第2話 俺の彼女は

 あの日、俺は『R.S.』という女性に返信して、そのままアプリ内で会話を続けた。


 一週間もすれば完全に意気投合して、お互いの携帯番号とメアドを交換して、アプリは退会したのち落とした。


 二週間が経った頃、彼女から『会いたい』というメールが届いた。

 そして俺も彼女──佐藤麗菜さとうれいなに会いたいと思っていたのだ。

 本当なら男の俺から誘いたかったが、なかなか勇気が出ず情けなかった。


 そうして人生で初めてのデートを、麗菜と大いに楽しんだ。

 麗菜は艶のある黒髪が特徴的で、礼儀正しく、まさしく大和撫子のような女性だ。


 俺とは絶対に釣り合わないような女性だが、俺は彼女に心底夢中になった。

 それは麗菜も同じだったようで、その日のうちに二度目のデートの予定まで話した。


 そして、四度目のデートで告白した。

 嬉しいことに、麗菜もその日に告白しようとしていたようで、『先に言われちゃったね』と、にっこり微笑んだ。


 そして現在に至るまで、俺たちの仲は少しずつ、だが確実に深まっていった。


 ◆◇◆◇◆


「はぁ……いいよな陽太はよ」

「なんだ突然?」


 二時限目の休み時間。

 アプリを使うきっかけを作った友人──多田ただ紀文のりふみが、溜息混じりに近付いて来た。

 どうも朝から沈んでいたが……。


「また、なのか?」

「そうだ……またカモられた……」

「……も、もう諦めたらどうだ?」

「なんだよ陽太! 自分は彼女作っといて余裕ってか!?」

「いやそうは言わんが。俺だってたまたま上手くいっただけだしさ……」


 同じように出会い系を始めた紀文ではあってが、やはりあれは悪質な要素が濃い。

 紀文は何度か出会いはしたのだが、残念ながら本気ではなく金づるとして、良いように使われただけだったのだ。


 かくいう俺も、似たような被害に見舞われそうになった事がある。

 やはり大手の真面目アプリとは違い、基本悪質なアプリだった。

 本当に、俺はたまたま麗菜と出会えた。


「だから羨ましいんだよ……。くそ、せめて童貞くらい捨てさせてくれよな……」

「目的変わってないか?」


 とはいえ、俺も一歩間違えればこうなっていただろうから、ゾッとする。


「はぁ、なあ陽太。頼みが──」

「ダメ。絶対。ふざけんな」

「まだ何も言ってねぇんだけど!?」

「分かり切ってるからいいんだよ。どうせ、莉音りおんを紹介しろとか言いたいんだろ?」


 沢田さわだ莉音。

 俺の妹で、一言で言えば完璧美少女。

 ありがちな表現だとは思うが、莉音は学業優秀の才色兼備でスポーツ万能な神に愛されまくった存在だ。

 兄の贔屓目なしに容姿は可愛いと思う。性格も明るく、誰にでも優しくて学園の人気者。


 ──ああ、そう。

 非の打ち所がない、もはや莉音こそが神なのではないかと思うほどだ。

 本当、漫画や小説の中だけでしか使わなそうな表現がポンポン出てくる。

 生まれながらに全てを与えられた、クラスカーストどころか、スクールカースト文句なしの一位だろう。


 入学以来、学年問わず莉音は告白されていると聞く。

 そしてこれまたテンプレ。その全ての告白を断っているのだとか。

 その理由は一貫して『好きな人がいる』なのだそうだ。因みに、その好きな相手の正体を俺は知らない。

 ま、告白を断るために打ってつけな、ていのいい言い訳だろう。


 ──と、ありがちな完璧美少女が妹ということで、俺から紹介してほしいと言う生徒もよく集まるのだ。


「良いだろ。減るもんじゃないし」

「莉音に言われてるんだよ。『紹介してと言われたら断れ』ってな。だから俺を通してお近付きになろうとしても無駄だぞ」

「はぁ……そうか。ああ、良いよな陽太は。妹は完璧美少女で、彼女も莉音ちゃんに負けず劣らずの美少女ってよ。……お前、いつか嫉妬で刺されるんじゃね?」

「マジなトーンで憐れむなよ! 本気で寒気がしたぞ今っ!」


 冗談とは思えない声音で言われて、俺は教室内を見渡した。

 ──すると、クラスの男子から危険な視線が向けられていて。


「おい。こいつらマジか?」

「陽太。頑張って生きろよ」


 でもまぁ、確かに俺は幸せものだ。

 麗菜は莉音と同じくらい、神に愛された美少女だろう。

 そんな彼女と恋人になれた俺は、きっと世界で一番の幸せものだ。

 自分で言うのはなんだが、今は心の底からそう思えるのだ。


「なぁ、陽太。莉音ちゃんの好きな人に心当たりはないのか?」

「さぁな。俺も一度だけ聞いたことはあったが、笑ってはぐらかされたよ」

「そっか。あー、莉音ちゃんの好きな人か。すげぇー気になるわぁ」

「…………」


 断るために適当に言ってるだけ、とは思わないのだろうか?

 多分、殆どの生徒がそう考えてるはずだ。

 だからワンチャンあると思って、莉音への告白は止まらないんじゃなかろうか。


 俺はそう、ずっと思っていた──。

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