第25話 兄妹の法 2

 結局その日も、俺の手狭なベッドには莉音の姿があった。

 宣言通りと言うべきか、莉音は俺に体を押し付けつけるようにして横になっている。

 まだ互いに眠りに入ってはいない。いつもよりも早く布団の中で転がっているのだから、眠れないのも当たり前だ。


 もっと言えば、やはり暑苦して堪らない。

 夏なのだから当たり前なのだが、日を追うごとに悪化するのを感じる。莉音だって汗をかいているのに、離れようとはしない。

 今は冬とは違い、パジャマも薄着であるため汗が染み込みやすい。そして密着している俺と莉音の汗は、互いに互いのパジャマを濡らして混ざり合う。


(それと……背中には柔らかくて、ぷるんとしたものが……っ!)


 分かっている。

 それは妹のアレだ。大き過ぎず、だからと言って小さい訳でもない女の象徴。

 分かってはいるのだ。これが莉音が持つ二つのお山であること。

 問題は、これに性的な欲求を感じてはいけないという事なのだが……。


(くそ……こ、これが妹のだとは分かっているんだ。けど……ッ!)


 例え妹の……肉親のものとは言え、それが女の子と胸である事に変わりはない。

 思春期の男子高校生としては、けしからんモノが押し付けられれば多少は興奮するだろう。男の性である、仕方ない。

 ただ、妹の胸を背中に感じて興奮する兄という構図は、流石に許容されないだろう。


 昨晩も同じように悩み、そして苦しめられてきた妹の胸の感触。兄という絶対の盾を貫かんばかりの矛が、俺の理性を襲う。

 仮に莉音が『義妹』ならば、まだ救いようがあるかも知れない。けれど残念、莉音はれっきとした『実妹』である。

 YES!『義妹』、NO!『実妹』である。


(いや……義妹でもアウトなのでは……)


 その辺りはよく分からないが、少なくとも『実妹』はダメだろう。


「お兄ちゃん……まだ、起きてる?」

「あぁ、起きてるよ」

「えへへ……温かいね?」

「暑過ぎる……頼む、離れてくれ」

「いやー」

「子供みたいに……」

「お兄ちゃんよりは歳下だから、子供と言えば子供なんじゃないかな?」

「適当なこと言いやがって」

「お兄ちゃんに甘えるのは、妹の最大特権なんだよー♪ 恋人よりも、優先されるって決まってるんだよー」


 いつも小馬鹿にするかのように、俺と麗奈の仲をからかう莉音。けれど、応援はしてくれている……筈だ。

 莉音がブラコンなのは分り切っているが、それでも兄に恋人が出来れば祝福してくれる優しい女の子だ。


(莉音は甘え癖はあるけど、俺に特別な感情なんてないんだ)


 当たり前だそんなこと。だから嫉妬はするけど、後押しをしてくれる。

 なのに……俺は何をやっているんだ?


 たまにドキッとさせられる事があって、そこに異性を感じてしまう事がある。

 それが間違いであることは分かっている。こうして悩むこと事態が既におかしい。

 そもそも何を悩んでいるのか理解していない。

 どうして……麗奈と付き合う前のような、悶々とした気持ちを向けているのだろう?


「なぁ莉音は──」

「なーにー?」

「…………」


 どうして躊躇う?

 俺は何を怯えているんだ?


「莉音は……好きな人いるのか?」


 乱れそうな呼吸を抑える。

 莉音に緊張感が伝わらないように、平静を装い声に出す。

 なのに心臓は鼓動を早め、向き合っていなくて良かったと安堵する。

 どうしてこんなにも緊張するのか、どうして答えを聞くのが怖いのか理解出来ない。

 でも知りたいと、矛盾した気持ちが膨れ上がる。


「うーん……前にも言わなかったけ?」

「?」

「私は引く手数多だから、良い人さえ見つかればそれでいーの♪ まぁ、つまり『候補』だけなら大量にいるよ。──で、今のところ愚兄未満しか寄って来ないから、今はいないが答えかなあー?」

「…………はぁ、そっすか」

「何よその気のない反応は! 訊いといてそれは酷いと思うよっ!」

「悪かったよ」

「む、意外に素直……。それで、なんでそんなこと訊くの?」

「べーつに。ブラコンが極まってる妹様は、いつになったら兄離れしてくれんのか、少し……いや、かなり心配になっただけだ」

「その心配は無用だよーだ。何せ、引く手数多ですからー♪」

「腹立つぅ……否定できる要素がないから尚腹立たしい」

「(嘘。本当は──)」

「ん? なんか言ったか?」

「なーんでもなーい。ほら、それよりもっと密着しよー♪」

「ええい、やめろ!」


 腕に力を入れて、完全にホールドする莉音は嬉しそうだった。

 とはいえ、暑苦しいのは変わらないから引き剥がそうとするが、今度は腕だけじゃなく脚でも拘束された。

 お兄ちゃん抱き枕、完成である。


(ま……兄離れよりも、俺が妹離れしなくちゃいけないかもな……)


 莉音とじゃれ合いながら、けれど冷静な思考を続ける。

 今はいないと言われて、どうしようもなく安心してしまった。莉音はブラコンだが、俺はシスコンなのだろう。

 やはりこのままではダメなんだ。


(いつか、俺たちはそれぞれの人生を歩む事になる。それまでには、妹離れしなくちゃならない)


 決して難しい事ではない筈だ。

 普通の兄妹は、当然のようにやっている事だと思う。どんなに仲が良くても、こんな風に思い悩む事すらないだろう。


 俺がおかしいだけなんだ。

 俺が莉音に向ける愛情は、普通より少しだけ大きいのかも知れない。

 ──けれど、常軌を逸してはいない。


(それなら大丈夫だ。これ以上、莉音に変な感情を向けるな)


 莉音に対する劣情のようなものは、一過性のものである筈だ。自然に消滅する事はあっても、悪化する事はない。

 ──と、それはそれとして。


「暑い暑い暑いッ! 寄るな触るなくっつくなッ!!」

「いーやッ!!」

「折角風呂入っても意味ねぇーだろうが! お前の汗まみれでキモいわッ!」

「お兄ちゃんの汗だって……あぁ、良い匂いだぁ……♪」

「変態かお前は!?」


 このブラコン変態シスターを引き剥がそう。

 うん、割とマジで汗がキモい。

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