第55話 この人痴漢ですっ!!

 割ったスイカを食べる。

 正直に言うと食べづらく、もし次があるなら割らずにしっかり切ってやろうとさえ考えてしまった。


「暇だなぁ」

「暇だねぇ……」


 レジャーシートの上で寝転がり、二人して青い空を見上げる。

 海水浴デートなんてものがあるが、二人きりで遊ぶには限界がある。事実、妹と二人きりで限界を迎えるのは割とすぐだった。


「ビーチバレーは二人じゃつまらんし」

「ドッチボールだって人数必要だもんね」

「…………」

「…………」



 暇だ……。

 なんというか……暇だ………。


「……どうする?」

「私はこのままでもいいよ?」

「そうか……」

「うん」

「…………」

「…………」


 はい、会話終了〜。

 いくら仲が良くても、こうも何もないと会話にすら発展しない。

 気まずい訳ではない。これはこれで、のんびりとした時間が流れて和む。


 だが──暇である事に変わりはない。



「………………」

「………………」

「そういえば」

「んー?」

「今日は夏祭りがあるんだって」

「うん、知ってた」

「そうか。行くか?」

「うん」

「………………」

「……お腹空いた」

「食べに行くか」

「うん」


 いつの間にか、スマホの時計は十二時四十分と表示されていた。

 最低でも一時間は、こうしてだらだらしていたことになる。


 二人で重い腰をあげ、数ある海の家の中で最も繁盛している店に入る。

 待ち時間はおよそ三十分。

 それくらいなら特に苦もなく待つことが出来るに違いない。


「なになに? あの女の子可愛いわねー」

「うわぁ……スタイルいいなぁ……」

「やべぇーな、芸能人か?」

「オレちょっと話し掛けようかなぁ」

「ばっか、おめぇやめとけ。ぜってー相手にされねぇーって!」

「やってみなきゃ、わっかんねーだろ? それによ、あんな冴えないのがいけんならオレの方が全然いいだろうが」

「むっ……確かになぁ」


 ……後半の奴らはなんて失礼な。

 けど確かに、恋人同士だとすれば釣り合ってないとは思う。


「あの程度なら俺でもいけるな」

「だろう? つか、ホントにカレシかよあいつ? 兄貴か弟じゃねーの?」

「ばっかだな。あんな可愛い子の兄弟なら、イケメンに決まってんだろ?」

「そうかぁ? むしろ兄弟の方が冴えねーんじゃねーか?」


 ……正解。実に良い感をしている。

 何度も言うが、俺たちは月とスッポン、雲泥の差であり雪と墨である(泣)。


「よっしゃ。あの子はオレが貰った!」

「おい、いいのかよ?」

「考えてもみろって、あいつよりもオレと付き合った方が良いに決まってんだろ? つか、あの子に運命感じちまったしなオレ」


 勝手なことばかり。

 確かに彼氏じゃないとはいえ、兄である俺の前でよくもそんな口を利くもんだ。

 莉音の恋愛に口を出すつもりはなかったが、流石にあんな軽薄な男はダメだ。


「大変お待たせ致しました! こちらの席へどうぞっ!」


 ──と、不快な声に苛立っている間に席が空いたようだ。


「ふふ、やっと席が空いたね。ねぇねぇ、は何が食べたい?」

「えっ……」

「……? どうしたの? 早く席に行こうよー」

「お、おう……」


 いきなり『陽太君』などと呼ばれて思わずドキッとした。

 しかし、すぐに莉音の狙いが分かり乗っかることができた。


 莉音はしっかり腕を絡め、手はいわゆる恋人繋ぎ状態で密着してくる。

 そして、先程の軽薄な男の席を横切ろうとした所で──。


「やあ、カノジョ可愛いねー? なぁなぁ、こっちで一緒に──」

「私、焼きそばにしようかなー?」

「食べよ……う、ぜ……?」


 まさかのガン無視。

 見事なまでに視線すら合わせずに素通りして、男は面食らったように放心した。


「ちょ……ちょい待ちそこの君っ!」

「ん……?」


 されど男は諦めず、再び接触を図ろうと声を荒げた。

 ──が、莉音は一瞬だけ男に目線を合わせてキョロキョロと辺りを見渡し、再び男の目を向けて首傾げ、俺を引っ張るように案内された席へ向かおうとした。


「ちょっと待てって! なんだその『この人は、一体誰に声を掛けてるんだろう』的な反応は!? 君だよ君っ!」

「……? すみませーん、この人お友達を探してるみたいですよー。早く行ってあげた方がいいですよー」

「ち・が・うわっ! いいから、こっちへ来いって言ってんだろ!!」

「きゃああああ!! 痴漢! この人痴漢ですっ!! 痴漢が出ましたッ!!」

「なっ────」


 自分をバカにしたような態度をとられた男は激高して、莉音に摑みかかろうとした。

 そこへ追い討ちを掛けるように『この人痴漢』宣言に、男は伸ばし掛けた手を止めてオロオロと慌てて始めた。


「ち、違うぞ! まだ触ってねー!!」

「『まだ』っ!? 皆さん聞きましたか! この人、やっぱり私に許可なく触ろうとした痴漢未遂犯みたいです!」

「だっ……だから、違ッ……」


 莉音が声を荒げ、店のお客は一瞬でゴミでも見るような冷たい目に変わる。

 そして『サイッテー』や『信じらんない』などの声が聞こえ始める。


「お、おい逃げなきゃ……」


 危機感を感じた男の友人は、ビクビクとしながらも男を連れ出そうと腕を引く。


「チッ……覚えてろクソ女ッ!!」

「──って、お客さんお会計ぇーーっ!」


 チンピラみたいな捨て台詞を残し、男たちはそそくさと退散した。

 それはいい、が──。


「やり過ぎた莉音……」

「だってぇー、おにい………じゃない彼氏をバカにしたんだよ? あーんな蛆虫程度の存在がだよ?」

「だから言い過ぎだって……!?」


 確かに軽薄な男たちだったが、流石に少し可哀想に思えた。

 そして兄貴、役立たず……(泣)。


 ……後日。彼らは他の女性を執拗にナンパして訴えられ、結局は警察のお世話になったそうだ。

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