第三章 ブラコンとストーカー

第22話 ほんの少しの勇気

 今日も陽ちゃんを見つめる。

 会話は苦手だから、こうして少し遠くから見つめることしか出来ない。

 同じクラスなら、もう少しだけ近付けたかも知れないけど、やっぱり会話は出来なかったと思う。


「音無さーん……って、またいなくなっちゃった」

「どうしたのよ栞?」

「咲ちゃん、音無さんがまた何処かに消えて……」

「いつもの事でしょ? 音無さんって、近付いただけで逃げちゃうじゃん」

「そうなんだよー。あんな可愛い子を愛でられないなんて……この世の終わりよ!」

「栞……あ、あんたって奴は……」


 こうしていつまでもクラスメイトから逃げているようでは、近付くことは難しかったかも知れない。


(でも花音も……お話したい……)


 逃げてばかりいるけど、嫌いな訳ではなく、寧ろこちらから話したいと思っているけれど、目を合わせるだけで恥ずかしくなる。

 この性格だけは、そうそう簡単には直りそうになかった。


(だから陽ちゃんとなら……)


 好きな人が相手なら、あんな恥ずかしいことでも我慢できた。膝の上に座るなんて、恋人じゃないのにするなんて……。


「……っ」


 思い出すだけで悶絶しそうなほど恥ずかしくなって、でも嬉しくて後悔はしていない。

 恋は盲目と言うけれど、言い過ぎだと思っていた自分が懐かしい。

 好きだから勇気が出せるし、好きだから大胆にもなれる。

 それに……。


(陽ちゃんの匂い……やっぱり良い……)


 中学三年の頃、階段から足を踏み外した所を助けてもらったあの日。

 その胸に抱かれ、鼻腔を通ったあの匂いは決して忘れることは出来ない。


(それからだった……)


 気付けば、毎日のように目で姿を追っていた。いつの間にか、バレないように付け回すようにもなってしまった。

 高校進学の際も、両親からはもう少し上の学校を勧められたが、どうしても離れることが嫌で断った。

 近くには行けないけれど、せめて遠くから見ようと思ったのに、気付けば距離を詰め過ぎて見つかってしまった。

 ストーカー歴二年目にして、ヘマをした。何故かとても悔しい……。


(でも、お陰で一緒に……)


 昨日は本当に嬉しかった。

 ちょっとムラっときて、つい出来心で体操着に手を掛けてしまったけど、それが功を奏した。恥ずかしかったけど……。

 これを切っ掛けに、もう少し近付くことが出来ればとても嬉しいと思う。加えて、コミュ障を治すことも出来るかもしれない。


 スマホ取り出して、昨日撮影した写真を見つめる。横顔しか写ってはいないけれど、とても綺麗に撮れた。

 今までは、主に両親か祖父母相手の連絡にしか使い道がなかったガラケー。わざわざスマホに変えたのは、こうして大画面で盗撮──ではなく記念撮影をするため。

 四日前に両親に頼んで買い替え、そして毎日のように撮影していた。


(写真見られなくて良かった……)


 スマホの使い方を教わり、家に帰って余韻に浸っている時に気付いたことだった。


(こんなの見られたら……へ、変態に思われちゃったかも……)


 そんな不安が募ったが、その心配は杞憂に終わってたようだ。

『体操着くんかくんか事件』で発覚したのでは? と、思うかもしれないが、それは絶対に違うと言い切れる。


(匂いフェチは変態じゃなくて、個性)


 自分にとって一番の匂いを楽しむのは、人間なら誰しもが行う生物的行動の一つに過ぎない。ならば、それが変態行為だと断ずるのは実に不可解なこと。

 つまり花音は変態では断じてない。そんなこと、認める訳にはいかない。


「あっ……」


 その時、不意に見えたのは愛しの彼の姿。

 毎日のように観察して、毎日のように尾行する花音の観察眼は、彼の体調は一目で把握できるほどに成長している。

 そんな花音だからこそ分かる。


(昨日より……疲れてる?)


 昨日は色々(主に花音のせい)あったのだから、疲労が蓄積していても不思議はない。

 けれど、少し余計な疲れが見える。


(どうしてなの? 寝不足?)


 そういうのは本人に直接聞いた方が良い。

 けれどやっぱり恥ずかしくて、その直接が出来そうにない。情けない気持ちでいっばいになるけれど、すぐに性格これを克服する事は幾ら何でも難しい。

 ──だから。


(は、初めての……ライン……)


 昨日使い方を教わって、まだ実践はしていなかった。

 今こそ、学んだことを活かす好機である。

 よ、よし……。


『大丈夫? 疲れてるよね?』

(うん……これなら……)


 こうしてラインの送信ボタンを押す。

 陽ちゃんは歩みを止めて、スマホのメッセージを開いた──ようだ。

 そして誰かを探すようにキョロキョロと首を回して、その目が遂に花音を捉え──。


「……っ」


 ──瞬間。

 赤面して逃げた。まるでヤブイヌのように、視線を前に固定して後ろ向きで。

 やっぱり恥ずかしかった。


(ごめんね、陽ちゃん。やっぱり昨日は特別だったよぉ……)


 誰かとぶつからなかったの奇跡的で、取り敢えずは安心した。

 でもやっぱり逃げてしまった。

 目が合っただけなのに、とてもあの場に居られなかった。あまりにも情けない。


 ──ピコン♪


「……っ!?」


 突如手の中のスマホから、聞いたことのない音が聞こえ震える。

 反射的にスマホ画面を覗く。


「あ、ラインの通知音?」


 知らなかった。

 初めてだから、こんな音がなるなんて思いもしなかった。


「陽ちゃん……」


 このタイミングで送られてくるのなら、その相手は陽ちゃん以外にいない。

 そもそもラインで友達登録しているのは、陽ちゃんだけなので間違いようがない。


「……っ」


 息を飲んで、メッセージを開く。

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