第3話

 それからというもの、ぼくと人魚は頻繁に会話を交わすようになった。

会話の内容は、誰も話す相手がいなかったため他愛ない日常の些末な出来事ばかりだった。それでも、人魚は楽しそうに聞いていた。


 そんなこともあってか、ぼくはすっかり仕事探しをやる気が起きなくなってしまっていた。いくら面接に行っても上手くいかず冷淡な対応をされてしまう。自分を相手にしない現実よりも人魚との会話のほうが楽しかった。


 ちょうど人魚の水槽を家に買って来てから1か月ぐらいが過ぎただろうか。

その頃のぼくは髪もボサボサ、髭も生やし放題になり、外に出掛けるのは買い物に行く時ぐらいになっていた。食事も簡単に済ませ、1日1回の時もあった。頬もこけ、顔も青白くなっていた。まるで何かに取り憑かれたような風貌になっていた。


 それでも目だけは爛々と輝き、1日中風呂場で人魚と会話をしていた。


「もう現実がいやでいやで仕方ない。」


そんなことを、よく口にするようになった。


「・・・もう、こっちへおいでよ」


すると人魚が薄い水色の目を光らせながら、そう言った。


「え?そっちへ行けるの?」


そんなはずあるわけない。


「こっちへおいでよ」


再び人魚はそう言い、両手を広げた。


「本当に?」


ぼくは身を乗り出すと、顔を近づけ、両手を水晶に乗せた。

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