第24話 兄妹の法 1

 帰り道。莉音と校門前で会い、そのまま帰路を歩いていた。


「ねぇ、お兄ちゃん……今日も一緒に寝てもいい?」

「えっ……」


 唐突に、けれど自然な雰囲気で紡がれた言葉に一瞬理解が追いつかなかった。

 意味を理解して、冗談だろうと思ったがそうではないようだった。声もそうだが、表情が真剣そのものだったのである。

 昨晩の続き。昨日の埋め合わせをまだするつもりなのか?


「いや……なんで?」

「良いでしょう? 昨日もそうだったんだよ?」

「それは勝手にお前が潜り込んだだけだろ」

「そうだけど……でも、お兄ちゃんだって嬉しかったでしょ?」

「は……はぁ? 何を根拠に……」


 一瞬、莉音に対して如何わしい気持ちを向けた事がバレたのかと思った。だがもしそうなら、そんな危険な人間に近付くことはないだろうと思い否定した。

 そもそも、兄相手にそういう気持ちを向けられるとは考えられないだろう。


「何だかんだ言っても、私と一緒にいる時は楽しそうだよね。シスコンお兄ちゃん」

「なに言ってんだ。お前がベタベタ甘えてくるんだろうが、ブラコン妹」

「そうだよ。ブラコンで可愛い妹だよ? だから、お兄ちゃんを抱き枕にするとよく眠れるの」

「こっちは凄く迷惑なんだが?」

「嘘だよぉ。お兄ちゃんだって、妹を抱き枕に出来て嬉しい癖に。妹の体温を感じて、安心感に包まれて寝てた癖に」


 実際は緊張感と欲求を抑えるのが必死で最悪な夜だった。

 一体、どこで俺は間違えてしまったのか。昨日が切っ掛けなのは言うまでもないが、こうなったのはもっと前かもしれない。

 気付かなかっただけで、もっと早い段階で間違えていたのかもしれない。


「暑苦しくて寝れなかったわ! 何月だと思ってんだ?」

「もう少しで夏休みだね、お兄ちゃん♪」

「楽しみなのは同意するが、今の流れでその嬉しそうな反応はおかしいからな?」

「そんなことないよ。お兄ちゃんとの夏休みデート楽しみだよ♪」

「既に予定を決めてんのかよ」


 しかもデート(予定)相手に了承を得ていないという。いや、そもそも兄妹で出掛ける事をデートというのか?

 あと『夏休みデート』だと、夏休み中は毎日がデートになってしまうんですが……。


「あ、でも麗菜さんとのデートの時だけは離れ離れになっちゃうんだよね。その時くらいは仕方ないから許してあげる。でも浮気は程々に……ね?」

「どうして彼女とのデートが浮気になるんだよ。寧ろ逆だろ、それ」

「なによ? お兄ちゃんは妹より恋人を取る気なの?」

「当たり前だろ?」

「少しは迷ってよ! もっと私にデレて良いんだよ!」

「おい、ここ外だぞ?」

「あ……ご、ごほん。ごめんなさい兄さん。少しおふざけが過ぎましたよね?」


 莉音はすぐに表情を取り繕い、呼び方まで猫被りモードに変わった。

 慣れているからか、なんとも早い切り替え。


「毎回言ってるが、俺はどっちでも構わないと思ってるんだからな。わざわざ偽らなくても良いだろうに」

「何を言っている兄さん。私は私だよ」

「……ま、良いけど」


 理由があるのだろうが、そうまでして何が目的なのだろうか。

 周りに良く見られるのは悪い事ではない。生徒だけじゃなく先生からも評価が高く見られれば、それだけ将来に繋がるだろう。

 人から信頼されるのは難しいのだから。


(でも普段の莉音がそんなこと気にするようには見えないんだけどな……)


 偽りの莉音ならともかく、俺の知ってる本当の莉音なら、周りの評価や評判なんて気にせず自由に生きると思う。

 欲しい物は何としても手に入れ、必要ない物は切り捨てるような感じがする。

 それこそ仲良しの兄に恋人なんて出来た日には、真っ先に反対しそうな気がした。少し帰りが遅れたくらいで、その埋め合わせを求める程なのだから。


「ね、兄さん。良いでしょ? 今晩も一緒に寝ましょう」

「それまだ続いてたのかよ」

「兄さんの選択肢は二つです。『喜んで!』か『当たり前だろ』だけですよ」

「同じ意味だよな? 否定する選択肢がないよね?」

「寧ろこの私のお願いを否定するなんて、自殺行為なんだよ?」

「は?」

「良いの? 明日学校で、『莉音ちゃんの寝巻き姿にムラッとした兄が寝込みを襲った』なんて、噂が流れても……良いの?」

「なっ……」


 なんてことを考えやがる……っ!

 そんなことになれば、『遂にやりやがった!』とかあらぬ誤解が一気に広まり──。


「──って、大丈夫だろそれ?」

「え、えっ? どうして?」

「お前が、そんな酷いことする訳ないと信じてるからな。だからそんな変な脅しが効く訳ないだろ?」

「……ふ、ふーん? そんなに私のこと信頼してるんだー……。そっか、そうだよね」


 急にしおらしくなった莉音の頬が赤くなる。


「なんだ莉音? なんか顔赤いような……」

「ゆ、夕日のせいじゃないかな?」

「そうかぁ?」

「い、いいから早く帰ろ! そして夜は添い寝してくれなきゃ嫌なんだからね!」

「って、そこは譲る気ないのかよ!?」

「お兄ちゃんは妹を甘やかさなきゃいけないんだよ! 法律で決まってるんだからね!」

「そんな法律ねぇー!」

「我が家の法だからあるの!!」


 なんやかんや言っても、やっぱり莉音の方が重病なんじゃないか? ブラコンって言う名の病気が……。

 どうやら俺のシスコンは、自分で心配するほど酷くはないのかも知れない。

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