第10話 妹には敵が多い

『はぁ……バカが』


「ふぅーん……ストーカーかぁ」


 お兄ちゃんの制服に仕込んだ盗聴器から聞こえるのは、お兄ちゃんの悩みとクラスメイトの女の声。

 生意気にも綾波千尋とか言う女が、私を差し置いてお兄ちゃんから相談事を受けていた。


 以前からこの女はお兄ちゃんと仲良くしていたが、最近は少し調子に乗っている。

 好き勝手にお兄ちゃんの価値を貶めるその言動と、お兄ちゃんを愛する私に対しての侮辱行為は到底看過できるものじゃない!


「それに委員会だからって、私のお兄ちゃんに馴れ馴れしく接するなんて……許せない」


 同じクラスメイトということも許せない。

 私ではどう頑張っても手に入らないクラスメイトというポジションを、こんな女に与えられるのがとても許せない。


 ああ、消えてくんないかなぁ?

 お兄ちゃんの事を何にも知らない癖に、図に乗りやがってクソアマ。

 今すぐお兄ちゃんから離れろ、そしてとっとと──。


「あ、いけない。今は学校なんだから気をつけないと……」


 ここが何処かを忘れて本音が口に出そうになる。他には誰もいないからと言って、油断する事はできない。

 例えここが女子トイレだとしても、私は『素直で優しい女の子』として振る舞わなくちゃいけない。


「ふぅ……やっと落ち着いた。それにしてもストーカーかぁ……。早く……消さなきゃ」


 例えどんな理由があろうとも、お兄ちゃんに近付く女はみんなみんな敵敵敵ッ!

 幸いにも、その音無花音とか言う女とお兄ちゃんに接点らしい接点はなさそう。それなら早めに処理すればまだ間に合う。

 本当なら綾波千尋も邪魔な存在だけど、お兄ちゃんとあいつは小学生の頃から縁で、処理するにはもう遅過ぎた。


「これ以上……新しい女を近付かせてたまるもんか。そんなの、許さないんだから」


 お兄ちゃんの隣も、お兄ちゃんを愛するのも、愛されるのも添い遂げるのも、『莉音わたし』だけに許された特権。綾波こいつも、音無そいつも、そして『麗菜わたし』にさえ譲るつもりはない。


 ──そう、誰であろうと。


「……よし。音無花音……先輩に会いに行こうかな」

 イヤホンとスマホを仕舞い込んでトイレを出た。


 お兄ちゃんが最後に目撃したのは図書室だった、なら次はお兄ちゃんの教室に行ってみよう。お兄ちゃんの委員会活動が終わったら一緒に帰るつもりだから、早めに音無先輩を見つけて理由くらいは聞かなきゃね……。


「あっ……うっかりしてたなぁ……」


 探そうとして気が付いた。

 教室に行っても、音無先輩を知らないから探しようがない。お兄ちゃんと綾波先輩の会話の中でも、音無先輩の特徴は話していなかった。

 もう一つ、音無先輩に会う口実が何もないのも問題だ。一つ上の学年で接点は何もないのに、どうやって人気のない所に連れ出す?


「……ちょっと考えなしだった」


 お兄ちゃんに近付く女に対して嫌悪に似た感情を向けると、途端に我を忘れて行動しそうになる。考えるより先に身体が動いてしまう。一応は注意しているけど、沸点を超えると抑えが間に合わない。

 ま、今回は突撃する前に気付けて良かった。


「そう。学校での私は『みんなの理想』なんだから、迂闊におかしな事をして信用を下げちゃダメなんだ……」


 少なくとも私が卒業するまでは、偽りの『莉音わたし』を見せつけないといけない。本当の『莉音わたし』を知るのはお兄ちゃんだけでいい。


 早くなっていた鼓動が落ち着くのを待つ。

 深く息を吸ってゆっくり吐く。


「さてと、少し長期戦になるかな。なるべく自然な形で音無先輩と知り合わなきゃね」


 取り敢えず今日は諦めて、お兄ちゃんの委員会活動が終わるのを待つ。

 そして絶妙なタイミングで、偶然を装い現れて一緒に帰宅する。

 部屋でいっぱい甘えてイチャイチャして、隙あらば背中に胸を押し付けたり臭いを嗅いだりして気持ち良くなろう。


「あう……下が少しジンジンしてきちゃった……♡」


 体が熱くなるのを自覚して、慌てて妄想を振り払い図書室に向かう。

 お楽しみは部屋で二人きりの時にしたい。

 あーでも早く終わらないかなぁ……。


「もうすぐ完全下校時刻だもんね。そろそろ終わるよね? お兄ちゃん」


 そもそも委員会になんて入って欲しくはなかった。委員会なんて仕事があるせいで、甘えたり甘やかす時間が減ってしまう。


 一日や二日ならともかく、この学校では週交代制のため今日を含め五日間は、お兄ちゃんとの時間が極端に減る。

 すごく迷惑な制度。誰よ、こんなふざけたシステムにしたのは?


 もちろん、そんなこと言っても仕方ない。

 これは学校や委員会の間で決められた制度で、個人が好き勝手言えるものじゃない。例え気に入らなくても、こればっかりは受け入れるしかない。

 ただそれとは別に不満なのが、どうして綾波先輩が同じシフトなのかという点。他にも男子生徒は居るはずなんだから、同性同士で担当すれば良かったのに。


「ああ、それなら私も図書委員会に入れば良かったなぁ……」


 しかし残念ながら、お兄ちゃんが図書委員になったのは不測の事態。事前に知らされてなかったから対処は出来なかった。

 それも綾波先輩のせいだ。あー……本当の本当に──憎いな。

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