第34話 約束の放課後デート
それから数分走っていると、見覚えのある背中が迫って来ていた。
別に速度を上げたつもりはない。という事は莉音が速度を下げたという事になる。
(莉音にしてはバテるのが早い気がするんだけどな……)
マラソンが始まって約二十分が経過したが、莉音がバテるとは考え辛い。
という事は──。
(寂しくて俺のいる位置まで下がったな……。やっぱりあいつ……)
声に出すつもりはなかったが……思わず、そしてうっかり口を滑らせた。
「友達……いないんじゃね?」
「む、失礼だよ兄さん。友達くらいいるもん」
「……ほんと?」
「これでもモテるって言ったじゃん! それは男女問わず、そして愚兄よりたくさんいるからね!」
莉音が俺以外と行動を共にする姿は見たことがない。十年以上兄妹やっているのに、それっぽい相手を一人として知らない。
男はともかく、女友達は普通にいるとは思うが、それすら見た事も聞いた事もない。
実はぼっちなのでは? と思った事も何度かあるくらいだ。
(それなら友達探して走れば良かったんじゃないか?)
わざわざ俺の所まで戻らなくても、途中でいくらでもいたと思う。
どんなに早くても、高校生の足では一時間以上は確実に掛かる距離を走っている。だからこそ、部活に励んでいたとしてもバテる同級生は何人もいるだろう。
(そもそも……なんでこいつは、俺が後方にいると分かったんだ?)
これも莉音が持つ『ス妹ター』などと言う、ふざけたモノによるものか……。
……ないわ。
「で、なんで速度落とした?」
「気のせいだよ」
「兄恋しさか?」
「はァ? やっぱり兄さんって、自意識過剰だよねぇ……。言ってて恥ずか──」
「俺は素直な莉音が好きだなぁ」
「うん♪ 寂しくてお兄ちゃんに会いに来たの。だから途中まで一緒しよ?」
ちょろい。こう見えてブラコンな莉音は、猫被りだけど素直な妹だ。
めっちゃ幸せそうで何よりだ。
「お兄ちゃん。今日は帰る前にデートしよ?」
「……唐突になんだ?」
「放課後デート。お兄ちゃんやってみたいんでしょう?」
「え、まぁ……」
「ならそうしよう? これはもう決定事項だからね!」
はにかむ笑顔を見せられては、断る選択肢が自然に消滅しそうになる。
ただ……。
(あれ? 莉音にそんな話したっけ?)
過去を振り返ってみても、莉音にそんな恥ずかしいことを話した覚えがなかった。
無意識に言葉に出た可能性はあるが、それでも誰かいる前で『放課後デートしてみたい』などと言う筈もない。
(まぁ、莉音だからなぁ……)
莉音に見透かされるのは一度や二度じゃない。隠し事をしてもすぐに白日の元に晒されるので、今さら気にはしない。
本人は『お兄ちゃんの事はお兄ちゃん以上に知っている』そうだ。
この万能な妹様には、兄の心中を察する事くらい朝飯前なのだろう。
「いや、なんで莉音と放課後デートしなきゃいけないんだよ?」
だからと言って、デートするかは別問題だが……。
「だって、麗菜さんとは出来ないでしょ?」
「そうだな」
「仮に将来進学しても、同じ学校に通うかは未定でしょ?」
「まぁな」
「つまり生涯放課後デート出来ない可能性があるでしょ?」
「ちょっと大袈裟じゃないか……」
「つまり今しかチャンスはないよ?」
「だから?」
「恋人以外でそれが許されるのは、妹だけなんだよ?」
「…………」
そこまで断言されると納得しそうになる。
麗菜からも、恋人がいる身で他の女と親密になるのはおかしいと言われている。それには同意するし、俺自身も二股などするつもりは毛頭ない。
(そういえば……麗菜が言ってたな……)
家族はノーカン。
例え他の女と言えど、家族ならば例外であると発言していたのを思い出す。
今もなお走っているにも関わらず、こうして莉音と言葉を交わして、切れた息を整えてから考える。
