第56話 騒動その後

 莉音が海の家で騒動を起こした所為もあって、出来ればすぐに退散したかった。

 しかし、すでに席へ案内されてしまったため逃げるに逃げられなかった。


「………お前のせいだぞ」

「ソースが良く効いてて美味しいよ、お兄ちゃん」

「話を逸らすな。全く……ムカついたの分かるけどやり過ぎ」

「海の家はやっぱり焼きそばに限るね」

「────っ、あのなぁ……」



 聞く耳持たぬとはこういうのを言うのか。

 莉音は俺のジト目に気付いているのに無視して、店内の好奇な視線にもガン無視。


 清々しいくらい気にしていない。


「ほらお兄ちゃんも食べなよ。せっかくの焼きそばが冷めちゃうよ?」



 しかも「お兄ちゃん」に戻っている……。

 さっきの恋人設定すら、とっくの昔に忘れてしまったかのようだ。


「はあぁぁぁ…………」

「幸せ、逃げちゃうよ?」

「誰のせいだ」

「蛆虫ども」

「あいつらも大概だったが、殆ど原因作ったのお前だからな?」


 知ーらない、と莉音はつまらなさそうに顔を逸らす。

 正直バカバカしくなり飽きれてしまった。


「今後は変なことするなよ」

「………変じゃないもん」


 急にしおらしくなる莉音。

 小声でぶつぶつと何かを呟くが、俺の耳には全く届かない。



 莉音の言う通り、せっかく買った焼きそばが冷めてしまうのは忍びない。

 俺は割り箸を手に取り、ようやく焼きそばを口に運ぶ。


「お、確かに美味いな」


 薄過ぎず、かと言って濃過ぎない味付けのソースが非常に絶妙だった。

 この店の自家製なのだろうが、もし良ければ作り方を教えてほしいとさえ思える。


「莉音、飲み物は良かったのか?」

「えっ……あ、あぁ………どうしよう?」

「……? どうした?」

「ううん、ちょっと考え事してたの。気にしなくて良いよ」

「あっそ。それで飲み物は注文するか?」

「ラムネ!」

「はいはい」



 店員に追加で注文して、その間に焼きそばを掻き込むように食べ進める。

 莉音は味わって食べているが、その割にはペースが早い。


「お兄ちゃんそんなに慌てて食べたら喉詰まっちゃうよ?」

「平気へいき。適度に水も飲んでるからな」

「………そんなに、気に入ったの?」

「なんでそう睨む?」



 何が気に入らないのか、莉音は急に不機嫌になってしまう。


「今度私が作ってあげる……」

「やめて、お願いだからやめて」

「〜〜〜〜ッッ、どうせ私は料理なんて出来ないですよーっだ!」

「拗ねんな拗ねんな。誰にだって得て不得手ってもんがあるだろ?」


 完璧超人と思われがちの莉音たが、意外にも料理の腕は壊滅的にダメだ。

 母さんに教わっているにも関わらず、上達する兆しが全く見えてこない。


「見た目はいいもん」

「そうなんだよなー……、なんで見た目は完璧なのに味があんな………」

「う、うるさい! バカにしてるけど、いつか見返してやるんだからねっ!」

「へぇー………」


 正直言うと信用できない。

 何故なら……何度も酷い目にあってきた経験があるからだ。


 そこから察するに、莉音は料理との相性は極めて最悪だということが分かる。

 母さんが隣で見て、調味料なんかを全て確認しながら挑戦したというのにあんな……。


「待っててお兄ちゃん。ここの焼きそばより上品なもの作るから」

「期待しないでおくよ」



 お湯入れて三分でできる即席カップ焼きそばの方が、よっぽど安全で良いだろうな。

 こうして、今度は俺が目を逸らした。

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