神様と私だけでもやれます

「八木はまだ戻らぬのか? 随分かかるのう。土産みやげを選ぶ時間があるならその分早く戻って顔を見せたほうが芽も喜ぶであろうに」

 神様が腹ばいから顔だけを上げて辺りを気にしながら言う。

 瞳さんからはもう何日も夜に連絡が来るだけになっている。電話で私と神様の様子を確認するばかりで、なんとなく「単身赴任のお父さんみたい」と思う。仕事の内容は話してくれない。出発の時はかなり気が重そうだったから大変なのだろう。

「平気ですよ。神様が一緒だから私は寂しくありませんし」

「それならよいが……。いくら一緒とは言ってものう、これ・・はもうやめぬか?」

 神様が腰に巻いたヒモを手に取った。ヒモは長くて、その先は私の腰に同じように巻き付いている。寂しいので離れないようにしているわけじゃなくて、私が逃げ出さない為にこうしている。

 私の家族は瞳さんが「自力では戻って来れない所」に送った。私はもう自由だ。でも夜になると不安になって、家族が復讐に来る気がして恐ろしくなってしまう。パニックになって元の家に戻り誰もいない家の玄関を叩いて大声で謝り続けたこともあった。

 このヒモはそうならない為。最初の夜は神様を引きずって走ってしまったけれど、それがあったおかげで自分で思い留まり冷静になれるようになった。神様は神様なので山道にこすりつけられてもケガはしなかったけれど、申し訳ないからそういう問題じゃない。

「八木の奴も戸惑っておったであろう。あれは初め神様がさせたと思い違いをして怒っておったぞ。ぶたれそうで神様恐かった」

「そうですね。もう夜は明けましたし、外しましょうね」

「芽が神様を頼ってくれるのはすっごく嬉しいのじゃが、重石代わりに使われるのはのう」

「それは誤解です。私はずっと『ここにいていい』ということに自信が持てなかったので、あの家に戻らなくちゃ行けない気がしてしまうんですよ。でも神様は私がいることを喜んでくれるから、そのことを思い出す為のヒモです」

 神様は神様なので人間とは格が違う。他人と格を比べて裏と表を切り替えたり態度を変える必要が無い。それにここは寂びれた神社すら無くなった神社跡地で、再建されたとしてもそれは私と縁がある。「ここにいてもいい」ということを信じられる。

「そんなことより神社ですよ。次はどういうお家がいいですか? 建て直す時に要望があったら通るかもしれません」

 なかなかおやしろの再建が始まらないので「これはもう大変な準備が必要な大神殿が建つに違いない」と空想が膨らんでいる。

「んー? 元の拝殿一つで構わぬよ」

 神様はタブレットを下敷きに折り紙遊びにいそしんでいる。自分の家なのに本人は頓着していないようだ。

「ムムム……芽! おかしいのじゃ。絵にあるようにならぬ。神様何か間違えたかの? せっかく芽がくれた綺麗な紙だというのに」

「ああ、大丈夫ですよ。最後にここの穴から息を吹き込んで膨らませるんです」

 伝えた通りに神様が口を寄せると、折り紙の紙風船が膨らんだ。途端に泣きそうだった顔が笑顔に変わる。

「おお、できた! 芽はなんでも知ってて偉いのう」

 よりにもよって神様に「偉い」なんて言われたらたまらない。誰かに「調子に乗るな」と言われた気がして見回してしまった。当然誰もいない。幻聴だ。

「そ、それより神様の家をちゃんと考えましょうよ。十円玉に描いてある建物なんてどうでしょう。あれなら色んな人がここに来てくれるようになると思いますよ」

 神様は土の上に腹ばいになっていたのに肌も服も汚れない。紙風船は膨らむけれど、タブレットに触っても反応しない。

 そういうふしぎな存在だから壁や床が無くても風邪をひいたりはしないんだろうけれど、私がいない間ポツンと野ざらしになっているのは可哀想に思う。立派なお社ができて、たくさんの参拝客に恵まれてほしい。

