしてます。よろしくです!」
「う、うんよろしくね?」
見渡してみると、ウェンディの他にも、数人のシルフが世話をしていた。
「ドボルグさんだったら、一番奥ですよ?」
二人はウェンディに案内されて、奥へと向かう。
包帯らしきものや、いろいろな棒やなにかで固定されたドボルグが寝かされていた。
二人に気付いたドボルグは上体を起こし、笑顔を向けた。
「魔王様、わざわざすみません。アオイもな。」
「ドボルグさん……よかった……」
ひどい怪我だったが、存外元気そうなドボルグの様子に、葵は胸をなでおろした。
「その、怪我は大丈夫ですか?」
「ああ。ゴブリンは頑丈にできてるし、回復も早い。こんなもんかすり傷みたいな……いっつううう~~」
ドボルグは見栄をはって腕を振り回したが、すぐに激痛におそわれ、顔を歪ませた。
「無理をするな、そうは言ってもダメージは大きいだろうに。」
「へへへ……スイヤセン……」
ドボルグは少し恥ずかしそうに、ベッドに背中を戻した。
ドボルグはその体勢のまま、葵のほうに顔を向けた。
「改めて礼を言わせてくれ、葵。お前がいなきゃ、俺の家族はあそこで全滅していただろう……」
「そんな……僕はただ夢中だっただけで……それに……」
葵は頭の中で、正にあの時、自分が考えていたことを思い出していたのだ。
結果的にはなんとかなったものの、正直に言ってしまえば、葵はドボルグ達をたすけようなどとは思っていなかったのだ。
圧倒的な恐怖と、我が身のかわいさ。
不思議な顔をして自分の顔を覗き込んでくる、偉大なこの父親の顔を、葵はまっすぐに見ることができなかった。
「……そ、そうだ、子供たちは?」
「おかげ様でピンピンしてらぁ!今は家内に見てもらっててな……いずれしっかりお礼をさせにいくからな!」
「う……うん、そんなに早くなくてもいいかな?ゆっくりでいいから!」
葵はまたも大きくかぶりをふった。
ひと段落すると、まっていたかのように、ヴィヴィレオが髭をなでながら、ベットの上に飛び乗った。
「まぁ、元気そうならなによりだ、友よ。君のとりえはただただ頑丈なことだからね。」
「お前、おちょくってんのかよ?」
そういうドボルグの顔には笑顔があった。
一通りの面会を終えて、一行はエルの居城である、村の中心に向かった。
その道すがら、不意にヴィヴィレオが口を開く。
「そうだ、魔王様。一つ提案があるのだが……よろしいかな?」
「提案?なんだ?」
エルと隣の葵も小首をかしげる。
「アオイをしばらく私の元に置きたいのだが。」
「えっ!?」
驚いたのは葵だった。
エルは黙ったままヴィヴィレオの次の言葉を待った。
「いや、なにアオイは聞くところによると、戦闘経験など皆無。本来はこういうのはドボルグの分野だが、あの状態だ……そこでだ、私の私塾で戦いについて知っていくというのは?どうだろう?」
「……なるほど……言いたいことは理解した。……アオイはどうだ?君の意見を尊重しよう。」
話を振られた葵は全力で首を横に振った。
「ムリ、ムリ、ムリムリ!!!ただでさえあんな怖い思いをしたのに、なんか、戦い方なんて教えてもらったら、ますます……」
「帰り方が分かるとしたら?」
「!!!!!!!!」
ヴィヴィレオは前を向いたまま、静かにそう言い放った。
「ヴィヴィレオ……ということはつまり……」
「はい。」
エルも何かを察したように、顔を強張らせた。
葵は何が何だかわからないまま、交互に顔を見ていった。
「帰る手掛かりを知っているかもしれない奴の所在を、私の教え子が見つけてな。
もちろん、魔王様も知っているやつだから、この情報だけでは不足であろう。
だが、さらにメリットがある。」
「ほ、ほかのメリット!?それって……!?」
ヴィヴィレオは思わせぶりな態度で,ゆっくりと葵のほうを振り返った。
「私のような高貴で愛らしい生き物とたくさん触れ合えるぞっ!!」
「いますぐ行きすっ!!」
葵の眼は輝いていた。
この上なく輝いていた。
「アオイ……それでいいのか……」
エルは少々あきれながら、葵をジト目で見た。
「ま、まぁアオイがいいならそれでいいが……ふむ、ある意味適任かな?」
「適任?僕も勢いでうっかり言ったけど……どいう意味なの?」
エルは歩を進めながら前を歩き始めた。
「ヴィヴィレオはな、まだ魔王軍が……私の父が健在だった頃から、人材育成に力を入れていたんだ。ドボルグとはまた違った強さを持っている。先生としては最適だろう。」
「そう……だったんだ……」
(それに怖そうじゃないしね。知的っていうか、安心できるというか)
ヴィヴィレオがポンと可愛らしい両手を鳴らして、張り切っていった。
「よろしい、では決まりということで……ああ、あと、私の今の他の生徒はちょっと気難しいぞ?」
「…………」
葵はその場の勢いの怖さを改めて思い知ったのだった。
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