第23話 自己嫌悪なお兄ちゃん

 遂に後ろ向きで逃げるわざを身に付けてしまったのか……。

 昨日はある程度接近することが出来た筈なのに、結局元に戻ったようだった。


『大丈夫? 疲れてるよね?』

 こういうメッセージが送られるのだから、全てが無駄だった訳でもないだろう。


(けど疲れてる……か……)


 理由は多々あるが、やはり昨日の莉音が一番堪えた。夕食の後も、本当に甘えまくってきたのだから。

 部屋に戻るとついてきて、後ろから抱きしめられたり、耳を甘噛みされたりやりたい放題だった。


(挙げ句の果て、俺を抱き枕にして寝やがって……)


 お互い高校生にもなって、兄妹で一緒のベッドで一夜を過ごすとか……。

 妹なのに……たまにドキッとさせられる時もあって、そのせいで疲労が溜まる。


(実の妹に女を感じてドギマギしたなんて……絶対に相談できねぇ)


 無邪気に甘える姿に微笑ましくなるのならまだ良い。けれど、女の色気を感じるのは流石にマズイだろう。

 まるで麗菜と過ごした時のように、自分だけのものにしたいという欲求を、莉音相手に感じてしまった。

 絶対にあってはいけない欲を、実の妹相手に向けてしまった。横で眠る莉音の姿に、掻き立てられるものを感じた。

 そして、悶々とした夜を過ごした。


(いやいやいや!! 本当にマズイだろそれはマジでッ!)


 朝になると、莉音の姿はなかった。

 俺と自分の分のお弁当を作るために、莉音は少し早い時間帯に起床する。莉音がいないのを確認した俺は、心の底から安堵して、激しい後悔と羞恥が襲った。

 そして何度も何度も『ありえない!』と連呼して、ベッドの上や床を転げ回った。気持ちが落ち着くまで……落ち着かせるまでの間、俺は悶え苦しんだ。


 今思い出しても、すぐにこの三階の窓から身投げしたい程、自分への嫌悪感が襲う。

 莉音がキスを迫った時も、俺は抵抗する前に身構えてしまった。まぁ、流石にそれは冗談だったが、それでも一瞬期待のような感情があって──。


「ああああああぁぁぁぁ…………」


 頭を抱えて、蹲る。

 やめよう。これ以上考えたら、本当にこっから飛び降りてしまいそうだ……。


「はぁ……と、取り敢えず音無に返信するか……」


 とはいえ、本当のことを伝える訳にもいかないから、ありがちな文面しか書けそうにない。

 けど仕方ない、俺の名誉のため。


『大丈夫だ。それより、なんで逃げんの?』


 一応訊きたい事は書こうと思った。

 昨日はあの変態的な事件があって、その後もかなり大胆行動の連続だったのに、今さらのように逃げられたのだから。

 そしてすぐに返信が届いた。


『本当に? ちゃんと休んでね』

『そうだな。ところで、なんで逃げた?』

『昨日はありがとう。お陰でスマホが使えるようになったよ』

『気にするな。それよりなんで逃げた?』

『もうすぐ授業始まるよ。そろそろ戻ろ』


 教えてくれる気は全くないようだ。

 別に隠す必要はないと思う、どうせ恥ずかしくなったんだろう?

 さっきの俺みたいに……。


「はぁぁ……戻ろ」


 自己嫌悪に浸っている訳にはいかない。

 気持ちを切り替えて、もう莉音にドキドキさせられないように、強い精神力を持って付き合っていこう。

 間違っても手を出してはいけない。


 ◆◇◆◇◆


『明後日デートしませんか?』


 そんなメールが昼休みに届いた。

 当然相手は麗菜だ。しかし場所については書かれていない。

 俺たちは交互にお誘いを掛けるが、大抵は行き先を決めてから誘う事にしている。先に自分で予定を決めて、何も知らない相手を連れ回すように。

 相手は当日まで行き先を知らないから、ちょっとドキドキするのだ。


 前回は水族館に行く事だけを伝えた。

 だから何処のどんな水族館かは、直前まで知らせることはなかった。

 そして今回は、麗菜が俺を連れ回す番だ。


「お、なになにデートぉ?」

「「「「チッ…………」」」」

「勝手に覗くな綾波、それとなんだその舌打ちは」


 綾波がわざとらしい声を上げ、それにクラスメイト(男)は舌打ちする。

 妬みの視線と呪詛を唱える者が一人いた。


「別れろ……わ〜か〜れぇ──」

「やめろ紀文! 幾ら何でも酷いッ!」

「うっせぇ。全世界の非モテ男の呪いをその身に受けて死ねぇぇぇぇッ!!」

「あははは♪ 相変わらず多田は面白よねー」

「お? もしかして……惚れた?」

「ないわー。多田はねぇーやー……(棒)」


 気の抜けたような声で多田を振る綾波。

 全くの脈なしである。


「ぅ……な、んで……俺には、超美人で巨乳でエロくて歳上なお姉さん的な彼女が出来ないんだああああぁぁぁぁ………」


 悲痛な男泣きである。

 というか、そんな風に考える奴には一生彼女なんて作れないと思う……。


(その証拠に、女子達がみんなゴミを見るような視線を向けてるぞ……)


 その事に全く気付いていない紀文は、未だに男泣きを続けている。

 うん、キモいはマジで。


「むーり無理。タダじゃアンタに付き合う物好きなんていないって、多田だけに♪」


 ──あ、寒い。

 綾波……お前、やらかしたな。


「あ、あれ……? おかしいな……。あ、あはは……ねぇ、今のなし! なーし!」

「「「「…………」」」」


 気付いたようだが、もう手遅れ。

 過去を取り戻せないのだから、大人しく諦めるべきである。


「ちょ……本当に違うのこれは……ちょっとミスっただけなの!」

「もう黙っとけ綾波。それ以上、傷を開くことはない」

「さ、沢田兄ぃぃ……」

「いや……そんな縋るような目で見られても困る。本当に」


 うるうるとした困り顔は珍しく、ちょっと可愛いけれど、巻き込まないで欲しい。

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