「んぬうー……。しかしのう、あまり賑わうようになっては芽も務めが辛かろう。それに……」

 小さな手がきゅっと服を掴んでくる。

「他の者が集まれば芽は神様と遊ばなくはならぬか? 芽に友ができたことを嬉しく思っておるのは本当じゃ。芽の先行きを縛る悪い神にはなりとうない。でも、他のことで忙しゅうなっても……たまにでよいから神様と遊んではくれぬか?」

 ポロポロ涙を流しながら「これをやるから」と紙風船を差し出してくる。

 人が増えたら私が離れてしまう。それを予感して不安に感じているらしい。

 体が汚れなくても、風邪をひかなくても、私がいなくなることを寂しがるこの神様を愛しく思う。必要としてくれる気持ちに応えて、「この子の役に立ちたい」と真剣に思う。

 紙風船を受け取り、そっと抱き上げてクルクル回ると、泣き声はきゃっきゃとはしゃぐ声に変わった。

「私は絶対に神様をないがしろにしたりなんかしませんよ。瞳さんに誓ってしません」

「神を前にして八木に誓うとは、早速ないがしろにされている気がするのじゃ」


 私が離れていかないことは確定としても、それはそれ。神様は他の人にも敬われてほしいとなるとやっぱりおやしろは立派なほうがいい。

「風格はどうでもよい。芽の過ごしやすさが肝心じゃ。それには井戸があったほうがよいのう」

「あ、それは助かりますね」

 今はもうここで調理をしなくなったので水はほとんど要らなくなったのだけれど、簡易トイレやテントの掃除、瓦礫の整頓をしたあとの手洗いには使う。ふもとの公園にある水道で汲んで運び込むのは結構手間だ。

「神社って入口に手を洗う所があるじゃないですか。何かこう、柄杓ひしゃくをビチャビチャにする作法があるやつ」

 言い方があんまりだったとは思うけれど、神様がピンと来ない風に首を傾げたのはそのせいじゃないと思う。

(そっか、あれ最近できたやつなんだ……)

 神様は優雅に見えるくらい立ち居振る舞いが上品なのに、ご飯を食べるときに「いただきます」を言わない。ふしぎに思って瞳さんに聞いたらあれは戦後に広まった習慣らしいと教わった。私が古くからの伝統だと当たり前に信じていることを神様は知らなかったりする。神社のことに関しては特に、きちんと勉強したほうが良さそうだ。

「井戸はどうかわかりませんけど、水道はそのうち引くんだと思います。瞳さんがトイレを水洗にするって言ってたので」

「そうかそうか。八木、よい心配こころくばりじゃ。それとこないだ芽が話しておった『はみれす』が隣にあれば便利じゃろ?」

「ファミレスですね、ファミリーレストラン」

 学校でできた友達に誘われたことを話していた。

 そこにいてもいい権利を料金を払うことで得られるシステムはわかり易くて気が楽なのだけれど、ボタン一つで従業員を呼びつけると聞いて恐ろしくなり断った。たかだか何百円かでそこまでする権利をもらうわけにはいかない。せめて厨房まで料理を取りに行きたい。

