第60話 機嫌の悪い妹

「ふーん……別に、いいよ」

「……不満そうだな」


 家に戻った俺は、明後日のことについて莉音に話した。だが、返ってきたのは何とも素っ気ない反応だった。


「……だって、音無先輩も来るんでしょ?」

「まだ訊いてないから分からないが、来るんじゃないか?」

「前から思ってたけど、どうしてストーカー相手に平然と馴れ合えるの?」

「……俺にも分からん」


 もっともな疑問ではある。

 ほんと、どうしてなんだろう……?


「無理に来なくていいんだぞ」

「行く。あの人とは、そろそろ決着をつけるべきだと思うから」

「何の決着だよ、まったく……」


 妙な敵対心を剥き出しにして、莉音は両手をぷらぷらと振っていた。


「それで、どこに行くの?」

「最近、隣町にできたっていうプールがあるんだってさ」

「プール……か。うん、上手いこと水中に引きずり込んで──」

「それやったら、二度とお前と口利かないからな」

「…………ちっ」


 莉音は冗談なのか、それとも本気なのか判別がつきにくい舌打ちをする。

 どんなに分け隔てなく、誰とでも仲良くなれるような人間であっても、どうしても相容れない相手というのはいる。

 莉音にとっては音無こそが、この世で何があっても相容れない相手なのだろう。


「物騒なこと考えてないで、少しは仲良くしようとは思わないのか」

「あの人は〝敵〟だもん。そんなの絶対に無理なんだからね」

「敵だぁ?」


 そんな大袈裟な……。

 どうやら莉音は、本気で音無を敵として認識しているらしい。

 初めて会った時から、何故か莉音は音無とウマが合わなかったのは確か。しかし、その理由がはっきりしない。

 いや……実兄のストーカーってだけで、十分すぎる理由になるか……?


「それよりお兄ちゃん。さっきらスマホバイブ音が聞こえるよ?」

「ん? ああ、俺か」


 図書館でマナーモード設定にしていたのを、すっかり忘れていた。

 どうやら、さっきから電話が掛かってきていたようだ。


「…………」

「どうかしたのお兄ちゃん? なんだか隠してあったエッチな本が、妹に見つかってしまったような顔してるけど」

「どんな顔だ。あと、俺はエロ本は読まない」

「そうだよね。お兄ちゃんは画像をググって保存しておくタイプだもんね」

「……あの、ひとのPCのなかを見ないでくれるかな? 妹よ……」

「うん、早く消去してね。正直言って、キモいから」

「キモい……きもいか……」


 何故だろう……なんかショック……。

 別にマニアックなものはなかったと思うし、健康的な男性としては、当たり前に持っているようなものなのに……。


「て、それより電話……」


 さっきから鳴りっぱなしの電話に出る。

 相手は──


「もしもし……」

『…………』

「……? もーしもーし?」

『…………ぁ』

「かのちゃん?」

『……も、し……もし?』


 噂のストーカーレディーこと、音無花音。

 あまりにもタイミングが良すぎることについては、敢えて触れないでおく。聞かない方が良いことだって、この世にはたくさん、たくさんあるのだから……。


「かのちゃんも……行く?」

『──ん』


 小さな、とても小さな声が聞こえる。

 あまりにも分かりづらかったが、それでも肯定しているように感じた。


「隣町のプールな。時間はまたあとで連絡するから」

『…………』


 電話口から声が聞こえない。なんだか一人芝居でもしているような気分になる。

 普段から意思疎通するときは、メッセージアプリに頼る音無にしては、頑張った方であるように感じる。

 俺はそのまま「また後で」と念を押して、通話を切り上げた。

 そして何となく莉音に目を向けると……何故かジト目で物言いたげにしていた。


「……どうした?」

「別に……なんか、言葉はいらないって感じでムカついた……なんて、思ってないよ」

「お前ってツンデレ属性まであったのな。それは知らなかった」

「……フン」


 莉音はつまらそうに顔を逸らす。

 不機嫌なのは目に見えて明らかだが、どうすることもできない。

 いつか莉音と音無が、普通に会話ができるようになれば良いな……と、俺は深く嘆息して、そんな希望を胸に抱いた。

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