第3話 佳奈美の見たもの…②
9月中旬になると生徒の間で修学旅行の話題が多く交わされるようになっていた。
三年生の時に修学旅行に行く学校が多いようであるが、真奈美の通う私立円山学園は進学校ということもあり、二年生の秋に修学旅行に行く。
今年は10月15日から二泊三日で沖縄に行くことが決まっていた。今からみんな楽しみにしているようだった。男子生徒は女性教師や女子生徒の水着姿を妄想して喜んでいるらしい。中学生の男の子なんてそんなレベルだ。
「ねえ、自由行動の時何する?」
ミキは今からそのことで頭がいっぱいらしい。
「もちろん、買い物よね」
遥が答える。
「真奈美は何がしたい?」
今度は遥が真奈美に向かって言う。
「特にないなあ」
「真奈美って何に興味あるの?」
遥がいかにも不思議そうな顔をして真奈美を見る。
「それなりに」
そう答えた真奈美を見ながらミキが呆れ顔で言った。
「真奈美は修学旅行、それほど楽しみにしてないみたい」
実際、真奈美は冷めていた。なぜなら、もう修学旅行に行ってしまったからだ。夢の中で。理科教師の武田学の私服がダサイこと、自由行動の時にどこへ行き、それぞれが何を買うかもわかっている。夜、枕を並べて恋話もした。そして、お決まりの枕投げも…。男子生徒の一人が他校の生徒と喧嘩してしまうハプニングも起きる。総じて楽しかった修学旅行だけど、二日目の夜のあの出来事で台無しになる。
定年間近の教頭の田中肇が泥酔した挙句に、女風呂に侵入するという騒ぎを起こす。この不名誉な出来事は全国ニュースとなり、テレビ各局で取り上げられることになってしまう。
そんなことまでわかっているだけに、真奈美のテンションはあがらない。予知夢を見ることの弊害はこんな形でも現れるのだ。
中学三年になると田辺みなみという新たな友達ができた。見た目も性格も可愛らしいので、真奈美は好きだった。彼女の温もりや匂いに癒される。先生が黒板に向かって何かを書き始めた時、他愛ないことを書いた手紙を紙飛行機にして飛ばしあう中である。ただ、他の生徒たちも飛ばし合うので、入り乱れるのだけど。
水彩で描かれた抽象画のような少しぼやけた春の土手道をみなみが駆け寄ってきた。
「見ないでー」
と言って、少し手で隠しながらも前髪パッツンであることがわかる。三日前に夢で見た通りだった。
「自分で切ったんでしょ」
「そうなんだけどさあ、切り過ぎちゃったのよね」
「そうみたいだね。でも、より可愛くなったんじゃね」
風に乱れる髪の毛を右耳にかける仕草が、ほんとうに可愛い。
「そう?」
「そうだよ。自信もちなよ。その髪型のおかげで好きな男の子と出会えるよ」
「えっ、何、何?」
瞳をくるりと煌めかせた。
「今日から一か月以内に、みなみは運命の男の子出会うことになります」
「何よ、その予言者みたいな発言」
当たっていないとは言えない。だから、真奈美は何も言えなかった。
「何で黙っちゃうのよ。なんだか気持ち悪いなあ。真奈美って、そういう能力でもあるわけ」
「ないない。ただね、そんな勘がするだけ」
「なんだあ。驚かせないでよね」
「ごめん、ごめん」
そうは言ったが、真奈美の言ったことが単なる勘でないことを、近いうちにみなみは知ることになる。
ある日の放課後、部活終わりの真奈美が帰り支度をしていると、興奮した顔のみなみが近づいてきた。
「真奈美ってすごいね」
「何?」
わかっているがとぼける。
「えっ、忘れちゃったの?」
「だから、何?」
ここはあくまで白を切るしかない。
「一か月以内に、私が運命の男の子と出会うって、この間真奈美言ったよね」
「ああ、そんなこと言った気がするけど。本当に出会えたの?」
「そうなのよ。イケメンで背が高くて優しくて…。私の理想的な男の子。てっきり真奈美のおかげかと思ったんだけど…」
「単なる偶然よ。でも良かったじゃない」
「そうだね。どんな理由にせよ、私のど真ん中の子に出会えたわけだからね」
