第54話 兄妹は海水浴へ向かう 莉音side
お兄ちゃんと二人きりの旅行。
旅行は大袈裟かも知れないけど、お泊りするんだから良いよね?
元々の計画では、お父さんとお母さんも行く筈だった……なんて、それは真っ赤な嘘。
このプチ旅行は初めから、私とお兄ちゃんの二人きりで行くことは決まっていた。
そもそもいい歳した夫婦が、海水浴なんて行くと思っているの?
……行くこともある。でも、干からびかけた肌を衆目に晒す行為はしたくない。
そうでしょう?
両親は仕事──嘘、本当は家にいる。
行けなくなった──嘘、行かないだけ。
わざわざ兄妹で一泊する理由は、お母さんがお父さんとの時間を欲したから。私たちが生まれたその日から、夫婦水入らずで一日中過ごす時間はなかった。
要はお母さんが欲求不満だった。
私はお兄ちゃんと二人きりでプチ旅行がしたかった。お母さんは夫婦だけで過ごしたいと願っていた。
利害一致。
こうして私が、お兄ちゃんを外へと連れ出すことになった。
まぁ流石のお母さんも、私がお兄ちゃんと『恋人』になって後々は『夫婦』になろうとしているなんて思ってもみないだろう。
ともあれ、そういう事情ならお兄ちゃんにまで秘密にする必要はない。──と思うかも知れないけど、寧ろ秘密にしておかなくてはいけなかった。
このプチ旅行を確実なものとするため。
お兄ちゃんが話していた通り、私たち学生は金銭的余裕があるとは言えない。
事情を話した場合、それぞれが友達の家でお世話になれば良いと考え至る可能性だって充分にある。
学生の金銭面を考えれば、無理に旅行なんてする必要はどこにもない。
そのため、前もってホテルの予約などの準備を確実に済ませてしまう必要がある。最終的にバレることになっても、キャンセル料が発生する日まで隠し通せば良い。
行っても行かなくてもホテル代が取られるなら、行った方が損はないと考える。
そして未成年だけの旅行に金銭的リスクを感じさせるのなら、家族旅行という定で話を進めれば良い。
これが事の真相。お兄ちゃんが未だに知らない旅行の裏事情。
(ふふ、えへへ……おにいちゃん、お兄ちゃん………大好きだよぉ)
一泊二日。
自宅では両親がいるため、あまり大きな動きはできない。しかし、二人きりの旅行なら互いに開放的な気分になり、ちょっと大胆なことすら気にせずできる。
兄と妹の壁を取り払うことを考えれば、いつかは実行したいイベントだった。
開放感。
固定化された日常から解き放たれ、通常なら超恥ずかしい行為すら甘いスパイスになる。その証拠に、普段じゃ言わないような台詞がお兄ちゃんの口から飛び出した。
(可愛いって言われちゃったよぉぉ……。お兄ちゃんが好きそうな水着も買っておいて良かったぁ……♪)
私の水着姿に興味がないのかと思って、寂しさ悲しみを感じていた。でも、少しだけ赤面しながらも褒めてくれた。可愛い。
その後にあんなことまで……。
(あう………お、思い出しただけで頰が緩んじゃうよ……。変な顔になってない……?)
嬉し恥ずかしいことを言われて、すぐに返事ができなかった。らしくもなく黙り込んで、不審に思われていないかな?
それに──。
(お嫁さん、お嫁さんお嫁さん……♪ 私がお兄ちゃんのお嫁さんかぁ……)
もちろんその場限りの言葉であることは分かっているが、お兄ちゃんの口からそんなことを言われて嬉しくない訳がない!
(まだ言葉には出さないけど……私も、お兄ちゃんのお嫁さんになりたいんだよ? だから……早く、私のこと好きになって?)
愛したい、愛されたい。
お兄ちゃんだけを愛したい、お兄ちゃんだけに愛されたい。束縛して、私無しじゃ生きていけないようにしたい……。
(うっ……あ、ぶない……。ちょっとダークサイドに行きそうだった………)
危険な思考を中断して、今度は日焼け止めを塗ってもらおう。
レジャーシートの上に寝そべり、甘えたような目をお兄ちゃんへ向ける。さっきの事があって、互いにどこかぎこちない。
でも──。
「ねぇ……塗って?」
私たちのプチ旅行は始まったばかり。
このたった二日で、お兄ちゃんとの関係を更に進めてみせる。いつもと違う日常の中でなら、きっと大丈夫……だよね?
◆◇◆◇◆
ぎこちない手付きで、それでも満遍なく日焼け止めを塗ってくれたお兄ちゃん。
本当なら前も塗って欲しかった。緊張しながらも、頬赤くして欲望を抑えようと必死な姿を見てみたかった。
でも仕方ない。
ここはプライベートビーチという訳ではないから、
だから──。
(まぁ、前は添い遂げてからでいいかな?)