「この世のあらゆる食べ物がある桃源郷だそうではないか。八木に言って作らせよ」

「私そんな風に説明してませんけど……。それに参道ならともかく、境内にレストランがあるのってどうなんでしょうか。」

 話しながら「あっ」と気づいた。

「神様、参道ですよ参道。神社も大切ですけど、そこまで通う道が行き来し辛かったら誰も来れません。ここってただの山道ですし」

 良い思い付きだと思ったものの、口に出してから神様に「お前んちやぶの中」と言っているのと同じだと気付いて血の気が引く。現に神様はすまなそうな顔になっていた。

「そうか……。日参する芽に苦労をかけておったのじゃな……。気付かなんだ神様ふがいない」

 おまけに私自身の不満だと思われてしまった。

「違います! 私ならどんな目に遭っても平気なので! たとえここが針山でも神様に会いに来ますよ!」

 必死のフォローが通じた。神様は嬉しそうに笑ってぎゅうぎゅう顔を押し付けてくる。

「そうかそうか! じゃが歩き易いほうがよいのは違いなかろう。ではひとまず本殿と、水道と、はみれすと、参道じゃな。八木は忙しくなるのう」

 まさか瞳さん自身に建てさせるつもりなんだろうか。作業ツナギを着た瞳さんはきっと素敵だけれど、ただでさえ忙しいのにそんな大変なことをさせるわけにはいかない。

「いえ、その大役は私がやります。私にやらせてください」

「う、うむ? 神への奉仕はほまれであろうが、そんなことは八木に任せて、芽は神様と遊んでおればよいのじゃ」

「そんなことになったら気に病んで私が死にます」

 続けて反論すると神様は「ああ」と呟いて悲しそうな顔をした。私に同情するより瞳さんを平気で酷使しようとするのをやめてほしい。

「それに実際神社を建てるのは専門の職人さんで、もう頼まれているはずです。私がするのは来た人に他の工事のお願いをして、あとご飯の差し入れとかになると思います。お金は――」

 瞳さんが所属する団体が支払うのだろう。神社を管理しているらしいから。

 当たり前にそう考えていたところで、ハッとした。

「……神様の神社は私の家――母方の家系に管理責任があるって瞳さん言ってましたよね」

「うむ、そうらしいの。芽と縁があって、神様嬉しい」

 喜んでいる神様を膝から下ろし、後ろへ下がって土下座する。

「すみません!」

「どうした、なんじゃ急に!」

「『神社の工事なかなか始まらない』とか思ってたけど、私が手配しなくちゃいけないことでした。でもどうしよう……私お金払えません!」

 荒れた神社を見つけて隠れ家にしようとした。その時はまだ知らなかったから仕方なでも今は違う。神様に何もしなくていいと言われたのを鵜呑みにして誰かが直すのをぼんやり待っていていい立場じゃなかった。

「お、落ち着くのじゃ芽! 誰もお主にそのようなこと求めぬよ。仮にあるとしたらお主の母親に、じゃ」

「いないんだから責任は私じゃないですか。昼休みに遊んだボールを私にぶつけていなくなれば、片付ける責任が私になるのと同じ理屈です。それが世の中なので」

「お主に仕事を押し付けたりは神様がさせぬ。ええい、とにかく顔を上げよ!」

「嫌です。無理です。申し訳が無さ過ぎます」

 それに額が地面に付く姿勢が久しぶりで、懐かしい感じがして気持ちが落ち着く。

 しかし落ち着いている場合じゃない。

「そうとわかったからには急いで遅れを取り返します。お金は無いから自力でなんとかしないと……ああ、神社を建てるってどうやって……? 使用済みの割り箸なんかに神様を住まわせるわけには……! とりあえず木を、木を切り倒さなければ」

 木材を手に入れる為に立ち上がって歩き出すと、ショックでフラつく足元を神様が支えに来た。泣きべそをかいている。

「わかった。神様もうわかったから芽は何もせずともよい。神様の家は神様が建てるのじゃ。それでよかろう?」

 自分のことは自分で。それはとてもシンプルなルールだ。

「でも私にも責任があることなので」

「手伝いくらいで納得せよ。芽に辛い苦役をいる、悪い神にはなりとうない。頼む!」

 涙目で強く言われ、自分がワガママを言っていることが伝わった。

「でも、神様が建てるって言っても……」

 あの黒い化け物みたいになっていた、思い出すだけで身震いが起きるあの状態なら木を倒すくらい簡単だ。でも今のこの小さな体で何ができるだろう。

「任せておくのじゃ! 神様は神様なのじゃぞ?」

 そう言えば、前に神様が椅子にしていた石が平たく座りやすくなっていたことを思い出す。

(……なんとかなるのかも)

 神様と私の神社再建計画、始まります。

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