そう言いながらも、真奈美の答えに100%は納得していないように見えた。
実は真奈美がみなみに告げたのは、真奈美が見た夢の前半部分だけだった。後半部分はこれから起こる。だが、その内容をみなみに話すことなど、あまりに悲しくてできない。
みなみは三日後の日曜日に横浜の馬車道で彼とデートをして幸せの絶頂にいる時に、歩道に突っ込んできた薬物中毒者の運転する暴走車の巻き添えになり死亡する。真奈美は翌日の新聞記事の内容までわかっていた。彼のほうは軽いけがで済む。
「みなみだけいい思いしてごめんね」
そんなこと言われて、真奈美は言葉に詰まる。
「そんなことないよ。デート思い切り楽しんでね」
途中で寸断されるとしても、その瞬間までみなみには幸せでいてほしい。
「真奈美のほうはどうなの?」
最近真奈美は同じクラスの磯山と付き合い始めた。だけど、深い関係にならないよう注意している。いつ磯山に関した悪い予知夢を見るかもわからないからだ。そんな夢を見ることで悲しい思いをするくらいなら、友達以上恋人未満的な関係でいたほうがいい。
「どうかな」
「どういうこと?」
「想像にまかせるよ」
「そう。うまくいくことを祈ってるね」
どこまでも優しいみなみ。
「ありがとね」
それから三日後の夜、みなみから電話があった。
「真奈美、明日私デートなんだ」
本来なら一緒に喜ぶところだけれど、今の真奈美には聞きたくない言葉だった。心の深いところが震えてしまう。それでも、できるだけ明るい声を作って言った。
「そう。良かったじゃん。で、どこ行くの?」
敢えて訊いてみた。
「後楽園」
「後楽園?」
みなみが横浜と言わなかったことに驚くと同時に喜んだ。
「そうだよ。後楽園遊園地。彼があそこのジェットコースター乗りたいんだって」
「そうなんだ。その後は?」
「決めてないけど…」
「まさか、横浜は行かないよね。というか横浜は行ってほしくなんだ。お願いだから」
「お願いって。へんだよ。横浜になんかあるわけ?」
「言ってなかったけど、私最近方位学にはまっててさあ」
真奈美はとっさに嘘をついた。ほんとうのところ、方位学なんて知らなかった。
「方位学?」
「そう。それでね、みなみの場合、明日に限って、そちらの方向は良くないの。だから、避けてほしいの。明日だけでいいから」
「ふ~ん。なんかよくわかんないけど、真奈美が言うならそうするよ」
「絶対だよ」
「わかった、わかった」
これまで予知夢と現実が一致しなかったことはなかった。しかし、親友を喪いたくなかったから、真奈美はみなみに夢と違う行動をとるよう促した。自分にできることはこれしかない。これで、現実が予知夢とは違う結果を生めば、自分は予知夢に勝つ方法を見つけられたことになる。
三日後の夕方、階下の母から悲鳴のような声で呼ばれた。
「真奈美、真奈美、大変なことが起こったわよ。早く、早く下に来て」
「わかった。すぐに行く」
リビングに入ると、母がソファーに座って一心不乱にテレビ画面を見ていた。真奈美の気配を感じて母がこちらを振り向く。
「真奈美の同級生のみなみちゃんが…」
後は言葉にならない。真奈美は心の一部がしびれたまま画面を見つめていた。夢の中の真実をただ確認するために。自分の中で何かが縮んでいく。涙は出ない。夢の中で泣き尽くしたから。
後日、みなみの両親にお願いして、みなみが付き合っていた男の子のことを教えてもらった。真奈美がその子に会って確認したところ、当日みなみは後楽園遊園地を出たあと渋谷に行きたいといったらしい。ところが、彼が急にどうしても横浜に行きたくなったと言う。なぜだか、自分でもわからないという。みなみは真奈美との約束を思い出したのだろう、強く抵抗したらしいが、彼の思いに負けてしまったらしい。
「本当に、本当に悔やんでいます」
彼はずっと涙を流しながら言った。
「しょうがないよ」
真奈美はそう言うしかなかった。
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