第49話 新たな計画

 音無先輩と引き分けてからは、五人で色々なゲームで遊んで盛り上がった。一年生では私が一人だけだったけど、お兄ちゃんが一緒だったから苦ではなかった。


 綾波千尋と多田紀文。

 この二人は、初めてまともに会話する相手である私に優しく接してくれた。綾波先輩は、おかしな事ばかり話すし、多田先輩はツッコミ役として共鳴しているように感じる。

 案外この二人はお似合いでは? と思ったけど、余計なことを口にはしない。


 音無花音。

 相変わらずストーカー紛いの行為はするようだし、人見知りを理由にお兄ちゃんの側を離れない所が気にくわない。

 敵意はないけど、あわよくばお兄ちゃんのナニかを盗ろうと考えてるに違いない。

 要注意人物として間違いはない。


「ねぇ、莉音ちゃんは普段どんな事して遊んでるんだい?」

「あ、そうですね……。よく同級生のお友達の家に遊びに行くことがありますね」


 嘘だ。

 本当は『麗菜』になって、お兄ちゃんとデート三昧の日々を過ごしている。もしくは『莉音』のまま、お兄ちゃんと遊びに出掛けているか、家でお兄ちゃんと過ごすだけだ。


 多田先輩は言い寄ってくるかと思った。

 盗聴器越しで聞いた言葉とは違い、『陽太の妹』として見ているようだった。基本は綾波先輩と会話して、思い出したように話題を振ってくることが度々あった。


「へー、じゃあさ! 今度私ん家に遊びに来ない沢田妹ちゃん」

「おいおい、綾波はダメだろ」

「はぁ? なーに言ってんのよ。まさか、私が妹ちゃんに良からぬことをするとでも?」

「「思ってる」」

「兄貴まで言うか!」


 友達同士のじゃれ合い。

 お兄ちゃんと特別仲が良いこの二人は、警戒レベルを落としても良いかもしれない。今の関係が大事で、それ以上を求めていないことが私にも分かる。


 ただ、綾波千尋。

 こいつとお兄ちゃんが図書委員会で、二人きりになる機会は多いから、そこだけは引き続き警戒しよう。


(前に一回だけ、変な空気になった事もあるからね……。まだ、油断はできない)


 綾波千尋の方こそ、友達という関係を崩したくないような素振りは多い。多田紀文も、今が心地良く感じているように見える。

 それを崩す必要は果たしてあるか?


(今はまだ、静観しよう……。お兄ちゃんを狙うような事があれば、容赦はしないけど)


「ねぇ良いでしょう? 絶ッッッッ対に後悔させないから、ね?」

「莉音、絶対に行くなよ? 帰ってこれなくなるかもしれん」

「えーと、分かりました。兄さんがそう言うなら、そうします」

「ええー……なんでぇ……?」


 そもそも行きたくはない。

 お兄ちゃんと過ごす時間を割いて、一体なんの得があるというのか?

 夏休みという大型連休も間近に迫った今、よりお兄ちゃんと親密になる方法を模索して、それを実行に移す。『麗菜』を使って、普段とは違うお兄ちゃんを感じるのも良い。


(もしかしたら……)


 どっと不安が押し寄せる。

 夏休みに入れば、デートする回数も増えるかもしれない。それは喜ばしい事だけど、その結果『麗菜』とお兄ちゃんが……。


(……だめ。もし、そういう雰囲気になってしまったら、その時は……)


 片手間にゲームをしながら、夏休みの計画を整理する。

 音無先輩との対戦を見ていた二人は、私に挑み掛かる事はなかった。そしていつの間にか、カラオケに行く流れになっている。


「音無さんも来る? きっと楽しいよ?」

「……っ」

「こらこら、そんなに接近するな。怯えちまうだろ?」

「その割には……やっぱり陽太には懐いてるんだな」

「いいないいな。私にも触らせて、もふもふさせて、舐めさせてぇぇー」

「〜〜〜〜っ」


 妖艶な笑みを浮かべた綾波先輩を前に、音無先輩は後退る。

 こんなヤバい人の家になんて、絶対に行きたくない。


「だからやめろって! お前のノリについて行けんのは限られた奴だけなんだから!」

「そんなことないってー。失礼しちゃう」

「思考回路はおっさんみた──」


 多田先輩が何かを言い終える前に、その体が宙を飛び落下した。


「痛ってぇ……な、何しやがる!?」

「女の子に向かってのその暴言。許すまじ」

「だからって蹴り飛ばすか!? なんの予備動作もなく、いきなり!?」

「デリカシーのない発言をする男には、それくらいの罰は当然よー」

「なーにがデリカシーのないだ。普段ならお前の方が足りてねぇーだろうが」

「はぁ? やんの? ねぇ、やっちゃう?」

「──いてぇいてぇ! せめて言ってからやって!?」


 二人は仲良く喧嘩している。


「もう付き合えば良いのに……」

「あ、はは……そう、ですよね?」

「うん……お似合い……」


 きっと良いカップルになれる。

 身近にこんな気の合う相手がいるのに、どうして両方とも気付かないのか。それとも気付いてはいるけど、認めたくない?


(これって……もしかして利用できる?)


 ふと、頭をよぎった。

 この二人が付き合えば、少なくとも綾波千尋という脅威が消えるのでは?


(どうやらお兄ちゃんも、二人はお似合いだって思ってる……。協力して、この二人をくっ付けるのもあり?)


 そうすれば、合法的にお兄ちゃんと行動を共にする事だって出来る。


(そう……だよね? 良いかも……)


 懸念材料が一つ減る。

 お兄ちゃんとの時間は増える!


(あ、もう夏休みだから無理だ……)


 残念ながら、二学期が始まるまで保留する事になった。

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