第33話 マラソン大会

 数日後、ついに全学年合同によるマラソン大会が始まった。男子は十kmで女子は七kmのコースを走る事になる。

 当然この日の授業はない。大会終了後は結果発表後に下校する事になっている。

 そして優勝賞金……なんて言うものない!


「はぁ……」

「メンドー……」

「こんな行事やんなよ」

「かったりぃぃ……」


 故にモチベーションが上がる事もない……。

 特に文化系の部活動生はやる気が皆無であり、運動部はまだ気力を保っている。

 スタートすらしてないが……。


「あー……だるぅぅ……」

「だるだるぅぅぅぅ……」

「綾波はともかく……陽太までそんなかよ」

「多田っちはサッカー部だもんねー……。走るのって……そんなに楽しい?」

「なんで哀れみの視線!?」

「違う違う。紀文は丸い物を追い掛けるのが好きなだけだ」

「あ、そっか。たまに巨乳美人を追い掛けてた理由はそれで……」

「確かに巨乳は好きだが、そんな目的でサッカーしてないからな!」


 無駄話で気持ちを保ちつつ、数分後には二列で待機するように指示があった。流石に駄弁ってる訳にもいかない。

 開会式はグラウンドで行われ、既に各学年クラスは男女二列で壇上前に並んでいる。喧騒は大きくなっているが、それも校長が壇上に上がった事で収まった。


「──という事で、今年も快晴で素晴らしいマラソン日和であり……」


 定番の校長による挨拶は、本当のほんとうに長くて対して聞く気になれない。

 単純に要約すると『今年もマラソン日和だから怪我なく頑張れよー』など、そんな感じなんだろう。


(それにしても本当になが──)

「栞っ!?」


 校長の挨拶で静まり返っていた所に、甲高い声で名前を呼ぶ声が聞こえた。

 そちらを振り向くと、一人の女子生徒が具合悪そうに倒れ込み、それを支える女友達らしき生徒がいた。


(あー、また隣のクラスの栞ちゃんか……)


 たが、これも恒例行事と言える。

 隣のクラスの栞はこのような場でよく失神する事で知られている。今回のようなな開会式であったり、夏季休業前の全校集会の場などでも、毎回失神するのだ。

 活発でクラスのムードメーカーのような存在らしいが、長時間(十分くらい)黙って立ったまま話を聞くと失神する。

 だから大抵、校長の挨拶でいつもこのようになってしまう……。


「またなの栞! ちょっ……せ、先生! 栞がまた失神して……」

「さ、咲ちゃん……」

 そして介抱するのが親友の咲ちゃん。


「またか……」

「咲ちゃんも大変だよね……」


 今回も話の腰を折られた校長は微妙な表情で、栞の担任も慣れたもんで、既に保健室を用意していたようだった。


「……ええ。では、これよりマラソン大会の開会を宣言します」


 始まる前に棄権した者もいたが、取り敢えず大会は普通に行われることとなった。

 生徒全員はまず、グラウンドから校門を抜けてそこから歩道を走る事になる。


「はい、よーい……スタート!」


 そして一斉に走り出した。

 グラウンドを駆け抜け校門を抜け、後は自分のペースで走り続ける。

 紀文と綾波の姿は近くにない。俺より前にいるのか、それとも後ろにいるのかは分からないが、一人だけで走るのはやはり寂しさがある。


(莉音……も、いないなぁ……)


 普段は莉音と走っているため、半ば反射的に莉音を探してしまう。けれど残念? ながら莉音すらも近くにはいないようだった。

 そしていつもストーキングをしている音無も、今回ばかりは見失ったようだ。


(さっきまで真後ろにいたからな……)


 大会だろうと関係なく、俺の後ろをついて走ろうとしたようだったが、人の波に阻まれて気付けばいなかった……そんな所だろう。

 珍しく完全に独りぼっちである。


 ◆◇◆◇◆


 全学年が一気に走り抜けるため、目的の人物を探すのは非常に難しい。


(お兄ちゃんは後ろの方かな?)


 根拠はないけど、妹の勘が正しければ恐らく後ろの方で走っている。いつもは隣にいるから、やっぱり寂しさが募るのが分かる。

 出来れば合流して、いつものように二人で走りたい。途中までしか一緒にいられないけれど、それでも貴重な時間を大切にしたい。

 何しろ学年が違うから、一緒に授業を受けることが出来ない。


(双子で生まれたかったなぁ……)


 どうしてお母さんは、私達を別々に産んでしまったのだろうか。どうして同じ日に身籠ってくれなかったのか……。

 考えても仕方ない事は分かっているけれど、どうせなら双子にして欲しかった。


(うーん……飛び級って出来ないよね?)


 よく漫画の世界では当たり前に採用されているが、現実ではそんな事はあり得ない。

 どんなに成績が優秀であっても、年齢には太刀打ち出来ない。


(はぁぁ、お兄ちゃんと一緒に授業受けたいよぉぉ……。お兄ちゃんと一緒に何でもしたいなぁぁ……)


 叶わぬ願いと知りつつも、そう思わずにはいられない。だからせめて、学年合同であるこの行事でだけは一緒にいたい。

 それと懸念もある。


(また……あの女が一緒なのかな? 嫌だよ……私以外が一緒にいるなんて……ッ)


 いつも体育の時は、綾波千尋あいつと一緒に走っていると聞いている。その時は男友達の多田とか言うのも一緒らしいから、そこはまだ許せる。

 同じ授業には出られないのだから、諦めるしかないのは分かっている。それでイラついていては身が持たない。

 けれど今回のような場合は話が別だ。


(学年が違うだけで、一緒にいられない私を差し置いて、こんな時までそのポジションを盗られるなんて……絶対に嫌ッ!)


 それに音無花音の事もある。

 お兄ちゃんを好きと言っていたけれど、付き合うつもりはなかった。


(お兄ちゃんに『麗菜』をあてた目的の一つはちゃんと機能してた。それはいい……)


 彼女持ちの相手とわざわざ付き合おうとする女はそうはいない。だから敢えて、お兄ちゃんには『麗菜』という抑止力を付けた。

 彼女がいる身で、他の女と付き合う事はないし、逆に彼女持ちの男に近付く女もいる筈がない。狙い通りだった……。


(確かに音無先輩も付き合おうとはしなかったけど、別の目的が何かあるみたい……)


 そうじゃなきゃ、好きなのに付き合えない相手に固執する事はない。

 その辺の調査はした方がいい。


(はぁ……でも、今はお兄ちゃんと一緒にいたいなぁ……)


 調査はいつでも出来るけど、お兄ちゃんと一緒の大会は来年が最後だ。


(お兄ちゃん……何処にいるの?)


 振り返ってもそこにはいない。

 けれど恐らくは後ろを走っていると、何となくそう思える。


(うん、速度を落とそう。そしてお兄ちゃんと偶然を装って走ろっと♪ それから、来年はちゃんと発信機を付けよう)


 そしてお兄ちゃんと合流する為に、速度を著しく落とした。

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