第61話 莉音・脳内イメージ①

 その

 自室にこもった莉音は自問自答していた。


(……気に入らない)


 思い出すのは先のやりとり。

 別に……兄と出掛けるのは構わない。むしろ、夏休み最後を楽しむのは、当然の帰結とさえ思っている。

 だから、そこは問題ない。


「欲を言えば、二人きりが良かったのに」


 どうせ誘ってくれるなら、自分だけにして欲しかった。

 莉音の不満はそこだけ。

 兄妹水入らずで流れるプール。兄妹水入らずでウォータースライダーなどなど……


(ああ、いいなぁ……それ。海やお祭りも良かったけど、そっちの方が楽しそう)


 いっそ、二人きりになれるように手を打ってしまおうか?


 物騒なことを考え始めた莉音だが、


(そんなことしたらダメですよぉ……!)


 自分とは別の……されど凄く聞き覚えのある制止の声が、頭の中で直接響く。

 そして、莉音と同等くらいに整った顔つきで、黒髪清楚系という言葉がよく似合いそうな悪魔が脳内で現れる。


(む……ただ身動きを封じて、流れるプールに放流するだけじゃない)


 すると、今度は莉音の顔をした天使が、白鳥のような白い羽をはためかせ、黒髪悪魔と対峙するかのように顕現する。


(そんな危ないことしたらダメですよ! もし、陽太くんにバレたらどうするの!?)

(大丈夫。お兄ちゃんはなんだかんで優しいから、きっと許してくれる)

(どこにそんな自信が……ッ!)

(妹のお茶目なイタズラくらい、兄なら許して当然でしょう?)

(さ、流石に無理があると……)

(貴女に何が分かるの? 長年、お兄ちゃんの妹という立場でいた私は、誰よりお兄ちゃんのことを理解してる。邪魔しないで)


 ……何故か天使と悪魔の役割が違う気もするが、莉音は天使の意見にうんうんと力強く頷き肯定する。

 それを見た悪魔は慌てて捲し立てる。


(だ、ダメですよ! あんな天使もどきの言葉に惑わされないで!?)

(失礼な悪魔。そっちこそ、悪魔のくせにいい子ぶってるのはおかしいんじゃない?)

(あなたは本当に天使なんですか!?)


 終始天使に翻弄される悪魔。

 すでに負け戦の様相を呈しているが、それでも天使を説得しようと奮闘する。


(善人ヅラした悪魔は黙ってて。今は、お兄ちゃんとの今年最後の夏休みを、どうすればより良く過ごせるかを考えているの)

(だからって……他の方に迷惑を掛けるなんて……それに、せっかく皆さんから誘って頂いたのに……そんな酷いことをするんですか?)

(……莉音わたしたちの目的のためには、仕方のないことでしょう)

(そうかも知れません。でも……ッ!)


 悪魔は尚を食い下がる。

 天使の──莉音の暴挙を未然に防ぐため、ここで引くわけにはいかないのだ。


(もっと穏便な方法を考えましょう? こっそりと二人きりになる方法なんて、いくらでもある筈です!)

(むぅ……でも、確実じゃないでしょう? 一番確実な方策を取るべき)

(バレたら愛想尽かされる可能性のある、極めて危険な行為です。それは……私たちはの望むことではないでしょう?)

(お兄ちゃんなら、きっと大丈夫……)

(いくら妹でも、暴力系ヒロインはお断りだと思いますよ。だって、陽太くんは清楚系が好みなんですから)

(──ッ!? た、確かに……そうだけど……)


 ようやく天使が悩むそぶりを見せる。

 そこへ、此処ぞとばかりに悪魔が畳み掛ける。


(そうでしょう? 今時、暴力系ヒスヒロインなんて時代遅れなんです! せっかく妹系という、確固たる地位に立っているんですから、そこを全面に押し出さないでどうするんですかッ!

 陽太くんって、妹萌ならところがややありますから、そこをつくんです!)

(っ……確かに、最近になって私を意識しているそぶりがあるけど……)


 それこそ、海での出来事にて。

 陽太は妹である莉音の水着を、興味なさげにしながらも、チラチラと何度も見ていた。

 明らかに意識していた。


(そう──あと一押しです。最後の夏で懐が深く、余裕のある姿を見せつけるんです。

 そうすれば──)

(ゴクッ……落ちる?)


 余計なことをして失望される……なんてことになれば、今までの苦労が全部水の泡。

 それよりも、陽太にトドメとばかりにアタックして、籠絡する方が現実的だ。


(……ふん。悪魔の囁きになんて、耳を傾けるべからず)

(くっ……!)

(──けれど。今回は騙されたと思って乗ってあげる)

(──!)


 悪魔が宝石のような輝く笑顔を浮かべる。

 純真の如き白い後光に、天使は鬱陶しそうに目を細める。

 そこで、莉音の脳内イメージは霧散した。


「はぁ……なんだか、無性に負けた気がするのはどうしてかな……?」


 こうして悪魔の必死な説得の末に、莉音の暴挙は未然に防がれるのであった……。

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