確かに俺が、或いは麗菜が進学したとしても同じ学校に通えるかは分からない。それぞれやりたい事があれば、その専門の学校に進むだろうし、地元で就職する可能性だって十分ありうる。
将来的に結婚する選択もあるだろうが、それを判断するにはまだまだ早い。まだ高校生の俺たちは、大人になり切れない子供に過ぎないのだから、そんな人生で重要な選択を軽々しく決める事はできない。
話は少し逸れたが、実際麗菜は他校に通っており気軽に会いに行ける距離ではないため、放課後デートは事実上不可能だ。
時間を気にしなければ問題はなさそうだが、残念ながら麗菜は寮生活をしており、門限が決められている。
それを踏まえて考えると、確かに放課後デートは生涯出来ない可能性大である。
(大袈裟に言ってはいるが……一理ある)
だからといって、学生時代の思い出に実妹と初・放課後デートは如何なものか……。
一緒に出掛けるのが嫌と言うことではないが、何か腑に落ちないものがある。こればかりは気持ちの問題だ。
「ねぇ、お兄ちゃん。妹とのデートは、そんなにおかしな事かな?」
「そりゃまぁ……だって、兄妹で出掛ける事をデートって言えるのか?」
「言えるよ。デートって言うのは、男女が楽しく遊ぶ事をそう呼んでるだけだもん。だから、血の繋がりは関係ない」
理屈の上ではそうかもしれない。
デートは恋人同士でという決まりはない。莉音の言う通り、あくまで男女が遊ぶ時にそう呼ばれているだけに過ぎない。
そこに血縁は関係ない。いや、最近の世の中なら異性も同性も関係なくなっている。
(そんなに深く考えなくても良いのか……)
デートの概念なんて曖昧で、本人達が『これはデートである』と判断するだけでいい。
そこに異性も同性も、他人も肉親もない。
「けどお前はいいのか?」
「え? なにが?」
「いやその……俺が初デートの相手で」
「…………」
暫し間の抜けた顔で放心した莉音だったが、すぐに悪戯した時のように笑う。
「ぶふっ……。そんなこと気にしてるだぁ……お兄ちゃんって、やっぱりヘタレな純情ちゃんだね♪」
「は、はぁ?」
「そんなこと気にしてないよーだ。デートなんて、初キスや初エッチに比べれば全ッ然、大したことないよ。大切にとって置くものじゃ全然ないのに、そんなつまんないこと気にするなんて……お兄ちゃん初心過ぎだよ♪」
「……悪かったな」
確かにデートは、この先何度だって経験する日常の一部に過ぎない。誰が相手であろうと、それそのもは特に大切に扱う必要はないのかもしれない。
しかしあっちから言ってきたとはいえ、初デートの相手が実の兄で本当に良いのか、それだけは確認したかった。
しかし全く気にしていない様子に、俺は何故かとてつもなく安堵した。
「それに……本当は、私がお兄ちゃんと…………かったから」
「えっ?」
「お兄ちゃんの……は譲ってやっ……だから、これ以上…………ない」
「莉音?」
急に顔を伏せ、何事かぶつぶつと独り言を始める莉音は、どこか異様に見えた。
表情こそ窺えないが、その姿はいつもの莉音とは異なり……とても怖かった。
「おい……莉音?」
「あっ……なーにお兄ちゃん?」
「……っ」
少し声を大にして呼ぶと、まるで何事もなかったような眩しい笑顔で顔を上げた。
そして放心した俺を見て疑問符を浮かべ、可愛らしく小首を傾げる姿も、いつもと何も変わらない莉音の姿だった。
「いや……なんでもない」
「……? 変なお兄ちゃん。それよりも、デートは約束だからね! もし来なかったら、お兄ちゃんの恥ずかしい写真を、麗菜さんに送り付けるから」
「おいおい……」
やはり気のせいだったのか、莉音は嫌らしくニヤリと微笑んでみせた。
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