第5話 麗菜とデート2

 麗菜と合流した俺は、二人で目的の水族館へやって来た。

 ──という全力疾走で走っていた!


「早く早く! イルカショー始まったちゃいますよ!」

「ちょっ……そんな引っ張らないでくれ麗菜」


 入館してすぐに館内放送で知らせがあった。

 その直後、麗菜は血相を変えてイルカショー会場まで走り出したのだ。

 もちろん俺も楽しみではあるのだが、イルカショーは午前と午後の二回あるから、そんなに急いで見る必要はない。

 だがそうなると問題が一つ浮上することになる。


「あー……そういえば、アシカショーの午前の部はもう始まってたっけ?」

「はい……。私が遅れたばっかりに本当にごめんなさい」

「いや、本当にいいからね? じゃあ急ごうか」

「──はい!」


 イルカショーとアシカショーは、午前午後ともに時間が被ってしまうのだ。

 つまり、今から始まる午前のイルカショーが見られなければ、午後はどちらかを諦めるしかなくなるのだ。


 それを避けるには、これから始まるイルカショーに間に合う必要があるのだ。

 ──よって、俺たちは全力でイルカショーに駆け込もうとしていたのだった。


「はぁ……はぁ、ま、間に合いそう……ですか?」

「あ、ああ。はぁ、間に合うな」


 どうにか会場受付まで辿り着い俺たちは、息を整えてからチケットを購入。

 そして支給された雨具を身に付けた。


 とはいえ、殆ど最後に入場したため、かなり後ろの席に座ることになった。

 恐らく雨具は不要だったかも知れない。

 麗菜も同じことを考えたのか、目が合った瞬間に二人で吹き出してしまった。


「まぁ、一応着ておこうか。万一ってこともあるだろうし」

「そうですね。でも、次のアシカショーは早めに行きましょう!」


 そう言うと麗菜は、俺に体を寄せて腕を組んできた。

 そして手は恋人繋ぎを自然にしていた。


 ──ああ、結婚したい。

 このまま大好きな人の横で、腕を組んだまま一日を過ごしてぇぇぇぇ……。


「どうしましたか? もうすぐ始まりますよ?」

「──っ!」


 麗菜は上目遣いで俺を見据え、小さく首を傾げていた。

 俺が何故か放心したため、心配になったのかも知れない。慌てて『何でもない!』と返答したタイミングで、ショーは始まった。


 ◆◇◆◇◆


 イルカショーも無事に終了して、昼食どきになったのだが。

 俺は一時的に麗菜と別行動をしていた。


 といっても、別にあの後喧嘩して別れた訳ではなくて、単に麗菜がお化粧直しをしているだけだ。

 予想外なことに、イルカショーで定番の水飛沫が、俺たちの方にまで飛んで来たのだ。

 しかも麗菜の顔に少なからず掛かってしまったため、ショーが終わった後にこうしてお化粧直しをする事になったのだ。


「そんなに気にする必要はないと思うんだがな。でもそこは女子としてはしっかりとしたいのかな……」


 少しだけ麗菜の顔を見たが、特に変わった様子はなかった。まぁ、それでも本人が気にするのなら仕方ないだろう。

 彼氏の前では、例え限りなく薄くても良く見せたいものなのだろう。


「は、離してください!」

「ん?」


 この声は麗菜?

 見ると公衆トイレの方には、麗菜がガラの悪そうな男に腕を掴まらていた。


「いいだろう? 俺ともっと良いことして遊ぼうぜ?」

「嫌ですッ! 私は──」

「悪いようにはしないって。一人でこんなとこで遊ぶよりはよ、俺と一緒の方が楽しいぜ?」

「お断りします! それに私は彼氏と──」

「あっ? マジかよ? ま、いいや。ほら行くぞ?」


 おいおい、あの野郎……ッ!

 俺はすぐさま麗菜に駆け寄り、男の腕を力一杯握りしめた。


「イテッ! あ? なんだてめぇ?」

「陽太君!」

「は? まさかこいつが彼氏?」

「手離せこの野郎ッ! 警察呼ぶぞコラッ!!」


 荒っぽい言葉遣いになったが、そんなこと気にしていられない。

 俺は恐怖を振り切り男の前に立つ。


「おいマジかよ? 全然釣り合ってねぇじゃん!」

「ほっとけッ! これ以上騒ぎ起こす気か?」

「…………ちっ」


 既に周りでは何事かと人が集まっていた。

 この様子なら職員が駆けつけるのも時間の問題であろう。

 男もそれを悟ったのか、苦々しく舌打ちしただけで去って行った。


「はぁぁぁ……こ、怖かったぁ……」


 大きく息を吐き、安堵した。

 カッとなっていたとはいえ、本当は殴られるんじゃないかとヒヤヒヤした。

 寿命が二年くらい縮まったんじゃないか?


「あっ……だ、大丈夫ですか?」

「ん、何とか大丈夫だよ。──って、それはこっちの台詞だな。麗菜こそ怪我とかしてない?」

「は、はい……。陽太君が守ってくれたから……」

「──っ」


 やはり麗菜も怖かったのか、少し涙目ではあったが、安心したような表情を見せる。

 その頬は朱色に染まっており、どこか物欲しそうな感じ見えるのは気のせいか?


 儚げで、けれど暴力的に綺麗だった。

 自然と肩に手を置くと、麗菜はビクッと一瞬体を震わせる。

 そして何かを悟ったように瞼を閉じ──。


「あの、すいません……」

「「──ッッ!!」」


 突然背後から声を掛けられ、咄嗟に体を離した俺たちは、声のした方に振り向いた。

 そこには職員らしき格好した若い男性が気まずそうに立っていた。

 先程の騒ぎを聞きつけて、慌てて駆けつけたのだろうが、本当に最悪なタイミングだった!

 気まずいのこっちだっ!!


 その後職員に事情を説明して、すぐに解放されたは良かった。

 良かったのだが……。


「…………」

「…………」


 さっきの良い雰囲気を引きずって、麗菜との会話が成り立たなくなってしまったのは、言うまでもないだろう……。

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