第18話 花音、スマホを覚える

 その後は、どうやって帰路についたのだろうか?

 完全下校時刻が迫り、あれ以上の会話が出来ずに学校を後にしたのだろう。

 なのに何故だろう、まだ視線を感じる気がするのは?


「なぁ、おとな──」


 ──ピロリン♪

『かのちゃん』


 名前を呼ぶ前に送信しないでもらいたい。それからやっぱり近くにいたのね……。


「かのちゃん……尾行はやめて欲しいのだが……」


 ──ピロリン♪

『違うの。尾行じゃなくて、観察なの』


「いや違わないから。それから出来れば出て来てくれ! これじゃあ一人で何もない空間に話し掛ける痛い人に見えるから!!」


 既に近くの通行人には気味悪がられている。学校とは違い隠れる場所が多めのためか、意外と見つかりにくくなっている。

 決して、音無のストーキング技術が向上した訳ではない!


 それから少しして、音無はゆっくりと俺の側まで歩いて来た。

 恥ずかしがり屋なのは本当のようで、なるべく顔を隠すようにしている。

 これでストーカーじゃなければ……。


「それで。何でまた……」

「ぅ……」


 面と向かって話すのが苦手なのか?

 音無は目の前で俯きながら、何故かモジモジと体を丸めている。


「あー……分かった。少しだけ離れて、メールは面倒だからラインに変えよう。それで会話しような?」


 まるで子供をあやすような言葉遣いになったが、音無はコクコクと頷いて離れる。

 あとは音無から友達登録の申請が届けば良いのだが……。


「ん?」

「…………」


 おやおや?

 何やらお困りのようですが……って、もしかしなくても使い方が分からない?

 ──と、示唆していると『こっちがいい』とのお達しだった。


『分からないなら素直に言ってくれ』

 俺は無言でメールを返す。


 ──ピロリン♪

『違う。ただ機械が苦手なだけ』


 相変わらず早い……。

 そして、それを分からないと言うんだ。


「分かった。ちょっとスマホ貸してくれ」

「ぅ……ん」


 消え入りそうな声で許可を貰った俺は、音無からスマホを借りて設定しようとした。


「──って、そもそもアプリがない!?」

「……っ」


 驚愕の声が漏れた時、音無はスマホをひったくり即座にメールを打ち込み送ってきた。

 その指の動きに無駄はなく、手慣れた様子が窺えるが、全く尊敬の念を抱けそうにない。


『三日前に買い替えたの』

「……ああ、そうなのか。え、てことは今までガラケー?」

「(コクコク)」


 まさか今時の高校生でガラケー絶滅危惧種がまだ居たとは……。けれど結局、絶滅したんだな。

 それはともかく、ならアプリとか分からなくても仕方ない……のか?


「仕方ない……まずはスマホの使い方から始めるか……」

「いい……の?」

「えっ?」


 初めて、まともに声を聞いた……気がした。


「あ、あぁ……ま、仕方ないだろ。てか、出来れば今みたいに声で会話して欲しいが……」

「(ふるふる……っ)」

「そ、そうか……」


 前途多難。

 まさかストーカーしていた同級生に、スマホの使い方を教えることになろうとは。

 本題に入る前に、会話するという行為に及ばなければならないが、それが出来ないからラインの使い方を教えなくてはならない。

 何という遠回り!


「近くに公園あるから、そっちに移動しよう」


 道端でたむろするのは良くない。

 音無は素直に頷くと、俺の裾をギュッと掴んで歩き出す。何この可愛い生き物?

 それから近くのベンチに腰掛けた所に、音無は隣に座るのではなく、自然に当然のように俺の膝の上に座った。


「……何をしてらっしゃるのでしょうか?」

「……っ」


 質問には答えず、背中を倒して完全に身を任せる音無はどこか幸せそうだ。

 そして音無は紅潮して、鼻を鳴らす。


「…………」

「あの音無」

「むぅ…………」

「……かのちゃん」

「ん……」


 もう『音無』というと不機嫌になってしまうようだ。逆に『かのちゃん』と呼べば満足そうに、そして嬉しそうに微笑する。

 気まぐれな猫にでも懐かれた気分だ。


「ねぇ……」

「ん?」

「……はやく」

「えっ?」

「んぅ……」

「????」


 か細い声だが、確かに『はやく』と言っていた。一体なんのことだ?


「ん、ん、んー!」

「──あ、スマホな」


 公園に移動した理由を忘れるとは……今日は動揺してばかりだ。

 その元凶は今も俺の膝の上。ストーカー行為は問題ではあったが、あまり悪い子という訳ではない。

 単に恥ずかしがり屋でちょっぴり弱虫で、そんな音無だからこそ、そういう行為に至ってしまっただけなのだ。

 そう思えば、やはり人見知りの子供のようで可愛らしい。若干重いけど……。


 音無の前にスマホを持っていき、俺の知ってる範囲で使い方をレクチャーする。

 今回の目的はラインによる会話なのだから、そこまで丁寧に教える必要はないが、音無のこの性格を少しだけ把握したからか、きっと友人が少なくて聞く相手もいないのではないだろうか。

 そんな風に考えてしまい、ついつい他の機能や便利なアプリを紹介してしまう。

 あながち間違いではないだろう。休み時間のたびに尾行して、話し掛けられれば逃げ出すほどシャイな性格だ。当たらずも遠からず、交友関係は深くはなさそうだ。


「大体こんなところだ。後は使っているうちに覚えるだろ?」

「(こくこく)」


 あの後、ついに口を開くことはなく。外も暗くなったためお開きとなった。


 俺が音無に言わなくてはいけないこと、それは麗菜かのじょがいることだ。例え好意を示されても、それには応えることは出来ないことを伝えなくてはならない。

 今日はタイミングがなかったが、明日こそ、それを伝えなくてはならない。誠意を見せなくてはならないのだ。


 告白を受けたタイミングこそ最悪ではあったが、今はあまり気にならなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る