いつの間にか日焼け止めが塗り終わり、私は水着を着直した。
そして十分程ゆっくりお兄ちゃんと会話して、持参したタオルを取り出す。
「はい、お兄ちゃん。目隠しするね♪」
「ちゃんと支持してくれよ」
「分かってるよ。心配しなくても嘘は言わないよ?」
「…………本当だろうな?」
「だから大丈夫だって! 私がお兄ちゃんに嘘ついたことってあった?」
「何度もあるだろうが」
ふふ、確かにそうかもね。
もっとも、それもお兄ちゃんと添い遂げるために必要な嘘。許してね?
「第一回スイカ割りを開催しまーす!」
「……つか、二人だけでやるのって変じゃないか?」
「気にしない、気にしなーい♪」
少し離れた所に正方形のシートを敷き、その上にスイカを置く。後はお兄ちゃんに指示を出して、そこへ誘導すれば良い。
でも、あくまでスイカ割りはついでだ。
「さ、お兄ちゃん。スイカは準備したよ」
「おう。じゃあ誘導を……」
「慌てないで。その前にまだやる事があるんだよ?」
「ん? 他に何がある──んんッッ!?」
ゆっくりとお兄ちゃんの背後へ回って、そのまま勢いよく抱き締める。
真っ暗な視界の中、不意打ち気味に背後から抱き締められたお兄ちゃんは、驚きのあまり変な奇声を上げる。
「な、なななに? 莉音か?」
「それ以外ないでしょ?」
「……で、この状況は?」
思ったよりも冷静さを取り戻すのが早い。
二分くらいの間は慌てふためくと思っていたけど、計算違いだったみたい。
「今からお兄ちゃんの平衡感覚を奪うね」
「なんで!?」
「ただ支持するだけなんてつまらないもん。だ・か・ら、これからお兄ちゃんを回転させたげるね♪」
「えぇー……」
もちろん、そんな事が目的ではない。
寧ろ今、この状況こそが私の主なる目的。
「んっ……」
「────ッ!?」
お兄ちゃんの反応が変わった。
注意深く見なくても、お兄ちゃんが別の意味で緊張したことは簡単に分かる。
「お、おい莉音……っ」
「なーにぃ? どうかしたの?」
「お前、俺の背中に密着してるん……だよな?」
「それがどうかしたの?」
分かってる。
女の証とも呼べる膨らみを感じて……妹だと分かっているけど気になっている。視覚を奪われたことで、触覚が敏感に反応して余計に感じ易くなっていること。
(ドキドキするんだよね? 妹の胸を感じて嬉しいんだよね?)
もちろんわざと当てている。
夏の定番であるスイカ割りは、視覚を奪う上で最も正当な理由となる遊び。そこを利用すればこんな事だってできる。
「お兄ちゃん、やっぱり少し痩せたよね?」
「んぐ……な、んだよ急に? ──って、こら触んな!」
「うーん、やっぱり筋肉はそこそこあるよね。ちゃーんと運動の効果があるみたいだね」
こうして合法的にイタズラできる。
悪戯といっても、ただ背中やお腹周りをちょっと触るくらいのもの。
「いっ……や、やめろって言ってんだろ。ひぅっ……くすぐったいから、やめっ」
「いいではないかー、いいではないかー♪」
「良くねーよ!」
こういう時でもないと、お兄ちゃんの体を弄ることなんて出来ない。こんな貴重な時間を逃す訳がない!
(その代わり、私の胸の感触をたくさん味わっていいからね? どさくさに紛れて揉んだって文句は言わないよ?)
口には絶対にしない。
けれど本心が届けば良いなと、思い続ける事だけはできる。
………きっと伝わらないだろうけど。
「ちょ、お前胸が当たって──ッ」
「うーん? ああ、ホントだぁ……。別にお兄ちゃん相手だから気にしないよ?」
「って、本当にやめろよな! というスイカ割りするんじゃないの!?」
「ん……そう、だね。そろそろやめて、回転しよっか♪」
「え゛っ、ちょっとま──」
「いっくよーっ!」
抵抗力が低いうちに、無理矢理お兄ちゃんをぐるぐると回転させる。名残惜しいけれど、あまり長いとこっちの方こそ我慢出来なくなりそうだった。
何度も体を回転させて、その度に視界がぐるぐると激しく回り──。
(あ、れ……? 私も目が回って……)
お兄ちゃんを抱き締めたまま回転させるには、自分も一緒に回らなくてはならない。
それなのに──そこに気付いたのは回転が終わって、二人仲良く転ぶ時だった……。
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