第26話 麗菜、ゲームセンターへ行く 1

 麗菜がデート先に選んだのは何と俺の住む街だった。更に驚くことに、駅近くにあるゲームセンターに行こうと言うのだ。

 こういう偏見を持つのはいけない事だが、麗菜のような大和撫子的な少女と、ゲームセンターはあまりマッチングしない気がする。

 本人も大して興味がなさそうな仕草だったため、今まで一度も行こうとはしなかった。


「興味がなかった訳ではないんです。ただ、あまり一人で入る勇気がなくて……」

「そうなのか? 別に気にしなくても良さそうだけどな」


 俺も一人で遊びに来ることがある。

 だが、それは男だからと言うのもあるだろう。男女で価値観の違いがあるのだから、それで比べても無意味だろう。


「前に近くを通ったら、知らない男の人に話し掛けられたりして……」

「あぁ……そうだよな」


 麗菜は凄く美人だ。

 そしてここに来る男というのは、どこかチャラい男が結構多かったりする。

 一人でウロウロしている、純真無垢そうな麗菜をナンパするのは、かえって自然な流れのようである。

 それで不安に駆られるのも当然かもしれない。女子校育ちのお嬢様にとっては、異性は別の生き物に思えるだろう。

 例え恋に憧れを抱いていたとしても。


「じゃあ今日は楽しもう! 何かあっても俺が麗菜を守るから」

「……は、はい。ん、期待してますよ?」


 一瞬放心した麗菜だったが、すぐに照れ臭そうに微笑む。

 こっちも恥ずかしいけど言って良かった。


「まずは何からしたい?」

「えーと……あ、クレーンゲームをしてみたいです」

「お、定番だな。それじゃあこっち」


 麗菜の手を引きゲームセンターに向かう。

 あまりうるさいのは得意ではない麗菜であるが、今日ばかりは目を輝かせていた。


「結構うるさいけど大丈夫か?」

「そうですね……。これくらいなら大丈夫です。ここより騒音だとちょっとダメかも知れません」

「ここより凄いとしたらパチンコ店くらいしかないと思うな」

「? 行ったことあるんですか?」

「いや、そういう訳じゃないけど……。よく妹とこの近くの映画館に行くことがあって、その建物一階がパチンコ店なんだ」

「あ……そこで音漏れがあるんですね」

「そういうこと。多分、一生行くことはないと思うよ」

「そうですよ。絶対にやめて下さいね? 聞く所によると、パチンコに嵌って破産した方もいらっしゃるそうですから」

「だ、大丈夫だよ。絶対行かないから」


 念を押すように見つめる麗菜。

 信用していない訳ではないだろうが、それとは別に不満そうな表情を浮かべている。


「えーと、麗菜……さん?」

「何ですか?」

「いや、どうしてその……ご機嫌が悪くなられたのでしょうか……」

「そう見えますか?」

「……違うか?」

「…………少しだけ、です」


 あの会話で不機嫌になる要素があったとはとても思えない。けれど逆に、それ以外の要素も思いつかないのだから戸惑う。


「り、理由は何でございましょうか?」

「映画館に行くって言いましたよね。その、妹さん……と」

「え、もしかしてそれで!?」

「す、すみません……。勝手な想像をして、勝手にその……不機嫌になって……」


 つまり麗菜は、俺が莉音と一緒に映画を観に行くことがあることを知り嫉妬したのだ。

 嫉妬してくれるのは嬉しい気がするが、けれど相手は妹だから何とも言い難い。


「分かってはいるんです。分かってはいるんですが……その、やっぱり羨ましいと言いますか……。それでも私以外の女の子と映画館なんて……って、思ってしまうんです」

「……っ」


 やばい可愛い。

 拗ねた表情と借りてきた猫の様に不安そうな仕草が保護欲を掻き立てる。そして何より、他の誰でもなく俺だけが見られる事に優越感すら感じる。


(あぁーーもう、可愛いなホントに!)


 そんな麗菜の頭に思わず手を置く。

 一瞬だけ驚いた表情に変わる麗菜だったが、払い除けられる事もなく、寧ろ撫でやすい様に頭を寄せる。


「ごめんなさい陽太君。私って、結構嫉妬深い悪い子のようです……」

「いやそんな事ない! 寧ろ俺として嬉しいというか、大歓迎と言うか……」

「……だ、だからって。妹さん……莉音さんでしたよね?」

「ああ」

「莉音さんばかりにかまけて、彼女の私を嫉妬させないで下さいね?」

「そんなつもりはないんだが……まぁ、分かったよ」

「……よろしくお願いします。それから、その……いつまで撫でるんですか?」

「嫌だったか?」

「……もう少しお願いします」

「了解」


 麗菜の許可も頂いた事で、俺は髪が崩れないように優しく撫で回す。

 ゲームセンターの入口で行われた一連の行動は、他のお客から微笑ましく見られていたが、その事に気付いたのは更に二分ほどの時間が経った後だった。

 とても、気まずかった……。


 ◆◇◆◇◆


(な、なにやってんの私はぁぁ〜〜……っ)


 一連の言動を思い起こしていた麗菜わたし──いや、莉音わたしは正気を取り戻して悶えていた。

 まさか……まさか自分自身に嫉妬するとか、本当に何をやっているんだ。

 今日は麗菜としてデートをする事になって、そこでお兄ちゃんから莉音わたしの話が出て、もちろん本人だから鮮明に記憶していて……だから、嫉妬した。


(むぅ……こ、こんな事になるなんて本当に恥ずかしいよぉぉ……)


 お兄ちゃんに気付かれないように平静を装うが、内面はもう羞恥でいっぱいだ。

 しかもそれを、赤の他人たちに見聞きされるなんて何という不覚。

 私史上、一生の恥にカウントできる。

 それに……。


(お兄ちゃんに翻弄されるなんて……なんか悔しいっ!)


 いつもは私が主導権を取っている。

 さっきのは勝手に麗菜が嫉妬しただけだから、こんな事を思うのは筋違いなのは分かっている。

 でも……。


(やっぱり恥ずかしいもん……)

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