第3話 俺と妹

 学校から帰宅して部屋に戻ると、何故か莉音がベッドで寝そべりゲームをしていた。


「何してる莉音……」

「あ、お兄ちゃんおかえりー」

「おう、ただいま。──で、何してんの」

「モン狩」

「そうじゃなくて、なんで俺の部屋の、そして俺のベッドでプレイしてんだって訊いてんの」

「あは☆ お兄ちゃんったらやらしーいー。妹相手にどんなプレイをするのかにゃー?」

「…………」

「ちょ、え? 待って何を──プギャァッ!」


 俺は無言で莉音の足に手を添えて、念入りにマッサージしてあげた。

 ああ、俺って妹思いで超優しい兄貴だな。


「いい痛い痛い痛いッ!! じょ、冗談! 冗談だからもうやめ──ぷぉおおお!?」

「こら暴れんな。折角優しいお前の兄が、学校で疲れた妹に足ツボマッサージしてんだ。感謝して、抵抗しないでやられろ」

「本音! 本音出てるよ、お兄ちゃんっ!」

「ああ、本当に疲れてんだな。よしよし、もっとお兄ちゃんに身を任せてみなさいな」


 暴れる莉音を強引に押さえ込み、より疲れに効くように指に力を込める。

 するとさらに激しく足をバタつかせ、シーツを握る手には力がこもっていくのが分かる。


「あっ……ん、んんっ!? いや……や、もう……おにい、ちゃん……」

「…………」


 ──ていうか、いつの間にか艶めかしい声に変わってませんか?

 な、なんだかイケナイことをしている気になるんだが……。


「あ、はぁ……お、にいちゃん。いやっ……そこは、ダメ……なのっ!」

「あの……始めた俺が言うのもなんだが」

「……ん、おにいちゃん……?」

「やめていい?」

「…………も、もうちょっとだけ」


 頬を赤く染め、涙目で懇願する莉音。

 迂闊にもときめきそうになったが、これは妹が兄に向けていい表情では決してない。

 というか、俺の方まで変な気分になるわ!


「終わりだ終わり。──あと、そんな潤んだ目でこっち見るな気持ち悪いっ!」

「なっ! お、お兄ちゃんが激しいのが悪いの!」

「誤解を招きそうなこと言うなっ!」


 それから莉音は落ち着きを取り戻すと、再びゲームに熱中し始めた。

 残念ながら? 俺のベッドは未だに侵略されている。


「はぁ……それにしても、マジで疲れてるんだな。正直ここまで効くとは思わなかったぞ」

「それはそうだよ。いい、お兄ちゃん? 猫かぶるのも結構しんどいんだからね」


 この学業優秀、才色兼備でスポーツ万能な非の打ち所がない妹は、実は学校の中だけなのである。

 周りがそう言う印象を抱くから、仕方なくそれに応えているだけなのだそうだ。

 その反動なのか、家では(というか俺の前では)かなり大雑把でやることなすこと自由過ぎるのだ。


「ならやめればいいだろうに」

「私だってやめたいよー。でも今更そんなこと出来ないでしょ?」

「……せめて父さんたちの前でくらいは、その本性出していいんじゃないのか?」

「だーめ。今までずーっと『可愛いくて素直な女の子』として過ごして来たんだよ? 急に変わったら不安がるでしょ?」


 理由は教えてくれないのだが、莉音は実の両親にさえも本性を晒していない。

 いつの頃かはよく覚えてないが、莉音は俺の前以外は『みんなの理想』であり続けた。


 よって莉音は一人の時か、俺と二人きりの時でしか気を抜くことは出来ない。

 莉音のこの態度を見れば、間違いなく病気やいじめを疑うことになるだろう。

 それくらい時間を莉音は過ごしてきた。


「ところでお兄ちゃん? 明日も何処かに出掛けるの?」

「ああ、麗菜とな」

「毎週のようにデートして、お盛んだねぇ……」

「いや、まだそんな関係じゃ……」

「えっ! まだなの!? まだヤッてないのお兄ちゃんッ!?」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みから一転、ベッドから飛び起きた莉音は俺に詰め寄り問いただす。


「付き合ってもう一ヶ月だよね!? なのにまだ手を付けてないの!?」

「いやだって……まだ一ヶ月だぞ? そんなにすぐには……。──つか、ヤルとか言うな」

「はぁ……お兄ちゃんってあれだね。ヘタレって奴だね……」

「そんなこと言われてもな……」


 一ヶ月で性的に迫るのは早過ぎではないかと思うのだが。

 そんな俺を、莉音は呆れたように溜息を何度も吐いて、ついでにジト目で見てくる。

 そして意を決したように再び詰め寄り──。


「手は繋いでる?」

「当たり前だろ」

「腕は?」

「組んでる」

「キスは?」

「…………してない」

「はぁぁ…………」

「そんな長い溜息吐かなくても……」


 莉音は失望したような目で俺を睨むと、今度は勢いよく捲し立てる。


「いいですかお兄ちゃん。一ヶ月で腕を組む程度なんて終わってます!」

「いやそんなこと──」

「キスして押し倒してセックスくらいは普通にしている時期だよっ!」

「経験ないくせに何言ってんだお前は……」

黙れシャラップ! 奥手な草食系男子の時代は終わったんだよ? 恋のABCDは付き合って一ヶ月以内だよ!」

「少なくとも妊娠だけはありえねぇ……」


 それに『恋のABC』って、かなり古い気がするんだがな。

 因みにAは『キス』、Bは『ぺッティング』でCは『セックス』な訳だが。

 他校の高校生カップルが、一ヶ月でセックス《C》まで果たしていけるだろうか?


「お兄ちゃん! これを逃したら、お兄ちゃんは一生童貞なんだからね!」

「失礼な。俺だって少しは──」

「前にお父さん。『沢田家はあいつの代で終わりだな』って、言ってたよ?」


 なんつー親だ。

 まるで息子を信用してねぇ!


「お母さんも、『孫は莉音に期待するしかないわね』だって」

「全然信用ないのな。で、そういう莉音はどうなんだよ」

「私? 私は引く手数多だからいいの」

「ちくしょー! あーそうだよな!」


 分かってはいたことだが、莉音はその気になれば誰とでも付き合える。

 莉音も大学に進学するつもりらしいから、恐らくそこで将来の旦那を見つけるつもりなんだろう。


「このチャンス逃したら一生彼女なんてできないよ? だ・か・ら! 早くCまで行っちゃを☆」

「…………はっ! あ、ぶねぇー、今一瞬だけ納得しそうになっちまった!」


 もしこれで、本当に麗菜に迫ってもし嫌われたら俺は……。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ──うん、立ち直れないわ。絶対。


「ええい、 鬱陶しいわッ! 俺たちは俺たちなりのペースでやっていくんだ! つか、さっさと部屋に帰れッ!!」

「鬱陶しくないもん! 私は純粋に、お兄ちゃんの性事情を心配してるんだもん!」

「やかましいわ! 妹に心配されるほど、俺たちの関係は冷めてねぇ!」


 莉音の背中を押して、部屋から追い出す。

 最後まで文句を言っていた莉音だったが、押し出せば大人しく自室に戻って行った。


「はぁ……とにかく、明日のデートコースでも考えよう」


 莉音の話のせいか、ついつい麗菜と致す事ばかりへ考えが向いたのは、仕方のない事だと思いたい──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る