第20話 待っていたのは2
『あんまり……私を一人にしないでね?』
懇願するような……いや、事実懇願したのだろう。
そこまで寂しい思いをさせていたつもりはなかった。家にいる間は、殆どの時間を莉音と過ごしている筈だ。
それでも足りないと言うのだろうか。
ふと、俺は莉音の交友関係を思い返した。
学校での様子は知る由もないし、気にした事はなかったように思う。
考えてみれば……莉音は一度として、この家に友達を連れて来たことはなかった。逆に、誰かの家に遊び行くこともなかった。
いつも俺の側に寄り添っていた。
「……っ」
そこまで考えが至って、俺は頭を振った。
バカな、そんなことがあってたまるか。俺の知らない所で、俺の知らない誰かと遊んでいたに違いない。
そうじゃなきゃ……おかしいではないか!
俺が友達と遊びに出掛けた日。
俺が友達を家に招いた日。
莉音は…………どうしていたっけ?
(いや……違う。少なくとも、今は……)
そうだ、今の莉音は友達の家に遊びに出掛けているのだ。だから交友関係は安定しているに違いない。
俺がいない日だって、自室で大人しくしていたこともあっただろうが、友達と遊びに出掛けていたかも知れない。
俺が知らないだけだ。たまたま、家に友達を招く機会がなかっただけだ。
「全く……甘えん坊め」
「いーの。妹を甘やかすのは兄の一生変わらない役目でしょ。その代わり……私もお兄ちゃんの側にずーっといるからね?」
「…………」
ずっととは、果たしていつまでのことなのだろうか。恋人が出来ても、莉音は俺の側から離れはしなかった。
ならば結婚したらなのか? それとも一人暮らしを始めたらか?
どちらにしろ、まだまだ横には
「だからね、お兄ちゃん。麗菜以外の女にマーキングなんてされちゃダメ。恋人は我慢するけど、それ以外は怒るよ?」
「マーキングって……まぁ、強ち間違いでもない……のか?」
まるで動物のようだ。
では今、莉音が行なっている行為もマーキングに含まれるのだろうか。
というかさっきよりも密着度が上がり続けているんですがね!?
「あの……莉音さん?」
「ん……? どうしたのお兄ちゃん?」
「そろそろ離れませんでしょうか?」
「いや。今日はいつもより一時間二十二分も遅かったでしょ? その埋め合わせはこの程度じゃ足りないもん」
「待て待て待てっ! なにその正確な時間計算は!?」
「今日の帰宅時間と、図書委員会の活動がある週のお兄ちゃんの帰宅時間の平均を差し引いた時間だよ?」
何を今更とでも言いたそうな目で俺を見つめる莉音は、不機嫌からは脱したものの、少しだけオコだった。
その証拠に唇を尖らせている。
「つまりね、私とお兄ちゃんの貴重な兄妹水入らずの時間が、一時間二十二分も削られたんだよ? その埋め合わせはきっちりしても貰うから覚悟して」
お、重い……妹の兄妹愛が重過ぎる!
俺の妹って、もしかして若干病んでるのか? これが俗に言う『ヤンデレ』という不治の病なのだろうか……。
「えーと……それってずっとこのままで居なきゃいけないのでしょうか?」
何故か敬語で会話をしてしまう俺だが、そのことを特に気にする事もなかった。
別に妹の言動に恐怖を覚えたからでは決してない。……違うから!
誰に言い訳しているのか、俺は言い聞かせるように強く思った。
「そんな訳ないに決まってるじゃん。確かに今はこの状態を維持するけど、それだけじゃ嫌だよ。……だから」
莉音は身を乗り出して、俺の鼻に付きそうなくらい顔を近づける。
そして──。
「──これからキスをします」
「…………」
キス? 今から海に行って釣りにでも行こうというのか。もう暗いし、明日も学校あるからそんなことしている暇なんて……。
あ、そもそも釣り具がないな。
「そうか……じゃあまずは釣り道具を揃えなきゃな。それから──」
「お兄ちゃん。そんなつまんないボケは要らないから」
「…………マジですか?」
「大丈夫、すぐに終わるから……」
「ちょっと待っ……」
莉音は更に顔を近づけて、あと僅か数センチで触れ合う所まで近付けた。
止めようにももう手遅れだった。間に合いそうにはなかった。
俺は思わず目を瞑りそれに備えた。
「……ん?」
だが一向に感触が来なくて──。
「あむ……」
「──って痛っ!?」
首筋に痛みを感じて、慌ててそこへ視線を向けると、莉音が唇を押し付け吸うように甘噛みしていた。
「ぱぁ……はい、おーわり♪」
「えっ……は?」
「んぅ〜? なーに、お兄ちゃん? もしかして、唇にして貰えると思ったの?」
「いや……だって……」
「そんな訳ないじゃん、ばーか。お兄ちゃん相手にそんなことしないよー。それともお兄ちゃんは、妹の唇に興味があったの? シタかったの?」
俺を見下ろす莉音は、小馬鹿にしたように笑っている。とても楽しそうに。
図星を指されて言葉が出なかった俺は、わざとらしく溜息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
「気がすんだらとっとと下りろ。大体、まさかキスマークでも付けたつもりか? 下手くそめ」
「何よ。キスの経験ない癖に」
「お前にだけは言われたくない」
「む……じゃあ、もっかいする!」
「──て、おい!? 痛った! さっきより酷くなってんぞこら!」
ようやくいつもの調子に戻った莉音は、再び顔を首元に寄せてキス……というか噛み付いてくる。
そして夕飯の時間まで、俺たちのじゃれ合いは続いた。
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