第二章 同級生はストーカー

第9話 ミステリアスなストーカーガール

 今までにストーカーされた経験がある男は何人いるだろうか?


 男性が女性を付け狙い、尾行や個人情報収集などの犯罪行為に手を染めることはよく聞くと思う。それが愛情表現の一環と思ってる勘違いはそれなりに存在するだろう。


 しかし女性が男性にストーカー行為をする事は、あまり聞かないと思う。ない訳ではないだろうが、それでもあまり話は聞かないのではないだろうか。という希少種的なイメージが強いのは俺だけか?


 ──と、前口上はこれくらいで。

 つまり何が言いたいかと訊かれたら、答えは一つ。


「はぁ? アンタがストーカーされてるって?」

「ああ」

「…………」

「…………」

「…………ぶっははははああ! あ、アンタなんかにストーカーって……自意識過剰もそこまでいけば滑稽を通り越して天才だわよ!」

「一発殴っていいか? いいよな? というか騒ぐな、ここは図書室だ」


 月曜日の放課後

 俺はクラスメイトで、同じ図書委員で赤茶色の髪が特徴的な女子生徒──綾波千尋あやなみちひろに最近の悩みを相談した。

 そして案の定、馬鹿笑いしやがったクソが。


 そりゃ俺だって意識し過ぎだと思ったが、それでも最近は視線を感じる頻度が多くなった。


 時期としては俺に恋人が出来た頃から。

 最初は浮かれて変な目で見られてるのかと思ったが、それにしては妙な事が起きたこともあった。

 とはいえ、こう笑われるのは癪に触る。恐らくだが莉音も馬鹿笑いしたと思う。そう考えると余計に腹立たしい気持ちになる。


「話すんじゃなかった……」

「まぁま。そう落ち込まなくていいでしょ。──んで? 一体誰にストーカーされてんのよぉ?」

「ニヤニヤしやがって……絶対また笑うだろ、お前……」

「え、なに? そんなに意外な相手なの?」

「…………お、音無おとなし……花音かのんだ」

「…………」

「…………」

「く、くくっ……はは、ははははっ!」


 ほら、笑った。

 あーもう、絶対ないわー的なこと考えてるわこの女……。分かってるよ、こっちだってあり得ないと思ってるんだからな。


 隣のクラスの音無花音は、あまり感情や表情を表に出さないミステリアスな銀髪美少女として、二学年で知らない者はいない。

 それこそ学校一の美少女と言われる莉音とは、また違った種類の美少女なのだ。


「いやないわー」


 おしいな、『絶対』じゃなくて『いや』だったか。割とどうでもいいが……。


「それで。一体全体どういう了見で音無さんがアンタをストーカーしてるって話になんのよ」

「まぁ……廊下とかその他諸々で視線を感じて振り向くと、必ずそこに音無が居るんだ。目が合うと逃げる」

「偶然じゃないの? それとも妄想とか……」

「俺は妄想するほど女に飢えてねぇよ。それに偶然にして出くわす回数が多過ぎる」

「気のせいでしょ。まさか数えてる訳でもない癖に──」

「今日だけで二十三回なんだが」

「…………なにしたの?」


 綾波はまるで犯罪者でも見つけたような目で俺を見るが、その視線を向ける相手は絶対間違えている。

 被害者は俺で、加害者は音無だからな?


「そんなに気になるなら捕まえて理由を聞けばいいじゃん」

「簡単に言うなよ……音無って足めっちゃ早いぞ? 退くタイミングも早い……」


 大体、逃げる女子を捕まえるって……側から見れば犯罪じゃね? 通報されない?


「あー、確かに音無さんって足早いよねー。なんかこう……すたたたたーって感じでさ」

「何となく言いたい事は分かる。音無って予備動作なく走り抜けるからな」


 初めて見た時は本当に驚いた。

 あんなのは漫画でしか見た事がないような現実離れした走りだった。それこそ綾波の言う通り、『すたたたたー』とかいう擬音が聞こえてきそうだった。

 綾波は暇そうに頬杖をついて、何やら考えを巡らせ始める。


「考えられる可能性は二つね」

「二つ?」

「一つ、絶っっっっ対にあり得ないけど、アンタに惚れた可能性」

「お前、本当に失礼だよな!?」

「──で、二つ目はアンタが無自覚に何かやらかした可能性ね。これはまぁ、可能性大だね」

「…………まぁ、不本意だがそっち可能性の方が大きいのは事実だな」


 本当に不本意だが、麗菜と付き合うまでこれといってモテた試しがない。だから後者の可能性が高いのは認める。

 ──認めるんだが!!


「でしょー? アンタに彼女なんて出来るだけで天変地異を疑うくらいの衝撃なのに、彼女いる身で別の女にモテるとか……マヤの予言はとっくに過ぎたわよね?」

「俺が女にモテると人類滅びると言いたいのかコラッ!」


 全く本当にしつれ──って、あれは……。

 図書室の出入り口はガラス張りの扉があり、中から外、外から中の様子がよく見えるようになっている。

 そこに例のミステリアスなストーカーガールこと、音無花音が扉のふちに顔を半分隠しながら覗いていた。


 俺はそっと視線を逸らして、隣に座る綾波に小声で教えた。

「綾波、図書室の出入り口に音無だ」


 綾波は「えっ?」とだけ言って顔を上げた。反射的にとはいえ、まさかいきなり動くとは思わず、その不自然な動きのせいで音無に気付かれすぐさま逃げられた……。


「あっ……」

「はぁ……バカが」


 図らずもストーキング現場を目撃させる事は出来たが、結局今日も理由は掴めなかった。

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