瞳さんの通常業務~なんでもひとりですぐやる課~

 さすがに後回しにもしていられなくなり本来の任務に戻った。すなわち暴力による地鎮。時代に会わず人に害を成すようになった神の、行き場を失った力を根本から抹消する。

「荒ぶる神よ下り給え。下らぬならばお浄め致す。神気を宿せし霊符に寄りて、散り給え」

 左右に振った札を地面に貼ると、辺りの靄が少しずつ晴れていく。どうやら済んだようだ。これでもうこの一帯の人に障りをきたすこともない。

 その為に練り上げられた呪いでもなく、元々は人の役に立つ為よう仕組まれた式が暴走しただけというなら早い段階で処置できればこんなものだろう。逆に言えばもう少し後回しにしていれば危なかった。

 あとは入念に辺りを探索して淀んだ神気が無いかを確かめ、異常が無ければ撤収。異常があれば追加で処置。

 同じように危険度の低い任務を幾つもこなし、一度だけ決闘にもつれ込むも無事に払うことができた。そして最後は総庁への報告が待っている。


 だだっ広い部屋の中央で身体を前に折って床板を見つめる。四隅に蝋燭を立てただけでは充分に照らされず、揃えた指の間に伏せていれば完全な暗闇にいるように錯覚する。

 だが孤独ではない。孤独のほうがマシに思えるほどの悪意に囲まれている。

 前回ここを訪れてからの活動を仔細に渡って報告すると、やはり関心は予想していたところに向けられた。

「例の祟り神、『倒した』と申したか。それとも『滅した』と申したか」

 日頃から「生きて戻ったことが不満」と言わんばかりの態度を取る連中だが、今回は違ったようだ。必ず遂行してほしかったらしい。

「……『倒した』と申しました」

「『滅せよ』と命じたはず。例の祟り神、今も例の山に在るそうではないか」

「外法によって蓄えた力を討ち払いました。以後、以前のような危険は無いかと」

「しかし神は在る」

「式はそのままに残っています」

 調べられば発覚することを隠してはおけない。ありのままを打ち明けると、周囲がざわついた。そういう反応になるとわかってはいたが、動揺の内に結論を出されるわけにはいかない。

「この件には一人の子供が関わっております。まつる社を管理する血族の娘で、彼女の助けさえあればあの祟り神は安定を欠きません。加えて、仮に祟り神が力を取り戻しそれで何かが起きるとして、それはあの土地に限られた話。今日明日ということでもなければ事前の対策は充分に可能です。それらを踏まえ、どうぞご一考ください」

 声を張った甲斐もなく、返答はそれ以前に用意されたであろうものから変わらなかった。

「払ってしまえ。殺してしまえ。神も娘もまとめて滅せ」

 板間に正座を組んだ膝より、平伏す姿勢で疼く癒えないあばらより、胸が痛んだ。

 祟り神が力を失っているなら今のうち。その存在を左右する子供がいるなら諸共もろともに。不安要素を残らず排除しようとするならそうなるのはわかる。わかるが、承服できない。

「それは……あまりに……」

「どうした犬。いつも通りに務めを果たせ。これまで何度繰り返したか、今度もヨダレを垂らして神を殺しに行け」

「私が喜んでやっているとでも?」

 昔から大人にも子供にも気味悪がられた忌み子の私にとって神は人より余程近しい存在だった。向こうも神通力持ちは気になるのか神域の近くを歩けば決まってちょっかいをかけられる。稀に危険な目に遭うこともあったが、大体は気を引こうとするだけだ。不自然に花を咲かせ、天候を操り、私に神通力の操り方を教えてくれたのは彼らだ。

 芽ちゃんとあの神様を見ていると当時の自分を思い出す。そのせいで、ここ数日の任務は余計に辛かった。極力淡々とこなすように意識しても気分が良いわけがない。たとえ祟ろうと障ろうと、彼らは私の友達だった。

 それに芽ちゃんはようやく平穏を手に仕掛けているところで、根本的に無関係だ。それを殺せと言う。

「それだけは絶対にできません。殺人は私の任務ですらない」

 こちらが何を返そうと、四方からの声が「殺せ」と木霊こだまする。

 呪詛の唱和だ。耐性の無い並の人間なら数秒で発狂する。私には癪に障る程度だが、この中の誰かが神通力持ちでなくてはこうはならない。私が戻りに合わせて抑え込む手段を用意しようとしたらしい。

(そこまでして……そこまでするのなら……!)

 自分の考える正義と、衝動が一致した。ここにいる連中を皆殺しにしてやろう。

 握り込んだ指の爪が掌に刺さる。その痛みで、正気に返った。思った以上に呪詛が効いていたらしい。

 そもそも、組織に対し一人で挑んで勝てるわけがない。国内に限れば私以上の神通力持ちは片手で数えるほどしかいないが、命がかかっているのに行儀よく同じ土俵で勝負してくれると考えるのは能天気が過ぎる。毒殺。狙撃。私が対応できない手段はいくらでもある。疲れて眠ったらそれでおしまいだ。

 永遠に芽ちゃんやあの神様を守り続ける方法が無い以上、ここにいる彼らを納得させるしかない。長引いても裏で手を回される。ここ数日帰れていなくて、「早く帰りたい」と願う動機がまったく違ってきた。

 芽ちゃんとあの神様を認めさせる方法。たった一つだけ知っている。

(でも、それじゃあの子は……)

 呪詛の声にではなく、自分の考えに追い詰められて脂汗が噴き出た。胃が引き絞られるように痛んで喉が渇く。

 話せば当人はきっと受け入れるだろう。むしろ喜ぶかもしれない。だからこそ言いたくない。

 しかし、結局他に何も思い付かなかった。

「め、芽ちゃんは……あの子は……」

 理屈では助かる道がそれしか無いとわかっていても、心の中で「やめろ」「言うな」と叫ぶ声は理性のような気がする。それほどバカげたことだった。

「あの子は戦力になります」

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