第219話 結納(2)

「あれ? 今日休みじゃなかった?」


朝から、なにやら出かける仕度をしている南にリビングに出てきた真太郎が言った。


「あ? うん。 そうなんやけど。 ほら、斯波ちゃんと萌ちゃんの結納でさあ・・」


「は? 結納って。 南は関係ないだろ、」


真太郎は常識的な意見を言った。


「そうだけど。 ほら、斯波ちゃんにさあ、スーツ着てくるようにって言ったんやけど。 なんか心配やし。 見てくるだけ。 んで写真とかも撮ってあげたいし、」


とカメラの用意をした。


「余計なお世話なんじゃないの?」


真太郎は非常に心配した。


「両家の家族が顔合わせしたら帰ってくるから。 大丈夫、大丈夫。」


南は笑顔で言ったが、真太郎は不安が渦巻いてしまった。




早めにホテルのロビーにやって来てみんなの到着を待っていると、


「あ、ど~も~。」


沖縄からやってきていた斯波の母がいつもの調子でやってきた。


「あ、ごぶさたしてます~。 今日はおめでとうございます。 遠いところから、来ていただいて、」


南は笑顔でお辞儀をした。


「ううん。 呼んでくれて嬉しかったァ。 ま、萌ちゃんとはいつかは一緒になるとは思ってたけど。こんな日が来るなんて。」


斯波の母は感無量のようだった。



そして萌香の母もやって来た。


「あ、萌ちゃんのお母さんですね? もうソックリやからすぐわかった。 あたし、お電話した北都南です。」


「・・あ、はい・・」


萌香の母はこういう場になれていないようだった。



すると斯波の母が一歩前に出て、


「清四郎の母です。 初めまして。」


と、社交的に挨拶をした。


「あ・・栗栖です。」


萌香の母も頭を下げた。


「も~、すっごいわか~~い! しかも、萌ちゃんにソックリだし!」


斯波の母の明るさに、萌香の母は少々タジタジだった。



そこに斯波が仕度を終えて現れた。


「お! めっちゃ男前が来た~。」


南は笑う。



「・・なんか・・もうネクタイが・・苦しい。」


斯波はもうすでにスーツが苦痛なことを訴えた。


「ちょっとぉ。 あんたもちゃんとした格好できんじゃない!ヒゲがないと10は若返るよ、」


斯波の母は彼の背中を叩いた。


「声が大きい・・もう・・」


斯波はメイワクそうに言う。



南はホテルの玄関前に移動して、「その人」を待った。


1台のタクシーが目の前で止まる。


「・・斯波先生、」


ドアが開いて、斯波の父が現れた時、南は心からホッとした。


来てくれるか、ギリギリまで心配だった。


「・・どうも、」


斯波の父はゆっくりと南に頭を下げる。


「・・無理をしていただいて。 ありがとうございました。 どうぞ、これに。」


ホテルに用意してもらった車椅子を差し出す。


「いや、歩けるから。」


と制したが、


「いえ、無理は禁物です。 どうぞ、」


南はニッコリ笑った。




ロビーには着物姿の萌香が現れた。


「う・・わ~~! 萌ちゃん! きれー!!」


斯波の母がひとり興奮してまた騒いでいる。


「・・着物なんか慣れなくて。 南さんに借りていただいたんですけど、」


萌香は恥ずかしそうに言った。


「ちょっと! 清四郎! ほんっとキレイ・・」


母が斯波を見やると、なぜか彼は萌香に背を向けていた。


「何やってんの?」


母が顔を覗き込むと、


「・・い・・いや、」


もう彼女の着物姿があまりに美しくて正視できないようだった。


「もう照れちゃって。 ちゃんと見てあげなさいよ!」


母がいつものようにデリカシーない言葉を投げかけ、むりやり斯波を萌香の隣に引っ張ってきた。


「・・どう?」


萌香が斯波を見上げて言った。


チラっと彼女を見て、


「・・うん。 似合うよ、」


ボソっと言った。


「ほんと、お似合いだね。」



斯波の母は二人の姿をしみじみと見つめた。


萌香の母も同じように彼らを見ていた。



「あ・・」



萌香は南に車椅子を押されてやってきた斯波の父に気づいて、小走りに駆け寄った。



「斯波先生。 お加減がまだ回復されてないのに、本日はありがとうございました、」


「・・いや。 もうほとんど良くなって。 外出許可も週に1度は取っているし。 車椅子はオーバーだ、」


斯波の父はふっと笑った。



「宗一郎ちゃん、」


斯波の母が歩み寄る。


「・・ひさしぶりだな、」


「・・よかったね。 顔色もいいし。」



憎しみ合って別れた二人だったが


長い年月が経ち、息子の結婚でこうしてまた会うことになることも想像していなかった。


「・・こうして。 清四郎のためにあたしたちが何かをしてやれる日が来るなんて。 ・・初めてかもね。」


斯波の母は昔を思いだして、つくづく言った。



斯波はスッとやって来て、南に代わって父の車椅子を押してやった。


言葉はなかったが


その姿は優しさに包まれていた。

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