第二章 だから二学期なんて来なきゃいい

第59話 宿題は計画的に

「……ほら、そこの計算も間違えてんぞ」

「え? こうじゃないの?」

「あのな……足し算や引き算より先に、掛け算と割り算をやんのは常識だろうが」

「なあ、陽太。これで大丈夫だよな?」

「………あのな。なんでそこを『I am』って書く? これじゃあ『警察がここに来る頃には私は暗いです』ってなるだろうが。意味わからん」


 夏休みもあと一週間ほどで終わる。

 どうせなら、残りはのんびりと過ごそうかと思っていたのに、何故か図書館でクラスメイトの宿題を見る羽目になっていた。


 因みに紀文が間違えたのは、『警察がここに来る頃には暗くなっています』という言葉を英語にする問題だった。

 答えは『It is dark by the time the police come here.』なのだが、紀文は最初の『It is』を『I am』と間違えたのだ。


「たくっ……なんだって俺が、綾波バカ紀文アホの面倒を見なきゃいけないんだよ……」

多田こいつと一緒にしないでよ。私はたまたま数学が苦手なだけなんだから」

「そうだぞ。綾波は数学、この俺は全教科やってねーんだから一緒にすんな」

「自慢になってねーよ……」


 自ら恥を晒して恥ずかしくないのだろうか、この男は?


「なあ、面倒だし宿題みせて……」

「ざけんな。自分でやんなきゃ意味ねぇーだろうが。真面目にやれ」

「間に合わないってぇ……」

「知らん。つか、初めっから諦めんな」


 昨日の晩。

 綾波からのラインで『宿題を見せてほしい』と連絡があった。そしてほぼ同時刻に、紀文からも同じ文面のラインがきた。

 ……見捨てる気満々だったのたが、暇を持て余していたのもまた事実。よって、『見せる』のではなく『教える』方向で救うことにしたのである。


「綾波は大丈夫そうだが、紀文は何故なにゆえやらんかった?」

「夏休みは遊ぶだろ、普通?」

「ダメ人間の代表みたいな答えだな」

「そうね。私なんて頑張ってバイトしてたわよ」

「……夏コミは?」

「もちろん参戦したわよ。ねえ、見てよこのコス超イケて──」

「その前に宿題片付けろ」


 スマホを片手に興奮した様子の綾波を止め、現実に引き戻してあげた。

 さっさと終わらせて、早く家に帰ってのんびりしたいもんだ。


「そういうアンタはなにしてたのよ?」

「彼女とデート、妹と海水浴だな」

「あー、はいはい。ご馳走さま」

「まだ何も話してないんだが……」

「惚気なんて聞いて、誰が得するってんのよ」

「……ち、リア充死ね」

「定番すぎて、もはや古臭いとさえ思える罵声をどうも」


 と、なんやかんやで時間が経過する。

 紀文はすぐに駄弁って大して進まないが、綾波は数学だけなのでもう終わるだろう。

 お役御免も近い。


「あ、そうだ! どうせなら最後はみんなで遊びに行かない?」

「唐突だな。みんなっていうと……」

「あたしにアンタら、妹ちゃんにストーカーちゃんね」

「…………」


 どうでもいいが……ストーカーちゃん呼びはあんまりなのでは?


「俺は構わないけど……こいつは大丈夫なのか?」

「今さらやっても遅いでしょ。ちゃっちゃと諦めて、遊んだ方がいいわよー?」

「……ッ! そ、そうだよな!」

「お前、俺の今日一日を返せ」


 なに簡単に懐柔されてんだ。紀文はもっと慌てて焦って宿題するべきだ。

 そう思うのは俺だけか?


「で、いつにするよ?」

「明後日なんてどう。明日じゃ流石に急だしね」


 紀文は宿題そっちのけでノリノリだった。

 無論、俺も夏休み最後にみんなで遊ぶことには賛成だが。


「それじゃあ、沢田。妹ちゃんとストーカーちゃんへの連絡よろ〜」

「……可哀想だから、ストーカーちゃんはやめてあげれ」


 被害者が加害者を庇うようで、なんとも言えない微妙な気分になった。

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