第8話 何気ない会話
「おいこらノックくらいしろ」
「可愛い妹が帰って来たんだから『おかえり』って言って!」
「うっさい、無断で部屋に入ってくる妹に掛けてやる言葉はないわ」
俺の部屋に不法侵入した莉音は、何食わぬ顔でベッドをも占領した。
いや、ほんとに何なのこいつ? いきなり入って来たと思ったらこれかよ。
「というかどうしたんだ。なんか機嫌良さそうじゃん」
「分かるのお兄ちゃん?」
「これでも十七年のベテランお兄ちゃんだからな。妹の機嫌くらいは分かるよ」
「ふーん」
「反応薄っ!?」
「だって当たり前のことでだもん。私もお兄ちゃんがキス出来なかったこと分かるよ」
「いやそれだけは絶対おかしいからな!?」
「えっ? じゃあしたの?」
「してないけど……」
「ぶふっ……」
こ、こいつ鼻で笑いやがった!
そりゃ確かにしてないけれどもさ、そんな風に笑うことないだろ!
「や、やっば……お兄ちゃんヘタレじゃん!」
「う、うっせぇー。俺だって気にしてんだからそれ以上言うな! あと少しだったんだぞ? あの邪魔さえ入らなければ今頃はとっくに──」
「はいはい、言い訳は見苦しいだけだよヘタレ兄。ほら、慰めてあげるから妹に全部ぶちまけちゃえ♪」
「その哀れみの視線がすげぇムカつく!!」
ベッドの横で座る俺の頭をポンポン叩く莉音は、まるで構って欲しそうな子供をあやすような微笑ましい顔をしていた。
こんちくしょー、ちょっと可愛いと思っちまったじゃねぇーかよ。
……つか、頭ポンポンすな。
「ほらほら。妹の胸貸してあげるから存分に揉んでいいよ?」
「誰が揉むか!」
「あ、もしかして照れてるの? 妹に欲情しちゃう? 大事な彼女より先にセックスしちゃう感じ?」
「女の子が軽々しくセックス言うなっ!」
さっきから突っ込んでばっかりだな! 全然おもしろくないツッコミだわ。
って、うっせぇー大きなお世話だボケッ!
俺は莉音の手を払って机に向かう。
莉音はしつこくデートのことを聞き出そうとしたが、そのうち飽きてゴロゴロし始めた。
「ねぇお兄ちゃん。お菓子ないのー?」
「ここにはないよ。欲しかったら自分で買ってこい」
莉音はベッドから起き上がり、色っぽい仕草で髪を耳に掛けると──。
「お兄ちゃん、お願い……ね?」
他人が見たら一発で従いそうな、甘えた声で『お願い』をしてきたが。
「はっ倒すぞ?」
「妹は大事にした方がいいと思うんだよね」
「よそはよそ、うちはうちだ」
そんなものがベテランお兄ちゃんに通じる訳がないだろう?
「ケチ、そんなんだからセックスはおろかペッティングすら出来ないんだよ」
「その話題からそろそろ離れろ。もう突っ込まないからな」
「──っ! い、いつの間にナニを私に突っ込んだの!?」
「よし、少し外で話そうか!」
こんなふざけた会話を自然にこなすのはいつものことだ。
ただ如何せん、俺にはツッコミの才能がない訳で、どうしてもありきたりな台詞しか言えん。ちくしょー。
「ねぇお兄ちゃん」
「今度はなんだよ。お兄ちゃんは絶賛宿題を片付けてるんですが?」
「麗菜さんだっけ? そんなに好きなの?」
「……いきなりなんだ?」
なんだから珍しく寂しそうに訊いてくる莉音に違和感を感じて、俺は真剣に問い返していた。
莉音はうつ伏せで寝そべったままなので、表情は見えない。
「そりゃ、好きだよ。じゃなきゃそもそも付き合ってないだろ?」
「そうだよねー。そんなんだよね……」
「……? さっきからなんだ一体?」
「べーつに。私の方が好きって言ったらペッティングでもさせてあげようと思ったのになぁーって」
「あ、それは丁重にお断りします」
いつもの莉音なら何か更にドギマギさせることを言ったと思うが、何故か今回はだんまりだった。
そして「帰る!」といって、自分の部屋に戻って行った。
何だったんだほんと? 機嫌はべつに悪くなっていないから、特に何かしたわけでもなさそうだが……。
その後は何故かモヤモヤした気持ちが拭えなかった──。
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